(2)誕生の儀
本日四話更新の二話目です。
ご注意ください。
※投稿時間を本日の20時から変更しました。
セイヤが新たに生を得た世界において、人は三度の大きな儀式――洗礼式の一種を経ることになる。
ひとつは、五歳の時に迎える『誕生の儀』だ。
この世界では、生誕と誕生は微妙に違った意味で使われている。
それは、生まれてから五歳になるまでの死亡率が極端に高いためだ。
だからこそ、五歳になった時点で、親たちは子供を神殿へと連れて行き、改めて自分たちの子だと宣言をするのだ。
二つめは、十歳の時に行う『洗礼の儀』だ。
これは、一人前の人と成長したことを喜び、神に感謝をささげる儀式になる。
そして三つめが『成人の儀』となり、晴れて大人として周辺に認められることになる。
これらの儀式は、基本的にどの身分の者たちも親が見守る中で行われる。
どちらかといえば、神に報告をしつつ、親にこれまでの成長に対する感謝を述べる意味合いも含まれているのだ。
というわけで、貴族にふさわしい豪華な衣装に包まれたセイヤは、馬車に揺られながら神殿に向かっていた。
そのセイヤの前には、金髪碧眼の眩しいくらいにオーラを放つ(セイヤ主観)美男子が座っていた。
彼こそセルマイヤー辺境伯を治める当主であり、セイヤの実父であるマグス・セルマイヤーである。
「セイヤもいよいよ誕生の儀か。早いものだね」
「父上、ありがとうございます。……あの、母上。そろそろ下ろしてくれませんか?」
マグスの言葉に頭を下げたセイヤは、諦め顔でマグスの向かいに座っている母親にそう聞いた。
「いやーだー。せっかくセイヤと一緒にいられるんだから、少しでもセイヤ分をもらわないとな!」
セイヤ分ってなに、と思わず声を上げそうになったが、賢明にもセイヤはそれは言葉に出さなかった。
いまセイヤはアネッサの膝の上に絶賛抱っこ(?)され中である。
大人になっている記憶を持つセイヤとしては、恥ずかしいことこの上ないが、当の本人は嬉しそうにセイヤにくっつき、父親であるマグスはニコニコとみているだけだった。
ちなみに、アネッサが息子との接触を好むのは、いまに始まったことではない。
それこそ、いきなり抱き着かれてセイヤが悲鳴を上げることになったのは、ほぼ日常茶飯事といっていほどだった。
セイヤの母でありマグスの第二夫人であるアネッサは、貴族家の娘ではない。
元々は傭兵団の一員として所属していたのだが、そんな彼女がなぜ辺境伯に嫁に来ることになったのかは、きちんと語るとなかなか面白い物語になっている。
実の子であるセイヤにとっても初めて聞いたときは、そんな話がありえるか、という感想を持ったほどだ。
そんな身の上なので、アネッサが多少貴族としては相応しくない言動を取ったとしても、屋敷の中ではお目こぼしが与えられていた。
ついでにいえば、アネッサが辺境伯の夫人として表舞台に出ることは、ほとんどない。
そうした役目は、第一夫人であるシェリルと第三夫人であるリゼが負っていた。
マグスも最初からそのつもりでアネッサを夫人として迎え入れたのである。
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セルマイヤー親子を乗せた馬車は、特に問題が起こることなく神殿の前に着いた。
この世界において祀られている神というのは、それぞれの国において違っていたりする。
それは、一神教として崇めているというよりも、土地神としての側面が強いのだ。
予想外のことが起こったのは、神殿に入って、本格的な儀式が始まってからのことだった。
神殿の中に入ったセルマイヤー親子は、すぐに神殿長に出迎えられた。
建前上は神のもとの平等を謳っている神殿といえども、やはり身分さは覆せないものがある。
それは、お布施という名の寄付の額にも現れているのだ。
そんなわけで、神殿長の案内の下、セイヤは父母のあとをちょこちょことついて行った。
所詮は五歳児なので、威厳が無いように見えるのは致し方のないことだと自己弁護している。
神殿の中は、セルマイヤー親子と神殿関係者以外には誰もいなかった。
神殿側が、セイヤのためだけに準備を整えていたことがよくわかる光景だった。
もっともセイヤ自身は、それを他人事のように見ているだけだった。
一応この場での主人公はセイヤであるはずなのだが、神殿長が話しかけているのはセイヤの父であるマグスだからである。
本来であれば無粋な行為となるのだが、セイヤ本人はまったく気にせず、のほほんとした表情で彼らのあとを着いて行っていた。
いくつかの扉を抜けてから、神殿長は満面の笑みを浮かべてこう言ってきた。
「ようこそいらっしゃいました。ここが、この神殿の中心部である祈りの間です!」
本来祈りの間は、厳しい修行を行う聖職者たちが使う場所なのだが、どうやら神殿長はこの場所をセイヤの儀式を行うための場として開放したようであった。
一般の子供たちは、この場ではなく礼拝所に集まって一度に行うのだが、辺境伯の実子であるセイヤは特別扱いということだ。
とはいえ、昔からそうなのか、マグスも特に表情を変えることなく神殿長の言葉に頷いていた。
それに気を良くしたのか、神殿長は満面の笑みを浮かべてからセイヤを見た。
「さあさあ、お坊ちゃま、こちらですよ」
あー、名前も正確に覚えていないんだとセイヤは思いつつ、特に気付かなかったふりをして言われるままに、祭壇の手前におかれている一段高くなっている台の上に靴を抜いでから上がった。
さすがに、神の前では靴を脱ぐ習慣になっているようだ。
リーゼラン王国において信仰されている神は、祈りの形はセイヤの知る前世の記憶にある目を瞑りながら手を合わせる方法とまったく同じである。
事前に教わっていたセイヤは、その形で礼拝を行った。
そして、それを確認した神殿長が、短めの祝詞を唱えた。
「神の名において、セイヤ・セルマイヤーの誕生をここに認める。礼拝!」
神殿長がそう宣言した瞬間、目をつぶっていたはずのセイヤの視界に、なぜか光の奔流が流れて来た。
そして、気が付けば、セイヤは真っ白な空間の中に立たされていたのである。
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突然変わった風景に驚きながら周囲を見回していたセイヤは、思わずポツリと呟いた。
「なんだこれ? ……って、考えるまでもないか。そろそろ出てきてもらってもいいでしょうか?」
「ホッホ。随分と落ち着いておるのう」
セイヤの言葉に応えるように、目の前に一人の老人が現れた。
その顔は楽しそうに笑みを浮かべている。
神に祈りを捧げたら別の場所に導かれるなんて話は、様々な物語で定番の設定である。
だからこそセイヤは、あまり驚かずに対処できたのだ。
「これでも驚いていますよ。でも、転生したことを自覚したときよりは、驚きが少なくて…………一応確認しますが、神様で間違っていないでしょうか?」
「うむ。まあ、そういうことじゃの。初めましてじゃ、セイヤ・セルマイヤー君。いや、それとも神栄 聖夜君と読んだ方がいいのかの?」
からかうような口調の神を前にして、セイヤは肩をすくめて答えた。
「元の世界にそのまま戻れるというのならそれでもいいのでしょうが、そうではないのでしょう?」
「うむ。そうじゃな」
「では、今更なので、セイヤでいいですよ」
神の短い言葉で、セイヤにとってはいままで疑問かつ重要な答えが得られたが、それは気にしないことにした。
今はまず、この状況を正確に把握することが重要だとセイヤは考えていた。
なによりも、自分の身に起こったことを答えられそうな相手が初めて現れたのだ。
これを逃してなるものかと、セイヤは気合を入れて相手を見るのであった。
既に五年も過ぎているので、セイヤは転生したことについては自分の中である程度消化しています。
むしろ、儀式があると聞いたときから、こうなるのではと少しだけ予想していました。
※追加説明
生誕=生まれた日のこと。
誕生(の儀)=世界(周囲)に初めて人として認められること。
稀に、(親の)不都合などで儀式ができない子もいるが、後付けで儀式をすることは認められる。
※次話更新は、本日16時。