長さとこだわり
一本のずっしりと重い糸が垂れ下がっています
随分もろい糸です 数本を縒られた糸ではなくただ一本
不思議な糸でもあります
ねばねばで、意志があります
風が吹き、いろんなものを運んできます
くっついてしまうものがあります それが糸を守ります
時にとりわけ目を引くものがあります
糸は懸命に体をくねらしてとらえます 運よくくっつくこともあります
ある時、勘違いをしてしまいました
気に入った枯れ葉だけを可愛がるようになりました
他への配慮がゆるがせになっても構わないと思いました
それだけ愛着がありました
しまいに自身のために枯れ葉があるのだと思うようになりました
その糸には持ち前の長さがあります
周りの糸が届かない所にある花粉やほこりが自ずとまとわりつきました
そうして、周りから一目を置かれていました
でも、もう糸はそんなもので満足出来ませんでした
枯れ葉で認めてほしかったのです
小さく小さく丸まりました
はらりはらりと身にまとったものが落ちてゆきます
枯れ葉に傷がつかないように
面倒な枝葉末節を放るために
小さく小さく丸まりました
しばらくずっとそうしていました
ふと気がつくと小さくなっていない普通の糸達は何だか楽しそうでした
まばらにほこりを身につけ、風に合わせておかしなリズムで踊っています
「愚鈍だなァ」
正直に言いました
脇目もふらず丸まっていた糸には冷たい視線を送って
大事にしていた枯れ葉をぞんざいに扱おうとします
「やめろ、コノヤロウ、なんもわかっちゃいない!」
糸は独りよがりになっていました
普通の糸達を突き放してそそくさと離れてゆきました
独りになった糸は密かにさびしさを感じていました
枯れ葉が無いと僕はだめなのに、と漏らしました
普通の糸達からの評価も無ければなりませんでした
さびしさは柔らかいところにゆっくり深く沈みます
時が経つうちに、糸は自身のことをもっと考えるようになりました
その時には糸には何もありませんでした
枯れ葉はいつかに捨ててしまいました
これ以外はどうでもいい、という思考はもはやありませんでした
よからぬことを企んだ見知らぬ糸がやってきました
糸には身を守るものがありません
「一番大切なものをよこせ、旅人」
どすの利いた声でした
怖じ気付きながら少し考えました
「すまない、何もないよ」
声を震わせながら言いました
よからぬ糸は詰め寄って、太い針を糸に見せつけました
「嘘を言っちゃあいかんよ」
もう一度考えてみることにしました
その間、太い針の研がれる音がずっとしていました
「いや、やっぱり本当だよ、僕には何もないんだ、見れば分かるだろ」
困った口調を作って言いました
よからぬ糸は糸の目をほじくるようにじっと見ていました
「分かった、お前をよこせ」
「いいよ、別に、どこへでもついてゆこう」
よからぬ糸は汚い仕事をしていましたが、決して悪い糸ではありませんでした
糸を仲間にしてくれました
食事をしている時、よからぬ糸は言いました
「お前、長いのにもったいないぜ」
「どうして?」
糸は分かりませんでした
「だってよォ、そんないいもん持ってんなら、俺みたいな奴とつるまなくたって、いくらでもやっていけたはずなのに」
「だめなんだ、僕にはそんなこと出来ない」
そう言いながら、糸は考えていました
「へェ、そうかい」
よからぬ糸はそっけなく言って、食事を続けました
少しすると、糸は突然独り言のように自身の過去を話し始めました
黙ってよからぬ糸は耳を傾けました
旅をしていると、糸は少し先に煌めく花粉に一目惚れしました
「ちょっと待っていてくれ、あの花粉が僕を待っているんだ」
よからぬ糸にそう告げました
「いかせねェぜ」
行く手を阻まれました
突き倒してでも行こうとしました
「そんなに急ぐなよ、よォく考えてみろ」
素直に考えては居られませんでした
よからぬ糸とぶつかり合いました
「どうせ、あの花粉にすがったって、いつか花粉が傷ついたらどこかへ放ってしまうんだろォ」
「それで何だ、次はほこりに移るのか」
何も言い返したくありませんでした
そのうちに花粉を見失ってしまいました
糸は脱力しました
「あァ、何なんだよ」
「お前はよォ、こだわりを特別にしたいんだろ?」
「そうだよ、だからっ」
「そんなことを続けていちゃあ取っ替え引っ替えになるって分からないのか」
「特別さが無くなるだろ、そんなことじゃあ」
「僕は自然でいたいんだ」
むしゃくしゃして言いました
「なら、毎晩毎晩どうして勝手に身につくものを必死に取ってるんだ?」
「まずは自然に飛んできてひっつくもので身を守って、そんでもってこだわりを育てていくんだぜ」
「自身を大切にしろよ」
それは糸のやわかい所にしっとりと落ちてきました