(3)セイヤの進路と妹
結局、セイヤの傭兵になりたいという希望は、条件付きで許可されることになった。
最初はふたりともに渋っていたのだが、やはりセイヤが持つ魔法の力が大きなネックになっていて、国の縛りをできるだけ受けたくないというセイヤの希望に沿うには、傭兵になることが一番だという結論に至ったのだ。
セイヤが傭兵になるための条件は、マグスとアネッサの両方から出されている。
まずマグスの条件は、単純明快で十二歳から貴族の子弟が通うことになる学園にきちんと入学して卒業することだ。
傭兵は、命を失うこともそうだが、手足を失うこともざらにある。
そうなった時のために、先のことを考えるようにといっていたが、結局のところ心変わりしたときにいつでも貴族の一員としてふるまえるようにするためだということはセイヤもわかっていた。
ただし、セイヤ自身も学園には通いたいと思っていたので、その条件にはすぐに頷いた。
問題だったのはアネッサが出した条件だった。
最初に出したアネッサの条件は、彼女自身に魔法なしで戦闘に勝つことができるという無茶なものだったのだ。
そもそもアネッサが辺境伯夫人なんていう立場にいることができているのは、その強さで有名になっていたからであり、七歳児にそんなことは無茶だとセイヤが反発したのだ。
セイヤが傭兵になるのを出来るだけ遅くまで引き延ばすか、諦めて心変わりすることをアネッサが狙っていることはすぐにわかったので、セイヤもそれには頷けなかったのである。
とはいえ、アネッサに勝てるようにするという目標を持つこと自体は悪いことではない。
あくまでもセイヤが引っかかっていたのは、それまでにかかる時間のことだ。
セイヤとしては、出来る限り早く傭兵として独り立ちしたかったので、アネッサに交換条件を出した。
セイヤが傭兵として独り立ちするのはアネッサに勝ってからということにするのは構わない。
ただし、それまでは、アネッサ自身かアネッサが選んだ傭兵に付いて、その技術を学ぶようにするというのがその条件だった。
セイヤがこの条件を出したときに、アネッサは虚を衝かれたような顔になり、真剣な表情で悩み始めた。
そして、たっぷり五分ほど悩んだアネッサが、渋々その条件で許可を出したというのが一連の流れだった。
一部予定外の結果にはなったが、セイヤとしては満足のいく条件にはなった。
特に、先輩傭兵から技術を学べるようになったのは、望外の結果になった。
やはり最初からひとりで傭兵としてやっていくのには、不安もあったのだ。
こうしてセイヤは、傭兵になるという約束を両親から取り付けることに無事に成功したのであった。
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マグスとの話し合いを終えたセイヤは、アネッサとともにマリーのところへと来ていた。
そのアネッサは、すっかり目を覚ましていたマリーにちょっかいをかけている。
「マリーちゃんは、お兄ちゃんと違って、良い子に育ってくれよな~」
と、相変わらずセイヤが傭兵になることに文句を垂れているアネッサに、引き合いに出された当人は苦笑するしかない。
マリーを楯にして言われているのだが、これは甘んじて受け入れていた。
アネッサが口では文句を言っているが、ある程度は納得してすでに受け入れていることをわかっているためだ。
母親としての心配な気持ちがあることは重々承知しているので、アネッサにはある程度吐き出してもらったほうがいいと考えているのだ。
やがて、アネッサの文句も収まりマリーにちょっかいを掛けているときに、セイヤはあることに気が付いた。
「…………あれ?」
マリーを見ながら首を傾げるセイヤに、アネッサと傍付きの侍女が気が付き近寄ってきた。
「なんだ? なにかあったのか?」
「坊ちゃま、どうかなさいましたか?」
そう言って近寄ってきた傍付きの侍女は、セイヤ付きの侍女であるエーヴァだった。
彼女は、それこそセイヤが生まれたときからずっと世話をしてきた侍女だ。
ちなみに、アネッサとマリーの傍付きの侍女はいまは近くにいない。
それは、エーヴァが近くにいて、さらにはちょっとした用事を果たしに行ったためでもある。
特にマリー付きの侍女は、休めるときに休まないと大変なので、いまはしっかりと休みを取っていた。
いつ泣き出すか分からない子供を育てるには、休憩が重要だということをこの屋敷にいる者は誰もが知っているのだ。
そんなエーヴァとアネッサに問われたセイヤは、ジッとマリーを見た。
「うん、やっぱり見間違いじゃないですね」
セイヤは、何度か目を瞬いたりして確認をしたが、目の錯覚ということはなく、しっかりと自分の目にそれが映っていることがわかった。
「一体何なんだ、セイヤ。何かおかしなことがあれば、ちゃんと言ってくれ」
そう言ってくるアネッサの言葉に、わずかに焦りのようなものがあることはセイヤの聞き間違いではないだろう。
とにかくこの時期の子供は、どんな重篤な危機に陥ってもおかしくはないのだ。
そんな母親にセイヤは頭を下げながら謝った。
「不安にさせてごめんなさい。病気とかそういうことではないのです」
セイヤは最初にそう断ってから、一度周囲を見回して自分たち以外には誰もいないことを確認してからさらに続けた。
「どうやら、マリーはすでに自分で魔力を動かしているようです」
囁くようにして言ったセイヤの言葉に、アネッサとエーヴァは目を丸くした。
エーヴァには、他言無用を厳守したうえで、セイヤが魔法を使えることを話してある。
傍付き侍女は、基本的にお世話をすることになる相手から離れることはないので、隠しておくのは不可能だと判断したためだ。
勿論、エーヴァへの信頼があることは勿論だ。
それでも、もし他言した場合は物理的に首が飛ぶということを言い含めたうえで、話をしている。
マグスとアネッサ以外に、セイヤが魔法を使えることを知っているのは、エーヴァだけだった。
だからこそセイヤは、マリーの状態について話すことにしたのだ。
すぐに驚きから復活したアネッサは、セイヤを見て問いかけて来た。
「どういうことだ?」
「どういうことも何もありません。私にわかるのは、マリーが自分自身の力で魔力を動かしているということだけです」
セイヤがそう答えると、アネッサはさらに詰め寄って来ようとした。
だが、セイヤはそれを右の手のひらを見せて止めた。
「落ち着いてください。今のところは、魔力を動かしているというだけで、魔法を使っているわけではありません。使えるようになるかどうかもまだわかりませんよ」
魔力を動かせることが魔法を使う絶対条件ではあるが、そのことが即魔法を使えるようになるというわけではない。
特に、魔法を行使するための想像力という部分では、子供であるマリーにはどうしても足りていない部分だろう。
前世の記憶を持って生まれたセイヤとは、そもそもの条件が違っているのだ。
「魔力を動かすのは、意外に楽しかったりしますからね。マリーはそれに気づいて遊んでいるだけだと思います」
少なくとも魔法が発動する気配は欠片もないので、セイヤは落ち着いた表情でそうアネッサに教えた。
それを聞いたアネッサは、安心したようにため息をついた。
「そうか。とりあえずは、安心……か?」
「まあ、そうですね。ただ、油断はできませんけれど」
いつ何時、ちょっとしたきっかけで魔法を発動してしまうかもわからない。
セイヤが言う通り、油断は禁物なのである。
魔力で遊んでいるマリーですが、物心つく前の幼少期にそうした遊びをしている子供は意外に多いです。
ただし、魔法なんて物語上のものだという「常識」が身に付くにつれて、その遊びは忘れ去ってしまいます。
あとは大人たちの反応のせいでしょうか。
普通「体の中の熱が動いて面白い!」と子供が言えば、大人は真っ先に病気を疑いますからね。




