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異世界で魔法を覚えて広めよう  作者: 早秋
第1部2章
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(9)賊退治(前編)

 デニルと一緒に森の中を歩くセイヤは、この日何度目かのため息をついた。

「おうおう。さっさと諦めて、サクサク歩けや」

 そのタイミングを見計らったのか、あるいは背中に目が付いているのか、少し前を歩いているデニルがセイヤに劇を飛ばしてくる。

「そうは言っても中々気分はすぐれないですよ」

「それは当然だろ? これから殺しをしに行くってのに気分が上々だったら、それはただの快楽者だ」

 この世界にも殺人快楽者なんて知られているんだ、とか余計なことを考えつつ、セイヤは「はあ」と適当に相槌を打った。

 

 セイヤとデニルが遠征隊から離れて向かっているのは、例のセイヤの傭兵訓練の一環のためである。

 フェイルの街を離れてまで来なければならなかった理由は、討伐の対象となる相手が近くにいないからだ。

 その対象というのは、いわゆる山賊で、セイヤを憂鬱にさせているのが、その討伐内容だ。

 その内容というのが、生死を問わずであれば、セイヤもここまで気落ちはしていなかったのだが、そんなに甘いわけもなく、要するに山賊は必ず倒すというのが条件なのだ。

 残念ながら生かしたまま捕まえて騎士団なり刑吏なりに預けて終わり、とはいかない。

 

 これにはきちんとした理由があって、この世界の山賊というのは基本的に行商などの荷物を襲う者たちを指している。

 そして、山賊たちは自分たちの存在を極力知らせないようにするために、基本的には獲物は殺すことが当たり前なのだ。

 勿論、奴隷として高く売れそうな相手は生かしておく場合もあるのだが、その売った奴隷から足が付く場合もあるので、よほどの信頼できる売り先が無ければ、わざわざ生かしておくことはしない。

 要するに、山賊というのは必ずと言っていいほど無辜の民を害しているのである。

 そんな存在を許しておくはずもなく、どう裁かれたとしても処刑というのが基本なのだ。

 そのため、ある程度名の知れた山賊は、わざわざ行政で裁くのではなく、現地で処理を行うというのが当たり前の感覚になっているのだ。

 もっと言えば、処刑を行うまでの経費が勿体ないということもある。

 というわけで、山賊退治=その場で殲滅という図式は、ほとんどの場合に当てはまるのだ。

 

 セイヤが落ち込んでいるのは、これから必ず行うことになる人殺しという事実に、刻一刻と近付いているからだ。

 もっとも、デニルに言わせれば、

「山賊なんぞに気を使ったところで、誰も喜ばねーぞ。大体、山賊とモンスターの違いはなんだ? 人を襲うという点では、まったく同じだぞ?」

 ということになる。

「はあ。それはわかっていますがね。やはりそう簡単には、割り切れませんよ」

「まあ、その辺りはお前さんも年相応と言うべきなのかもな。ただ、これはお前さんの母親の指示でもある。諦めるんだな」

「……わかっていますよ」


 セイヤもアネッサの意図はよくわかっている。

 山賊殺しができなければ、この世界ではとても一流の傭兵とは呼ばれない。

 名のある傭兵というのは、ある意味では、執行官の役目も担っているのだ。

 そもそもセイヤ自身が傭兵になりたいと言って、そのための道を用意してくれているのだから文句が言えるはずがないのだ。

 

 そんな会話をしているうちに、不意にデニルが歩みを止めてセイヤを振り返り、口に人差し指を立てて当てた。

 静かにしろという合図である。

 そして、その指をそのままある方向に差した。

 セイヤは当然魔法の探知によって気付いていたが、目視できる範囲に山賊たちの拠点(洞窟)が近付いたのだ。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 目視できる範囲に近付いたからといって、即討伐開始というわけではない。

 まずは、見つかりづらい限界ぎりぎりまで近づいて、拠点の様子を探ることになる。

 場合によっては、事前にもらっている情報とは違っている可能性もあるので、いきなり拠点に突っ込むようなことは、事前調査がいかにしっかりしているとわかっている時でさえほとんどしない。

 今回の相手は、自然にできた洞窟を拠点にしていると事前情報があったが、その拠点から変わっていないようだった。

 そして、徐々にその場所に近付いて行くと、状況を変化させることが起こっていた。

 

「ギャハハハハハ! そら、もっとうまく逃げろよ!」

 その声がセイヤの耳に聞こえてきたのは、拠点を守っているであろう山賊たちの顔がはっきり見えるほどに近付いてきたときだった。

 そして、同時にその言葉の意味もわかった。……わかってしまった。

「……胸糞悪いことを」

 山賊たちには聞こえないように呟かれたデニルの言葉がセイヤの耳に入ってきたが、その心には響かなかった。

 それほどまでに、セイヤは激高していた。

 

 見張りであろう三人の山賊たちは、セイヤを心の底から怒らせるようなことをしていたのだ。

 具体的にいえば、弓を構えた一人の男が、わざと(・・・)殺さないように相手を攻撃していた。

 その相手が、ゴブリンなどのモンスターであれば、まだ我慢できたかもしれない。

 だが、それが四~五歳ほどの人の子供となれば、話は別だ。

 その子供はヨタヨタになりながらも必死に山賊の弓から逃げ回っている。

 もっとも、山賊もその子供を殺すつもりはないのか、あるいは単に練習台にしているのか、子供に当てることはしていない。

 だからといって、行為そのものが許されるわけはない。

 

 セイヤは、腰に下げていた剣をゆっくりと構えながらデニルに言った。

「……子供を頼みます」

「えっ!? お、おい!? ……ちっ」

 デニルは、ようやくそこでセイヤの異変に気付いたが、そのときにはすでに遅かった。

 セイヤが、デニルが舌を巻くほど気配を消しながら山賊たちに駆け寄って行っており、慌てて追いかけることしかできなかった。

 

 その後のことは、ほんのわずかな時間に起こった。

 まずはセイヤが山賊たちに見えないように魔法で(・・・)姿を消しながら弓の男を容赦なく倒す。

 このときはまだ山賊たちもセイヤには気づいていないので、そのままセイヤは残りのふたりのうちひとりに近付いて、あっけなく止めを刺した。

 さすがにここまで来れば残りのひとりが異変に気付いたが、そのときはすでに遅く。

 慌てて人質となりうる子供を見るが、デニルが安全確保済みで、近寄ることすらできない。

 代わりに仲間を呼ぼうと声を上げようとしたが、その隙を見逃すようなセイヤではなかった。

 あっという間に男に近付いて、先ほどまでの憂鬱などどこに行ったのやら、まったくためらいもなくその男の命を絶った。

 

 この一連の出来事を子供を確保しながら見ていたデニルは、驚きを通り越して、諦めの境地で見ていた。

 いや、もともとセイヤが年齢以上の実力を持っていることはわかっていた。

 だからこそ、この依頼を受けることにしたのだが、セイヤの力はデニルの予想以上だった。

 三人を一瞬で片づけた実力もそうだが、そもそもどうやって最初の一人目に近付いたのか、デニルにもまったく分からなかった。

 どんなに熟練者でも、周囲の警戒をしながら弓手のやることを見ていたふたりの男たちに、まったく気付かれずに近づくなど不可能に近い。

 セイヤは、それを実行してしまったのだ。

 

 この時点で、デニルにもセイヤには、なにか隠された力があるとわかっていたが、いまはまだ作戦遂行中だ。

 そんなことを確認している暇はない。

 デニルは、声を上げたりしないように口を手でふさぎながら、静かにするようにと子供に注意をするのであった。

「賊退治」は前・中・後編に分かれますので、明日は8時と20時の二話更新になります。

ご注意ください。

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