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幻世の花笑み  作者: 月影星矢
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第5章 荒廃地区

殉職したはずの狩人リズがグリムとなって出現した。


その現場に居合わせた二人の狩人がリズの追跡及び監視に就いたのだが、一切の連絡が取れない音信不通状態になっていた。


これをトラブルに巻き込まれたと判断したリョウガは、ガンズを小隊長に十人余りの狩人で編成された小隊を出動させたのだった。


宵闇に紛れ、ガンズ班はリベルター第21区に到着し、周囲を警戒しながら物陰で息を潜めていた。その中にはルイ、デューク、アサト、キースの姿もあった。

 

第21区はリベルターの最南部にあり、彼らが現在いるのは街外れの荒廃した場所。賑わう街から切り離されたそこはビルなどの建造物が廃屋として寂しく取り残されており、漂う気味悪さから一般人が近寄ることは滅多にない。


千年以上も昔、この場所ではグリムと人間による凄惨な戦いが繰り広げられ、数多の犠牲者が出た。その傷痕が千年経った現在でも朽ち果てることなく当時の面影を維持したまま生々しく残されているのだから。

 

「追跡に就いた狩人らの居場所が途切れたのはこの近辺だ。現在、GPSでの追跡は不可能、なんらかの原因でGPS機能が破損したものと見られる。

この近辺でトラブルが生じたのは間違いないようだのう。各自、二、三人で行動しこの近辺を探り、リズを捕縛せよ。それが困難なら討伐を許可する。どんな小さなことでもよい、報告は怠るな、全員よいな」

 

散り散りに身を潜める狩人に向けて無線機でガンズが堅い声で指示を出すと、彼らは端的に返答したが、その声には幾重もの緊張が混在していた。


狩人の基本装備である銀のバングルにはGPS機能が、白い指輪には半径二十メートル以内のグリムを感知する機能が搭載されている。


グリムの体温は零度に近く極端に低く、彼らの体温を感知した指輪からは黒いレーザーが対象に放射される仕組みで、人間に扮したグリムを探り当てるための唯一の方法であり、ファング科学部隊による努力の結晶だ。

 

アサトとキースは行動を共にしていた。グリム感知器が反応することを頼りに建造物の陰に身を潜めながら移動し、足音を殺し、呼吸音にさえ気遣いながら。


幸い積雪には恐らくグリムのものと見られる数え切れないほどの足跡が浮かび上がっており、狩人らの足跡を消してくれていた。


だがこれだけサイズが異なる足跡があるとなると、グリムは多数潜伏しているのかもしれないという懸念がキースの顔を強張らせた。


ふとキースはアサトの行動に不信感を抱いた。普段は何にも興味を示さず、どこかぼーっとしているようなアサトだが、今は対照的に荒廃した街並みを落ち着きなく見回している。


好奇心なのかキースには判断が着かないアサトの行動だが、僅かに目を見張り、普段の血の通わない人形のような顔からは想像できないほど動揺しているようにも見えた。

 

「アサト、どうした?」

 

キースの問いに肩を震わせたアサトが振り向いた時、先ほどまでの表情が幻覚だったんじゃないかと思わせるほど呆気なく彼女の顔は無情なものに戻っていた。


アサトは何でもないと言うように緩く頭を横に振ると、任務を遂行すべく歩を進めた。


不信感を払拭できずにいたキースだったが、今は任務を優先しようともやもやした感情を心底に閉じ込めアサトの後を追った。



かつて病院だった廃屋に踏み込んだアサトとキースは、医療具や割れた窓ガラスが散乱したエントランスにいた。


月光さえ届かない長い廊下の先には深い闇が居座っており、その最奥には得体の知れない何か善からぬものが息を潜めているような錯覚を彼らに与える。


いや、もしかしたら本当に潜めているのかもしれない。アサトたちが追い求める悪が。

 

無機質に周囲を見回すアサトは冷静に幽霊でも出そうだと考えていた。例えそれが現実になっても彼女は悲鳴一つ上げず恐怖すら抱かない。

 

「アサト、あれを見ろ」

 

何かを発見したキースが見据える先は、待合室にある倒れたソファーだ。その陰からは人間の腕から先が露見していた。


アサトとキースは一瞬顔を見合わせるとそこへ駆け寄った。


銀のバングルが放つ白光で暗がりを照らすと、そこには折り重なるようにして血溜まりの中に倒れた二人の男がいた。


金色掛かった漆黒の衣服は狩人の証。彼らがそれを身に纏っていることから、考えるまでもなく狩人だと断定できた。

 

無駄だと分かっていたが、キースが彼らの首元に指を当て脈動を感じ取ろうとすると、案の定何も感じず指先に人体の冷たさだけが残った。

 

「追跡調査に向かった狩人に間違いないな。報告書と顔も一致する」

 

折り重なった狩人たちの腕には不自然に抉り取られたような傷痕があった。恐らくグリムが噛み千切ったのだろうとキースは分析した。


他にも身体中無数の斬り傷が痛々しく残されていたが、キースの目を引いたのは彼らの銀のバングルだ。不自然に破壊されているそれに彼は違和感を抱いていた。


グリムと戦闘状況に陥ったと仮定して、バングルがここまで完全に破壊されることは有り得るのだろうかと。


偶然だとしても二人のバングルが同時に破壊されたことが腑に落ちなかった。


考えるのは後だとキースが報告のため自身の無線機を起動した時、二人の指輪が重複して甲高い音を伴い振動した。


グリムの存在を感知したのだ。指輪が放射するレーザーは二人の背後を指している。


振り向けば、エントランスからゆっくりと彼らに接近する二人がいた。レーザーが指し示すのは正にその二人で、カテゴリーAの特徴である金色の双眸を光輝させている。


今対峙しているこの瞬間に討伐すべきだとは思うキースだが、彼は愕然としグリムに釘付けになったまま動くことを躊躇していた。


なぜならグリムの姿はすでに死亡したはずの、足元に転がる狩人らと瓜二つだったからだ。


不意に静寂に反響した声に、グリムを眼前に力んでいたキースの肩が跳ね上がった。


報告のためにと起動した無線機が気付かぬ間にガンズとの通信を接続していたようで、彼の少ししゃがれた声が漏れ聞こえている。応答しないキースの状況に懸念を抱いていた。


キースは驚きで乱れた心臓をなだめるように一度深呼吸をすると、普段と変わらぬ低く落ち着いた声色で応答を果たした。

 

追跡任務に就いていた狩人らの死と、その狩人らと瓜二つのグリムとの遭遇を端的に説明し、彼らを捕縛するか討伐するかの判断をガンズに仰いだ時、金属音と何かが崩れ落ちる音が響いた。


それを目にしたキースは短く溜め息を吐いた。

 

「すまん、捕縛は不可能になった。あんたは即刻こっちに向かってくれ」

 

キースが詳細を言うまでもなく状況を理解したガンズが了承すると、通信は切断された。


「全く、もう少し待てなかったのか? そいつらを捕縛すればこの奇怪現象の謎も解けたかもしれないと言うのに」

 

若干呆れた様子でキースがアサトの横に歩み寄り、月光で白く浮かぶその横顔を尻目にすると変わらぬ無情で床を見下ろしていた。


そこには心臓を一突きにされ息絶えたグリムが倒れている。


彼女の手には鮮血で汚れた刀が握られており、考えるまでもなく彼らを殺害した犯人が彼女なのは明白だった。

 

投げ掛けられた言葉に彼女が反応することはなく、何を思うでもなく、ただぼんやりとじわじわと拡大していく血溜まり上に刀の切っ先から落ちた赤い滴が作る波紋を眺めていた。

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