(5)マリーの発病?
お茶会を途中退出したセイヤは、侍女のエーヴァとともに、マリーの部屋に向かった。
アネッサに呼ばれた場所が、なぜかそこだったのだ。
エーヴァが入室を求めると、すぐに返答があった。
そして、セイヤが部屋に入るなり、アネッサがこう言ってきた。
「お楽しみのところ済まないな。どうやらマリーが風邪をひいたようだ。見舞ってやってくれるか?」
この時点でセイヤは、風邪? とさらに首を傾げることになる。
確かにこの世界では、病気が命を奪うことも多いが、よほどの高熱が出ない限りは風邪程度で大騒ぎすることはない。
少なくとも、わざわざ社交(お茶会)の最中に呼び出すようなほどのことでもないのだ。
セイヤは、内心では盛大に疑問に思いつつ、それでも顔には出さないようにしながらベッドの上にいるらしいマリーに近付いて行った。
そして、マリーを見た瞬間、セイヤは思わず驚愕で表情を変えそうになった。
それを何とかこらえながら、いつものようにマリーに笑みを向けて彼女の額に手を伸ばした。
「うーん……少しだけ熱があるようですね。体が辛かったら、目を瞑っていたほうがいいですよ」
「にいさまの手、きもちいい」
セイヤが優しく話しかけると、マリーが言われた通りに目を閉じながら、そう答えてきた。
その声が少しだけ掠れていることに気付いたセイヤは、マリーの傍に立っていた専属侍女に話しかけた。
「何か飲み物でも持ってきてもらえますか?」
「……畏まりました。果汁をお持ちいたします」
「そうですね。お願いします」
セイヤが軽く頭を下げると、その侍女は一礼をしてから部屋を出て行った。
侍女が出て行くのを確認したセイヤは、エーヴァに視線だけでドアに向かうように指示をした。
誰かが近付いてこないように見張っているようにという指示だ。
さすがに生まれたときから世話をしているだけあって、エーヴァは顔色を変えずに、その指示に従った。
これで、エーヴァがなにかを言ってこない限りは、部屋にいるのは母子三人とエーヴァだけになった。
体よく侍女を追い払ったのだと察したアネッサが、「何があった?」と問いかけようとしたのだが、その前にセイヤが右手でなにかを言おうとするのを止めた。
「詳しくは後で話しましょう。いまはマリーの体調を整えるのが先です」
そう言われてしまっては、アネッサとしては言えることがない。
そして、アネッサが頷くのを確認したセイヤは、再びマリーに優しく話しかけた。
「しばらく自分で魔力を動かすのは禁止です。もうこんなつらい思いはしたくはないでしょう?」
セイヤがそう言うと、マリーは一瞬驚いた顔になったが、すぐにこくんと頷いた。
「……はい」
「ハハハ。そんな顔はしなくていいですよ。体を休めて、大丈夫だとわかれば、きちんと私が魔力の使い方を教えますから」
「ホント!?」
「はい。ほんとですよ。ですから、いまはゆっくり休んでなさい」
セイヤがそう言いながら頭をなでると、マリーはコクリと頷いて目を閉じた。
自分の魔力をセイヤが動かしていることをわかったのか、マリーは特に抵抗することなくそれを受け入れるのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
セイヤが外に追い出した侍女が飲み物を持ってきて、マリーがそれを飲むと多少落ち着いたのか、そのまま眠ってしまった。
あとは侍女に任せて、セイヤとアネッサ、エーヴァはマリーの部屋を出て、そのまま隣のセイヤの部屋に三人で直行した。
すぐにでも話をしようと口を開きかけたアネッサを、人差し指をたてながら口元に持ってきてセイヤはそれを止めた。
そして、セイヤはとある魔法を発動させてから口を開いた。
「もう話をしても大丈夫ですよ」
「……何をしたんだ?」
セイヤが魔法を使ったことがわかっても、どんな魔法かまでは分からないアネッサが、そう聞いていた。
「簡単にいえば音を遮断する魔法です」
「そんなことまでできるのか」
「ええ。といっても、きちんと開発できたのか確認するのが大変でしたが。結局、エーヴァに確認をしてもらって完成できました」
基本的にセイヤは、魔法の開発は神から貰った世界で、一人で行っている。
だが、この魔法に関しては、どうしても協力者が必要だったので、仕方なしにエーヴァに手伝ってもらって確認をしてもらった。
なにしろ、セイヤだけでは音が遮断されているかどうかは、確認することができないのだから。
「……っと。いまはその話は関係ありませんね。マリーのことです」
「そうだったな」
一瞬話が逸れかけて軌道修正してきたセイヤに、アネッサが頷いた。
「それで? 実際に原因は魔力のようだったが、具体的にはどんな状態だったのだ?」
「えーと、なんといえばいいでしょうね……。まあ、簡単にいえば、マリーは自力で魔法を使おうとして、失敗したのですよ」
そのセイヤの言葉に、アネッサ驚いた表情になった。
そして、言った本人であるセイヤも、少しばかり呆れたような顔になって続けた。
「まったく……。本当に天才はいるのかと、驚きましたよ」
「それは、兄バカすぎる気もするが……いや、そうでもないのか?」
首を傾げるアネッサに、なぜかセイヤは胸を張った。
「兄バカであることは認めます。マリーは天使ですから」
「それは認める……じゃなくて、いまは魔法の話だろう?」
思わずセイヤのマリー自慢の話に乗りそうになったアネッサは、慌てて話を元に戻した。
結局のところ、アネッサも親バカなのだ。
アネッサの言葉に、「ああ、そうでした」とわざとらしく手をポンと打ったセイヤは、恐らくと前置きしてから続けた。
「具体的な話は避けますが、魔法を使うのには、イメージの力が重要になります。マリーはそのイメージが上手くいかなかったので、魔法の発動を失敗したのですよ」
「ふむ。魔法の失敗をすれば、熱が出るのか?」
素朴なアネッサの疑問に、セイヤは首を左右に振った。
「いえ。そうとも限らないのですが、今回に関しては、動かした魔力が暴走して熱を出すという結果になったのだと思います」
外気法で魔法を使うためには、体内の魔力を外に干渉することになる。
魔力を発動する一連の流れに置いて、その干渉に失敗すると魔力が暴走することがある。
その暴走も外に向かう場合と内に向かう場合の二種類がある。
今回は、たまたま内に向かって、熱を出すという方法で体が自動的に対処したのだというのが、セイヤの予想だった。
セイヤの説明に、アネッサが眉をひそめた。
「それは、かなり危険ではないのか?」
「そんなことはありませんよ。少なくとも命の危機に陥るようなことにはなりません。それに、先ほども言ったでしょう? マリーは天才だって」
なにもセイヤは、マリーを褒めるためだけにその言葉を使ったわけではない。
本気でそう思ったからこそ、敢えて言葉にしたのだ。
普通、小さな魔法を使おうとして失敗したとしても、そこまで体に対して大きな影響は出ない。
逆にいえば、マリーは体に大きな影響が出るほどの魔力をいきなり扱おうとしたのだ。
ただ、そこまで大きな魔力は、使おうと思っても使えないのだ。
だからこそ、セイヤはマリーのことを「天才」だと評したのである。
「…………いや、それは危ないのではないか?」
「ですから、きちんと私が教えると約束したのですよ。あのままだと、また自分で使おうとするでしょう?」
「そういうことか」
マリーが兄の言うことをきっちり聞くことは、アネッサもよくわかっている。
少なくとも今のマリーは、兄大好きっ子なのだ。
ようやく納得した表情になったアネッサに、セイヤがひょいと釘を刺してきた。
「ですから、マリーの侍女の問題をどうにかしてくださいね」
「……結局、それか」
現在、マリーの侍女を勤めている女性が、第三夫人であるリゼの息が掛かっていることは、セイヤもアネッサも把握していた。
なにも最初からそうだったわけではないのだが、金の力を使ったのか、あるいは別の何かがあったのか、かなりの細かい情報がリゼに流れていることは間違いようのない事実である。
だからといって、侍女としての働きに不満があるというわけではないので、簡単に首にするわけにもいかない。
そんなことをすれば、間違いなくリゼは喜んでアネッサのことを色々な方向からつついてくるだろう。
揃ってため息をつくセイヤとアネッサに、珍しくエーヴァが口を挟んできた。
「いっそのこと、私が後継者を育てるとう名目で同世代の子を引き受けましょうか? いずれマリー様も学園に入学されることでしょうし」
エーヴァの提案に、セイヤとアネッサは顔を見合わせて同時に頷いた。
マリーの年齢を考えれば気の長い話だが、今のうちから準備をしておくのは必要なことだろう。
「そうですね。具体的にどうするかはともかくとして、その方向で考えて置いてもらってもいいでしょうか?」
「畏まりました」
主であるセイヤの言葉に従って、エーヴァは丁寧に頭を下げるのであった。




