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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第1部3章
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(3)辺境伯からの依頼

 研究所と商会についての報告を終えたセイヤは、執務室を出ようとしたところで、マグスに止められた。

「待て。まだ話がある」

「はい。なんでしょう?」

「最近、中々いい感じで傭兵として活動しているようだな?」

「……はて。何のことでしょう?」

 一瞬空を向きかけた目をどうにかマグスから逸らさないようにこらえながら、セイヤは平静を装って応えた。

 

 だが、残念ながらセイヤの抵抗はあっさりと見抜かれたらしく、マグスは首を振りながら続けた。

「いや、何。別にお前の傭兵としての活動を止めようというわけではないのだ。いまのところ表に名前も出ていないようだしな」

 そもそもセイヤが傭兵として活動を認められるのには、両親からの条件をクリアしていないといけないはずなのだ。

 だが、ここのところはなし崩し的にセイヤが屋敷を抜け出しては、モンスター狩りに出かけている状態だった。

 アネッサもマグスもセイヤのことを止めないので、つい調子に乗って狩りを続けていたが、約束違反をしているのはセイヤなのだ。

「ええと……?」

 マグスが何を言いたいのか分からずに、セイヤは首を傾げた。


 そんなセイヤに、マグスは肩をすくめてからさらに続ける。

「お前が辺境伯の息子として傭兵活動をするなら止めるが、今のところ周囲にはばれていないようだからな。止める理由が無い」

 マグスがセイヤの傭兵としての活動に気付いたのは、アラナ商会の急激な売り上げの伸びと結び付けられることができたためだ。

 そうでなければ、十歳にもなっていない辺境伯の息子が、一流の傭兵でも狩れないようなモンスターを狩ってきているとは、誰も思わないだろう。

 むしろ、街の周辺の強いモンスターを狩ってくれている謎の傭兵(セイヤ)は、支配者としてはありがたい存在なのだ。

「ハア。そうなのですか」

「だからといって、いまはまだ公に認めるつもりはないがな」

 一瞬、だったらこのままなし崩し的に、と考えたセイヤを見抜いたのか、マグスがさっくりとそう釘を刺してきた。

 

 ついと視線を逸らしてならない口笛を鳴らすような仕草を見せたセイヤに、マグスはひょいと肩をすくめる。

「まあ、それはいまはいい。それよりも、傭兵としてのお前に頼みたいこと……いや、依頼があるのだ」

「依頼……ですか?」

「ああ、そうだ」

 初めての事態に不思議そうな顔になるセイヤに、マグスは小さく頷いた。

 

「今度、我が家にクリステル公爵令嬢が来ることは聞いているだろう?」

「公爵令嬢……確か、エリーナ姉上のお友達、でしたか?」

「ああ。そうだ」

 セルマイヤー辺境伯領があるリーゼラン王国には、現在三つの公爵領がある。

 そのうちのひとつであるプロホヴァー公爵家の三女であるクリステルとセイヤの姉であるエリーナは、以前に王都で行われた十歳を迎える祝福の儀式で出会ってたときに、意気投合して友達同士になったそうだ。

 その流れで、クリステルがセルマイヤー辺境伯領まで来ることになったらしい。

 

 ……という話を、セイヤは姉であるエリーナから聞いていた。

 そのお陰で、ここ数日屋敷の中がバタバタしていたりする。

 エリーナが嬉しそうに話していたことを思い出したセイヤは、首を傾げた。

「姉上と随分仲が良くなったようですが、何か問題でもありましたか?」

「ああ、いや。公爵家の者と仲が良くなる事態は問題はない。家格的にも問題ないしな」


 セルマイヤー辺境伯家は、その成り立ちから国内では特殊な立ち位置にいる。

 マグスから数えて五代前の時代は、セルマイヤー家は小国の王家だった。

 とはいえ、いつ他国に攻め滅ぼされてもおかしくはない立場だったために、当時のリーゼラン王国と特殊な条約を結んだうえで編入されたのだ。

 その特殊な条件のひとつが、公爵家の次の権力を持つというものだった。

 当然リーゼラン王国内では、それだけの権力を一辺境伯に持たせるのはおかしいという意見も出たが、当時の王がその要求を呑む決断をしたのである。

 いまの王家とセルマイヤー家の関係を見れば、いまのところ国内では当時の王の判断は英断だっとされる意見が多い。

 

 そんな歴史的背景を思い出したセイヤは、納得の表情で頷いた。

「それはそうでしょうが……では、何の問題が?」

「いや、実はな……」

 マグスはそう言ったきり、言葉を止めてから一度ため息をついた。

 ちなみに、マグスは子供たちの前では、このように感情をあらわにすることが多いが、他の貴族たちを前にした時は、きっちりと感情をコントロールしていたりする。

「そのクリステル嬢だが、話に聞くところによると、結構なお転婆らしい」

「………………はい?」

 セイヤは、思わず聞き間違えたのかと疑って、マグスに聞き返してしまった。

 なぜなら、噂に聞くクリステル嬢は、蝶よ花よと育てられて、その容姿からも最高級の人形のようだと評されているのだ。

 

 セイヤの態度を咎めず、さらにもう一度ため息をついたマグスは、執務机の中から一枚の紙を取り出してピラピラとさせた。

「私も最初は目を疑ったのだがな。公爵本人からの手紙にそう書いてあるので、間違いないのだろう」

 なんと話の出所が公爵だったことに、セイヤはさらに驚きで目を剥いた。

 そもそも、公爵本人が、わざわざ公爵家、あるいは公爵令嬢の評判を落とすようなことを自らするとは思えない。

 そう考えれば、クリステル嬢がお転婆、もとい快活な性格だということは、疑いの余地がないことになる。

 

 その後、マグスが語った公爵によるクリステル嬢の評価は、次のようなものになる。

 曰く、公爵家の庭で剣を持って振り回すのは当たり前で、騎士たちと互角の腕を持っているとか。

 曰く、それだけならまだしも、警備の隙をついて屋敷を抜け出すこともしばしばとか。

 曰く、快活すぎる性格になってしまったため、令嬢としての将来を危惧した公爵が、淑女としての作法をきっちり身につけなければ、剣を持つのはまかりならん! と宣言すれば、さっくりと教師の課題をクリアして、すぐに剣の訓練に励むとか。

 とにかく、いい意味でも悪い意味でも伝説を残しているようだった。

 そんな公爵令嬢に、公爵本人も手を焼いているようで、今回の辺境伯家訪問もクリステル嬢に押し切られて公爵が許可を出したというのが、本当のところのようであった。

 

 一通りマグスから話を聞いたセイヤは、クスクスと笑い出した。

「それは、それは。どうりでエリーナ姉上と気が合うはずですね」

「……それ以上、言うな」

 セイヤの言葉に、マグスは顔をしかめながらこめかみに手を当てた。

 さすがにエリーナは、屋敷を勝手に抜け出すほどではないが、兄弟たちに影響をされてか、剣が得意だったりするのだ。

 エリーナとクリステルの間で、どこまで話をしたか分からないが、お互いにそうした性格を見抜いている感じを受ける。

 もっとも、本当のところは、当人たちに確認しないとわからないのだが。

 

 会ったことのない公爵令嬢はともかく、エリーナに関しては良い印象しか持っていないセイヤは、その姉が選んだ友達ということで少なくとも今は悪い印象は持っていない。

「まあ、それはともかく、父上の言いたいことはわかりました。私は、陰からクリステル嬢の護衛をすればいいのですね?」

「ああ、そうだ」

 屋敷にいる分には、多くの騎士が警護しているので必要ないが、そのお転婆さで街に繰り出してしまったときが問題なのだ。

 セイヤであれば、魔法を使って尾行もどきも容易にできるので、公爵令嬢を裏から守るのにはうってつけといえるだろう。

「そういうことでしたら、お引き受けいたします。……報酬は期待していますよ?」

 ちゃっかりとしたことを要求してくる八歳児に、マグスは苦笑をしながら頷くのであった。

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