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幻世の花笑み  作者: 月影星矢
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第4章 非難の声

高層ビルが立ち並ぶ賑わう大都市リベルターの一角に、一際異彩を放ち、獅子の紋章を掲げる巨大な建物があった。


その建物が所有する敷地は部外者を拒絶するかのように鉄壁で包囲され、等間隔に設けられた全ての門扉には武器を所持した警備兵が立っている。


広大な敷地内の中枢には大小、形状も様々な建物が密集したかのようなビルがそびえ立ち、独立した都市のようにも見える。

 

ここはグリムを狩るために創設された組織ファング本部。狩人や組織で働く者はここで衣食住を共にすることが規則だ。

 

人間を襲うグリムの出現は1496年前に確認されたのが最初。グリム対策として、世界中の貴族によって創設されたのがグリム討伐組織ファングだ。


グリムは二つのカテゴリーに区別されており、金色に光輝する目を持つグリムはカテゴリーA、青色に光輝する目を持つグリムはカテゴリーBと呼ばれている。

 

グリムの形態は人間と大差ないが、稀に変体する種も存在し、前者はアルファ、後者はベータと区別され、変体の現象を覚醒と呼ぶ。


ベータにはスピード特化の鳥型、攻撃特化の獣型、そして防御特化の兜型があり、覚醒時の姿によって判別される。

 

グリムに関して数多くの学者たちが研究してきたが未だ解明されていないことが多く、謎ばかりの存在だ。


狩人の基本装備である銀のバングルには通信機能が搭載され、その他に武器バングルを装備することが義務付けられている。


武器バングルには種類があり、その色によって武器が異なる。


黒は刀、青は銃、緑は弓というふうに使用者がバングルを選択でき、また複数装備も可能だ。


バングルに付いた石に触れるだけで武器化可能なのだから、狩人にとっては移動が楽になるわけだ。



本部講習室の一室では満員に近い狩人が集結し、講習の時を待ち構えていた。階段教室の末端にはルイ、デューク、スズネの三人の姿もある。

 

講師の登場を待っている間、室内はざわめき朗らかな声が飛び交っている。


そんな最中、講義室後方のドアから登場したのはアサトだ。背後にはキースの姿もある。


彼女の姿を認識した狩人らは話を中断すると彼女の方に集中し、あちらこちらでひそひそと話し始めた。そんな中、一際声高く話す狩人がいた。

 

「おい嘘だろ? なんであいつもここにいるんだよ?」

 

「しっ、聞こえるぞ」

 

あからさまな嫌悪感を露にした小柄な狩人を細身の狩人がなだめる。

 

「だってお前もそう思うだろ? 俺、あいつ嫌いなんだよ」

 

「ここで言うなって。あいつ、以前突っ掛かって行った狩人を殺そうとしたことがあるんだってよ」

 

一際声を潜める細身の狩人と対照的に、小柄な狩人の声は周りの目も介さず高い。

 

「ああ、その話なら俺も聞いたよ。けど上はなんのお咎めもなしだったんだろ? お気に入りだもんな、何やっても許される身だし。いかれてるけど」

 

そう嘲笑するように言う小柄な狩人がアサトを冷視すると、彼の頭上で白い閃光が空を切った。その拍子に切断された数本の髪の毛がハラハラと床に落ちた。


「あーっ、悪ぃ! 武器の手入れしてたら手元が狂っちまった! もう少しであんたの身長も削っちまうとこだった、まあでも髪の毛数本だけが犠牲で済んでよかったな!」

 

彼の背後からルイが机越しに剣を振るったのだ。それが紙一重で頭上を通過したのだと理解した彼は蒼白し、憤怒すると、机越しに笑顔のルイの胸ぐらを掴んだ。

 

「てめぇ危ねぇだろ! 殺す気か!?」

 

「まさか、殺す気なんて爪の先ほどもないって。ただ、すこーし空気読んだほうがいいんでない? ほら、みーんなつめたーい目であんたを見てるし?」

 

柔和な口調でそう言うルイに触発された小柄な狩人が周囲を見回すと、その言葉を裏切らない呆れたような射る視線がいくつも彼に集中していた。


声高らかに話し始めた時から集中していた視線に気付かなかった彼は、途端に居心地悪さを感じ赤面した。

 

「……もういい。行くぞ!」

 

いそいそと席を立った彼は細身の狩人に端的に声を掛けると、ドア付近に佇むアサトとキースの横を擦り抜け退室した。

 

今までの出来事が嘘だったかのように、室内は再び狩人らの喧騒に支配された。


「おーいアサト、こっちに座れって!」

 

マネキンのように立ち尽くすアサトを見かねたルイが声を掛けると、彼女は躊躇うこともなくすんなりルイの隣に着席した。

 

ルイの奥から顔を出したスズネがアサトを気遣う。

 

「大丈夫? さっきの人たちが言ってたこと気にしちゃダメだよ?」

 

「うん大丈夫、私全然気にしてないよ。ありがとう」

 

「うおっ!? アサト、お前喋れたんか!?」

 

「アホ、よく見ろ」

 

愕然とするルイにスズネの奥から顔を出したデュークが呆れ顔で突っ込む。背後を振り返るデュークの目の先には、壁にもたれ掛かるキースがいた。

 

「うん、私いつでも喋れるよ。今日はいい天気、気持ちいいね、あははははー」

 

「……おっさん、棒読みだし裏声だし真顔だし気持ち悪ぃよ。しかもぜってぇアサトはそんなこと思ってないって」

 

大男、しかもいい歳をしたおじさんが演じる気味の悪い姿にしらけるルイとスズネ。しかし当人であるキースにとって彼らの反応はこれっぽっちも打撃など与えはしなかった。


「あー、講義なんかより鍛練してぇ!」

 

ルイは唐突に叫ぶと机に突っ伏した。そんな彼を横目に、アサトがすればいいと言いたげに小首を傾げると、彼女の言いたいことを察したスズネが説明する。

 

「ここに来る前、あたしたちは鍛練場で鍛練に励んでたんだけど、先輩から体だけじゃなく頭も鍛えろって言われちゃって、こうしてお勉強しに来たわけよ」


納得したアサトは浅く頷く。

 

依然机に突っ伏した状態のルイを一瞥したデュークが盛大な溜め息を吐き出した。

 

「グリムに関して学ぶことは鍛練に等しく重要なことだ」

 

「でもよー、入隊直後の講義で勉強したしー。グリムの新情報は個人個人に転送されるしー」

 

「入隊って何ヵ月前の話だ。お前は入隊以降ろくに受講してないだろうが。

それに受講したほうがグリムの新情報を講師が事細かに説明してくれるからメリットがある。復習することもな」

 

「デュークは真面目すぎんだよなー」

 

屁理屈ばかり並べるルイをデュークが鋭い目付きで睨むと、ルイは素知らぬ顔でアサトの方に顔を向けた。


「アサトも復習のために受講するんか? 確か今からの講義ってグリムの基礎知識ばっかだったよな?」

 

アサトはゆるゆると頭を横に振ると銀色のバングルを起動させメモ張を開き、空中に出現したキーボードを指先でなぞり文字を打ち始めた。


これが普段のアサトのコミュニケーション方法で、伝えたいことはこの手法を用いるように心掛けていた。

 

ルイはアサトが差し出すメモ張に目を走らせた。そこには〔講義は今日が初めて〕の文字。それに驚愕したルイは思わず飛び起きた。

 

「はあっ!? だって入隊直後講義ってのがあったろ!? あれって新人狩人は受講必須項目だったよな!?」

 

「アサトは戦闘能力を高く評価され試験免除で入隊している」


背後からキースが冷静に説明すると、ルイはすげぇと感嘆を洩らした。

 

「なんだかんだで私たちって同じ任務に就いたこともなかったよね。たまーに一緒に食事するくらいで。試験免除の噂は耳にしてたけど」

 

「知ってたんか!?」

 

「知ってたよ。ていうか、なんで知らないのか不思議なくらい」

 

スズネは珍獣を見るような視線でルイを眺めた。

 

「おーい席に着けー、講義を始めるぞー」

 

陽気な声と共に年配の講師が前方のドアから登場すると、狩人たちはいそいそと着席し講義が開始されるのだった。



「それは事実か?」

 

執務室にて、リョウガは疑念と驚きの声を上げた。その理由は狩人幹部ガンズからの報告内容にあった。

 

「間違いないようだのう。同任務に就いた複数の狩人が証言しとる。殉職した狩人リズがグリムとなって現れた、と。リズとは交戦し、逃走したそうだ」


「死者がグリムとなって生還したとでも言いたいのか?」

 

「それは分からぬが、本人なのは確実なようだのう。そのグリムには額から頬に掛けて大きな傷があったそうで、殉職したリズの特徴とも一致しておる。この世にいくら似た人間がいようと同じ傷を持つ人間まではおるまい」

 

腕組みをし、武骨な手で無精髭を撫でるガンズが悩ましげに思案すると、がっしりした身体がゆらゆらと揺れる。


ガンズの報告を聞き留めたリョウガは堅い表情で思案していた。


「ああそれと、狩人が二人そのグリム……リズを追跡中でのう。あくまで追跡するのが目的のようだが、お前はどうするのだリョウガ。討伐部隊隊長としての正当な判断を仰ぎたいのう」

 

「追跡中の狩人には追跡を継続、リズの監視を命ずる。俺はリズの情報をデータベースから全て洗い出す。お前はこの件を上に報告し、出動の準備を整えておけ。リズは討伐せず捕縛しろ」

 

「了解だ、隊長殿」

 

ガンズはリョウガの判断に満足げに頷くと長いマントを翻し退室した。

 

リョウガは盛大な溜め息を吐き、背もたれに身を預けると、僅かにくすんだ天井を見上げた。藤紫の瞳には一瞬の迷いも見られない、己の使命を果たす激しい意思しか映さない。

 

耳に掛かる濃紅の髪をぞんざいに掻き上げたリョウガは机上のパソコンを滑らかな動作で操り、奇怪な現象の謎を解明するための第一歩を踏み出すのだった。

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