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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第1部3章
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(7)スラム街

 クリステルとネネの行動からスラム街へ向かっていると確信したセイヤは、先回りしてとある手を打っておくことにした。

 魔法でふたりを監視したまま、姿を消してスラム街に入ったセイヤは、とある少年を見つけて話しかけた。

「アヒム、ちょっといいですか?」

「うおっ!? ……なんだ、セイヤの兄貴じゃないか。いつもながら驚かせるな」

 アヒムは、とある件をきっかけにセイヤのことを慕うようになったスラム街に住む少年だ。

 セイヤは、明らかに年上であるアヒムが兄貴呼ばわりしていることに構わず、要件を先に伝えた。

「すみませんが、これからこっちに目立つ二人組が来ます。彼女たちは、私の知り合いだということをお仲間に伝えてもらえませんか?」

「兄貴の知り合い? ……ってか、彼女ってマジかよ?」

 スラム街にセイヤの知り合いの女性が来るとわかったアヒムは、驚きの表情になった。

 

 アヒムはセイヤの正確な身分を知らないが、今までの関係でそれなりに身分が高いことはわかっている。

 その知り合いというのだから、同じような身分だということもわかっているのだ。

 そんな身分の女性がスラム街に来ればどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。

 例えフェイルの街のスラム街が他の街と比べて雰囲気が違っていたとしても、スラム街はスラム街なのだ。

 フェイルの街の住人もそれがわかっているので、スラム街には近付かないのである。

 

「残念ながら、マジです。特徴までは伝えなくともすぐに分かると思います。……彼女たちは、ここでは非常に目立ちますので」

 ため息交じりにそう言ったセイヤに、アヒムが首を傾げつつ頷いた。

「そういうことならわかったが、俺たちだって全部に話が通じるわけじゃないぜ?」

「それはそうでしょう。さすがにそこまでは期待していませんよ」

 セイヤの答えに、アヒムは頷いた。

「そういうことなら任せておけ」

「すみませんね。面倒を掛けますが、よろしくお願いいたします。……では、私はまた彼女たちの見張りに戻ります」

「わかったぜ。……って、もう消えた。さすが兄貴だねえ」

 自分の目の前で消えたにも関わらず、アヒムは感心するような顔になるだけで、驚きはなかった。

 セイヤが目の前で消えるところは、既に何度も見ているので、驚かずに済んでいるのだ。

 

 セイヤがアヒムの前で気軽に魔法を使っているは、黙っていてくれるというきちんとした信頼関係があるためだ。

 ただし、世間的に見れば十三才のアヒムが子供であることはわかっている。

 例えば拷問などされれば、簡単に口を割ってしまうだろう。

 それでも魔法を使っているのは、逆に子供であるアヒムがなにを言っても大人たちは信用しないだろうということと、そもそもスラム街の住人の子供の言うことは信用されないためだ。

 スラム街の子供だからこそ魔法を見せて、敢えて「そんな馬鹿な」と思わせることを目的としているのである。


 ちなみにセイヤは、アヒムに自分が使っている技術(?)が魔法だとは、一言も言っていない。

 そのうちに話すかもしれないが、今はまだそのときではないと判断しているのである。

 アヒムたち(・・)が魔法のことを知られるようになったのは、とある事件をきっかけにしてだが、セイヤは見せたことを後悔はしていない。

 そこから世間一般に広まれば、それはそれでちょうどいいタイミングだったと思うようにしているのである。


 

 スラム街の情報伝達能力は非常に高い。

 それもそのはずで、スラム街においては、情報の有無が生死をわけることが多いためだ。

 アヒムは、数人の仲間にセイヤからの情報を伝えて、あとはその仲間たちに任せて自身はセイヤが言っていた女性ふたり組を探すことにした。

「さて、兄貴はすぐに分かると言っていたけれど、本当か……って、マジかよ!?」

 一口にスラム街といっても広さはかなりあるため、探すのに苦労するかと考えていたアヒムだったが、その懸念はすぐに払しょくされた。

 なぜなら、アヒムの目に、大通りから近付いてくる女性ふたり組が目に入ってきたためだ。

 

 その女性たちを見たアヒムは、兄貴セイヤの言葉を思い出して感心しつつ、呆れながら空を見た。

「兄貴……。ありゃあ、どう考えても俺たちには手に負えないぜ」

 ふたりの女性が美人なのもそうだが、そのうちのひとりがまだ子供であることも問題だ。

 しかもその女の子は、誘拐犯が涎を垂らしながら手ぐすねを引くような容姿をしている。

 確かに目立つふたり組であることは間違いないが、はっきりいえば目立ちすぎである。

 

 ふたり組を見て困惑しているアヒムの元に、仲間のひとりである少女ボーナが近付いてきた。

「アヒム、話は聞いたよ。…………って、もしかしなくても、あれ!?」

「ああ、間違いなくあれだろうなあ」

「……どうするんだい?」

 ボーナの問いかけの意味をよくわかっているアヒムは、それでも首を左右に振った。

「どうもしないさ。兄貴の言った通り手出しはしない。それだけだ」

「……そうだね。それがいいね。……って、ちょっと!?」

 ボーナはアヒムの答えに、そう言いながら頷きかけたが、途中でその顔をひきつらせた。

「マジかよ…………失敗したな。長く見すぎたか」

 アヒムもその意味を理解して、ボーナと同じように顔をひきつらせた。

 ふたり組のうちの大人の女性の方が、はっきりとアヒムたちのことを認識して近付いてきていたのだ。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 街の中を順調に散策していたクリステルとネネは、セイヤの予想通り確実にスラム街へと近付いて行った。

 そして、スラム街に入ってすぐに、ネネがあることに気が付いた。

「見られていますね」

「……さっきの監視者?」

「いいえ、違います。そうですね。ちょうどいいので、ひとまず、彼らから話を聞くことにしましょう」

 ネネは、返事を聞くことなく、クリステルを促して若干ゆっくり目に進み始めた。

 クリステルもそれに逆らうことなく、素直に歩き始めた。

 こういうときは、ネネにしたがった方がいいと経験上よくわかっているのだ。

 

 歩みを進めるクリステルの視線の先にいるのは、アヒムとボーナだ。

 大人としても常識に染まっていない、さりとて子供すぎでもないアヒムとボーナに目を付けたのは、さすがと言うべきだろう。

 そして、歩を進めるたびに、ネネはふたりを選んだことが間違いではなかったことを確信した。

「どうやら私たちの運が良いいようですよ、お嬢様」

「あの、ふたりの子供が、ですか?」

 さすがにクリステルもネネがどこを目指しているのは、すでに察している。

 だが、それでもなぜネネがそんなことを言い出したのかは分からなかった。

 

 首を傾げるクリステルに、ネネは頷いた。

「あのふたりは、私たちが近付いていることに気付いています。それでも逃げずに待っています。……逃げられないことまでわかっているのかどうかは、判断がつきませんが」

「そうなのですか?」

 ネネの説明に、クリステルは目を丸くした。

 

 クリステルとネネは、一直線にアヒムとボーナを目指しているわけではない。

 観光よろしくスラム街の街並みを見るようにして、歩いているのだ。

 それにもかかわらずアヒムとボーナが待っているということは、ふたりにそれだけの能力があるということだ。

 勿論、それだけでふたりの能力を計ることができないが、たとえ裏に大人がいたとしても、それはそれで近付いて行く意味がある。

 あるいは、スラム街で余計な時間を使わずに済むかもしれないということで、クリステルは「運がいい」と言ったのである。

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