第1章 グリム
悲鳴が響く。広く栄えた街の路地裏で何度も何度も。それも一つや二つじゃない。
男のものか女のものかさえ判別できないほど濁った声、命絶える間際に吐き出されるくぐもった声、時には甲高い声。様々な声が奏でる旋律は聞く者に吐き気を促すほど不快なものだった。
震える青年の眼前には残酷な光景が広がっていた。人間の姿をした二体の化け物が双眸を金色にぎらつかせ人間を喰らっていた。
積雪に鮮血が染み渡り、喰われた人間の残骸があちこちに転がる。五人もいた青年の仲間はもう誰一人として生きていない。
逃げるべきだと頭では理解していた彼だが、腰が抜けて立ち上がることすらできなかった。肉や骨を砕く気味悪い音に耳を塞ぎたくてもそれすらできず、青年は恐怖から涙を流した。
一体の化け物が眼前の人間に興味を失くすと、狂気的な双眸は青年に注がれ、ゆっくり接近を始める。
それらに獣のような牙や爪などない。こんな状況じゃなかったら化け物などと誰も思わないほど人間と酷似した姿をしている。
だから恐ろしいのだ。外見で人間だと判別できてしまうから油断し、簡単に殺されてしまう。
いっそ獣のような牙や爪を持っていてくれたほうがよかったと青年は思う。一目で化け物だと判別できる姿だったら少なくとも自分から近づくことはなかったと。
青年は異質な笑みを浮かべ自身を見下ろす化け物から視線を落とし、生きることを諦め、涙を流しながら堅く目を閉ざした。
「――現場付近を巡回中、グリムが喰い散らかしたと思われる遺体を路地裏で発見。鑑識の結果遺体は全部で六体。後処理は鑑識に任せ、自分はこのままデューク・ハーコート、スズネ・ベルと共に周囲の巡回に戻る。以上、報告ルイ・オリヴァーより」
獅子を背負った衣服を纏った二人の青年と一人の少女が踏み締める雪は、鮮やかな赤に染色されている。
赤い雪の中には引き裂かれた肉塊がいくつも沈んでいる。それら全てを入念にチェックするのはやはり獅子を背負う者たち。
ルイ・オリヴァーと名乗る青年は無線機を切断すると、重々しく残虐な光景を見回した。
「相変わらずひっでぇ殺し方するよなグリムの奴ら」
「うん、そうだね。殺された人たちが可哀想」
スズネは慈悲深い視線を遺体に送り、ルイの呟きに答えた。
「ここには人間の足跡しかない。おそらくアルファのグリムによる犯行だろうな。
ここは鑑識に任せて逃走したグリムを追うぞ」
デュークが冷静に状況確認をするとルイとスズネは浅く頷き、血の匂いが充満するその場を後にした。