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ダブルムーン・クライシス  作者: 夜月猫人
第一部 宇宙へ
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第六話 人と人をつなぐのは金。人の夢を叶えるのも金。持つべき者は金持ちの友


 世界標準時間・9月10日18時22分00秒。人類初の第二衛星着陸ミッション、紅き月着陸計画有人宇宙往還船(スペースシャトル)レッドムーン=テイラー3号が、大気圏外へと打ち上げられた。

 搭乗員は以下の6名。


 ソマル=ハルク。34歳。男性。SSA所属(サレスナ王国)。調査隊隊長(コマンダー)搭乗運用技術者(ミツシヨンスペシヤリスト)

 カイ=ライトハーツ。17歳。男性。SSA所属(大マルクレスト帝国)。第一操縦士(パイロツト)

 エンテ=トリスタン。19歳。女性。SSA所属(キアローチェ共和国)。第二操縦士(コ・パイロツト)

 マークス=アルバント。26歳。男性。SSA所属(帝国外ピュラスタ)。宇宙航法士(ナビゲーター)搭乗通信士(オペレーター)

 バーン=ローエヴァー。22歳。男性。無所属(大マルクレスト帝国)。宇宙科学者。紅き月調査協力搭乗科学技術者(ペイロードスペシヤリスト)

 リーア=L=クラウンフォルト。22歳。男性。無所属(大マルクレスト帝国)。ローエヴァー博士助手。紅き月調査協力搭乗科学技術者(ペイロードスペシヤリスト)




 操縦士がどちらも10代という大抜擢は、賛否両論を繰り広げ話題を集めたが、従来の〈白き月〉への往還距離を、遙かに上回る飛行距離を伴うフライトに、より体力的負荷に強い優秀な若者が選ばれたという結論で、一応議論は収束した。


「まあ、悪くないバランスですね」


 大マルクレスト帝国機関誌の一面を飾った記事に目を通し、リーア=L=クラウンフォルトはそう感想を述べた。


「帝国民、非帝国民、ピュラスタ、ヒュースト――国境なき研究団の名に恥じない、平等な構成です。次世代の宇宙研究意欲を煽るような、若く話題性に富んだスタッフも、広告塔として評価出来る」

「相変わらずつまんねー見方しかできねぇ男だな」


 頭上から降ってきた声に、リーアが顔を上げる。

 狭い2人部屋の2段ベッドの上段で、昼行灯よろしくゴロゴロ転がっていたバーンの、ひねくれた顔が覗いた。


「あなたのように、採算性度外視の道楽研究家と違って、こちらはビジネスで来ているのですよ。今回の計画に、クラウンフォルト家と大マルクレスト帝国が費やした人的、資金的負担は莫大です。帝国財務官を説得して大金を引き出した手前、相応の見返りを与えられなければ、こちらの信用問題になります」

「どぉせ色仕掛けだろ? 失敗してもちょっと相手してやりゃ、向こうも納得……ぶっ、ぐのぉぉぉっ?」


 疾風のごとく空中移動した帝国金貨が左目に命中し、軽口が苦悶の呻きに変貌する。


「てめ、金を武器にすんなと何度……」


 そう悪態をつきながらも、しっかりと金貨は懐に入れるバーン。

 船内の重力は、メインコンピューターによって管理されている。密閉扉によって部屋ごとに仕切れるようになっており、船内で無重力実験を行う場合は、該当空間のみ重力を変更することが可能だ。

 だが、通常は地球の重力とほぼ同じ環境に設定されており、こうやって金貨が重力を無視して、バーンの元へ飛んでいくことは有り得ない。

 ピュラスタの持つ異能を子供じみた報復に使い、部屋に一つしかない椅子で足を組んだリーアが、不機嫌に顔を背けた。

 その様子に、バーンが肩をすくめた。


「ま、そうカリカリせず楽しもうぜ? お前も『ビジネスで』じゃなく『ビジネスもかねて』来てるわけだろ? こんな時くらい、クラウンフォルトの肩書きなんざ忘れて、羽根伸ばそうや」

「……私がクラウンフォルトの仕事を忘れてしまったら、あなたが破産してしまいますよ?」


 呆れ、リーアは苦笑した。本当にだらしのない男だ。

 リーアの父親は、辣腕と名高い実業家であり、それまで、無駄に位だけ高い田舎領主であったクラウンフォルトを、帝国第一級の大貴族にまで押し上げた実力者だ。

 今はその事業の大半を後継に譲り、自らは帝国の重鎮として政界に身を置いている。

 あらゆる手段を弄してのし上がった男のやり方には、「金の亡者」とそしる声も聞こえ、評価の分かれる人物ではあるが、良くも悪くも辣腕であることに違いはない。


 その後継たるクラウンフォルト伯爵が、父にも勝る手腕を発揮し、帝国有数の大貴族であったクラウンフォルトを、世界に名だたる財閥にまで成長させたのは、ここ数年の話だ。

 旧習に囚われぬ大胆なビジネス展開によって築かれた資金力と、財界にも大きな影響力をもたらす、クラウンフォルトの陰の助力。

 それが、今回の計画の実現に大きく貢献したことを、知る者は少ない。


 そんなリーアが、研究面において全ての援助を行っているのが、この男、宇宙科学者バーン=ローエヴァーだ。

 どこからどう見ても、その辺のチンピラかごろつきだが、若干13歳で史上最年少のノワール科学賞を受賞し、15歳で3つの学術称号を授与された、正真正銘の天才である。

 さらには、18歳で世界の頭脳といわれる科学者の最高名誉、エルタール賞を受賞。また、7年前の〈白き月〉と古代ガイロニア文明の関係を証明する大発見と、超文明の地下遺跡の発見は、歴史に残る偉業であり、恐ろしい強運の持ち主とも言える。

 しかし一匹狼を気取り、どこの研究所にも属したがらない偏屈な天才は、当然、その研究に必要な資金を自ら賄うような才はなく、リーアの援助に頼り切っていた。


「よっと」

「お出かけですか?」


 この狭い船内でお出かけもなにもないのだが、ひらりと二段ベッドから飛び降りたバーンに、リーアは一応声をかけた。


「ションベン無重力空間にぶちまけてくる」

「そのまま真空の塵となって頂いて結構ですよ」





「んあ?」


 用を足した帰り、バーンは通路に立ち止まる若い男に気付いた。窓の外に見える真空間を、熱心に眺めている。


「あいつ……」


 カイ=ライトハーツ。初対面の際、「どう見てもチンピラ」という、後々までリーアにからかわれるネタになった迷言を残して倒れた、失礼な17歳だ。

 どうもリーアの説明では、ローエヴァーに対しあり得ない理想を抱いていたらしい。現実とのギャップにえぐられた心の傷が、回復したかどうかは与り知らない。


(てか、なんで俺が心の傷にならなきゃなんねーんだよ)


 よく考えれば不条理な話だ。勝手にローエヴァーに幻想を抱いていたのは向こうで、こちらも、別にチンピラに見られようと思って生きてきたわけでもない。

 実物の自分が、数々の華やかな肩書きとカスリもしないことは百も承知なため、少し同情してしまったが、それもおかしな話である。

 そう思うと腹が立ち、バーンは隙だらけの背中に近づいた。


「おい」

「うわっ!?」

「宇宙飛行士が、そんなに宇宙空間がめずらしいか?」

「珍しい……ってわけじゃないですけど、言うほど見慣れたものでもないし、やっぱり、何度見ても飽きないですよ」


 わかりやすく飛び上がった少年が、おそるおそる振り返る。

 黒髪に、素直そうな瞳をした、どこにでもいる帝国平民の容貌だ。

 事前に目を通したプロファイルでは、身長は168センチ、体重56キロ。

 まだ成長途上ともいえるが、お世辞にも屈強とは言えない体格である。生来の童顔と相まって、なおさら子供に見えた。

 VIPの護衛を兼務しての第一操縦士への抜擢だと聞いているが、操縦士としての腕はともかく、ボディーガードとしての適正については、色眼鏡で見るなと言う方が無理な話だ。


 そもそも、護衛だ何だというのも、SSAの上層部が言い出したことで、ここ7年で名声を得たバーンに対する、配慮という名の媚売りでしかない。

 未知の衛星への探索という点で生命リスクが高いのは確かだが、実際、護衛が必要となるような外的脅威に見舞われる可能性は低い。それに、己の身くらいは、己で守れる自信がある。

 そんな恩着せがましい配役に任じられた少年の目には、明らかに怯えというか、戸惑いが浮かんでおり、未だ先日のローエヴァーショックから立ち直っていないのは明らかだった。


「ムカつくガキだな。俺がローエヴァーでそんなに残念か?」

「……残念……です」

「よーし上等だ。ぶっ殺すぞ」


 肩を落とし、素直にそう答えた少年パイロットに青筋を立てる。


「……7年前の計画には、リーアさんも同行していたんですか?」


 なぜいきなりリーアの名前が出るのだろう、とも思ったが、バーンは特に詮索せず答えてやった。


「ああ。俺の助手だからな。まあ、その時は、俺が強引に連れて行ったようなもんだが」


 月へ連れて行くというのは、バーンとリーアの間で取り交わされた約束だ。

 リーアの搭乗は、当時最大のスポンサーであったクラウンフォルト侯爵家の圧力でねじ込んだ非公式なものであり、一般市民が彼の存在を知ることはなかったはずだ。馬鹿なカメラマンのミスで、地球帰還映像に、一瞬彼の姿が映るという騒動はあったが、その後の映像では修正され、箝口令が敷かれている。その程度の隠蔽工作は、この世界では日常茶飯事だ。

 とはいえ、もう時効だろう。当時は十分に権力を持たなかったリーアも、今では財界でその名を知らぬ者はいない。

 バーンは、あっさり真実をその少年に教えた。


「…………」

「だから、何だっつーんだよてめぇ。そこで黙んな!」


 聞きっぱなしで、物憂げに沈黙した相手に苛立つ。


「リーアさんとローエヴァー博士って、どういう関係なんですか?」

「だから助手だっつって……なんだ、あいつに惚れたか?」

「違います!」


 全力で否定するカイ。もちろん冗談だが、こう分かりやすく反応されると面白い。普段からかう相手が、腹の底の読めないお貴族様なだけに、新鮮だ。


「リーア=L=クラウンフォルト伯爵、ですよね? 俺も帝国臣民の一人なので、クラウンフォルト家の名前は存じ上げています。帝国一の大貴族が、なぜこのような危険な計画に同行することになったんですか? なぜ、伯爵が博士の助手なんですか?」

「危険だから、お前が護衛役についたんだろ? お前、あの鬼軍曹ストーン=ライトハーツの息子なんだってな。俺も昔、ちょっとだけ軍関係の研究所にいたから知ってるが、色々凄まじいよな、あのオッサン。お前もイイ筋してるって話だから、ちっと手合わせ……」

「ごまかさないでください!」


 やはり流されてはくれないらしく、カイが声を荒げた。

 バーンは、寝起きのままの頭を掻いた。面倒臭い。


「お前、自分の国の貴族様だって分かってるくせに、リーアさんとか呼んでんのな」

「そ、それは……リーアさんがそう呼んでくれって……その、今回は爵位を伏せて参加されているようですから……一応」

「はぁ? なんだそりゃ」


 途端、しどろもどろになるカイの赤面顔を前に、脳裏に「リーアって呼んで下さいね」とハートマーク付きで言っている助手の顔が目に浮かぶ。

 だいたい、公にしていなくとも、名前を見れば分かる者には分かるというものだ。これはリーア流の単なる口実だろう。


「いつのまにンな仲良しフラグ立ててんだ、あの天然たらしは」


 基本的に、バーン以外には優しいリーアだ。表面的な人当たりの良さと、美貌に惑わされる人間は後を絶たない。しかし、ああ見えて成層圏よりも高いプライドを持つリーアに血迷った男共が、総じて悲惨な末路を辿っているのは言うまでもない。

 バーンはポン、とカイの肩に手を置き、将来性のある若者を諭した。


「今なら引き返せるぞ」

「何の話ですか!」


 少年が声を上げる。聞き流し、バーンは当たり障りのない説明をした。


「リーアはあれで頭がイイからな。助手としては優秀だ。ついでに、金も出してくれるありがたいパトロンだ。アイツは金、俺は知恵。それぞれが出せるもん出して、宇宙の謎解きに挑んでる。同じ趣味の人間同士、つるんでてもオカシかねーだろ?」

「それは……そうですけど」

「それに、アイツはこの計画のスポンサー様だ。行きてぇってわがままぶっこかれたら、連れてかねぇわけにはいかねーだろ。俺も、金もらってる限り、パトロンの願いは叶えなきゃ明日の保証もねぇからな」

「結局お金、ですか……」

「おう、世の中カネよ。人と人をつなぐのは金。人の夢を叶えるのも金。持つべき者は金持ちの友ってね」


 ピン、と先ほどリーアに投げつけられたコインを指先で弾く。人工重力に従い、くるくると回転しながら落ちてくる物体から、バーンは黒々と広がる無重力空間へと視線を移した。


 満天の星空、という言葉があるように、地球から見る宇宙は、億万の星々がひしめき合うようにして、輝きを競っているように見える――が、こうして宇宙空間へと飛び出すと、それが人間の視覚と想像力が見せる幻影であることを、改めて自覚する。


 億光年の深宇宙に無数の星々は存在しても、それらの間には、比べものにならない質量の空間が存在している。

 それは己という存在――地球という惑星が、広がり続ける世界にあって、どこまでも小さく、孤独な存在であることを知らしめる。

 意識を船外から船内に戻すと、窓硝子に映るカイの表情が目に入った。


(納得いかねー、って顔してんな)


 ローエヴァー博士の実物を知って寝込むほどの、純真無垢な若者にとっては、面白くない話だったかもしれない。

 彼にとっては、月面着陸計画は人類の大いなる夢を叶える崇高な一歩であり、裏で大金が動くビジネスとしての一面は不要なものだろう。

 理想に燃える若者の姿を見るのは、悪くない。いつか知る現実を前に、最も輝く魂の清らかさは、失った者にとっては憧憬の対象にすらなり得る。

 そう思えば、自分が現実を知ったのは随分と早かったな、と柄にもなく昔のことを思い出し、バーンは17歳の若者に背を向けた。




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