レース
「俺に勝ったら、この10円をやるぜ」ガキ大将が同じ市営住宅にすんでいる小学生低学年10人ほどを集め、住宅一周レースを宣言した。スタートラインには、体に合わない親の自転車や、幼稚園の頃から乗る小さな自転車が並ぶ。「ヨーイスタート」ガキ大将の合図と共に一斉に自転車は飛び出した。最年長のガキ大将は、がたがたの砂利道をもろともせず、赤い点滅するの方向指示器をつけながら悠然とトップを走る。
レースも終わりに近づいた時、ガキ大将の自転車が小石にでもタイヤが乗り上げたのか右に蛇行しよろめいた、「あっ」と叫ぶガキ大将の声、10メートルほど後から、体に合わない親の自転車を無我夢中で、ここだとばかりにベダルを踏み込んだ。ガチャという音と共にあるはずもないギアが入った。体はぐんと前に引っ張られ自転車は疾走した。唖然とするガキ大将の横を駆け抜け一位でゴールを通過した。ガキ大将は、ほっぺたをプーとしながら、約束の10円玉を放り投げるように渡した。
ゴールした友達の前で、優勝コインの10円玉を右手で差し上げた。夏のギラギラする太陽に重ねられた10円玉はすぐに溶けるように太陽の炎に包み込まれた。
「やはり、このギアでは、力が100%伝わらないな、思いきって付けた電動ギアは50才の私の脚力には救いの自転車のギアだ」河原の自転車を走りながら、夏の雲ひとつない空を見上げた。ギラつく太陽がなぜかあの時を思い起こさせた。
「そう、確か、ガキ大将がよろめいたんだ、あの時このギアがあったなら風のように時抜き去りゴールできたんだ、こんな風に」私は、前のガキ大将に挑むように、ギアをトップに入れ、ギアをグンと踏み込んだ。自転車は一瞬、古い錆び付いたギアなしの自転車に入れ替わった。グンと体が引っ張られるあの時の感覚が甦った。疾走する自転車の横を通り過ぎる店舗のウインドウ。そこには、必死に自転車のベダルを踏む10才の私がいた。