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ダブルムーン・クライシス  作者: 夜月猫人
第四部 紅き月の抗争
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第二十七話 大切なものを守るためには、時に捨てる覚悟も必要になる


 西の門は、死の気配に覆われていた。


「これは……」


 そこには、白――王国軍のカラーだ――の軍服を身につけた衛兵の死体が、累々と転がっていた。

 気味の悪いほどの静寂。

 後から駆けつけたリーア達が、西門の惨状を目の当たりにし、足を止めた。


「アレクの部隊の姿は、ないようですね……大丈夫ですか? ソディ」

「はい……どうか、わたくしのことなど、お気になさらず」


 血に染まった西門を前に、顔色のないソディをリーアが気にかける。


「この辺りは全滅か。後処理に走り回る人間の姿もないってことは、まだ奥で戦闘が続いてるのか?」


 バーンが状況を分析し、中の様子を窺う。カイは、希望に顔を輝かせた。


「まだ、アレクは生きてるってことですね!」

「可能性だな。――とりあえず、進むしかねぇ。行くぞ」


 城内は、冷たい石造りの床が続いていた。戦闘の痕が残るそこには、生きているか死んでいるかも分からないような、兵隊の身体が転々と転がっている。


「酷いな……」


 眉を顰め、カイは辺りを見回した。

 大半は白い服の兵隊だった。ところどころに、見覚えのある黒服が横たわっているが、奇襲の甲斐あってか、ここまではアレクの部隊が優位に侵入を果たしたらしい。


「さて、どう進む?」


 バーンが立ち止まった。一本道の廊下が終わり、道が枝分かれした小ホールのような場所に辿り着いたのだ。

 戦闘の痕跡を追おうにも、ここで部隊の一部が分離したのか、衛兵の死体は二方向に続いていた。


「誰だ!?」


 ホールの柱の影に隠れた4人に、鋭い誰何が投げられた。


「ちっ……」


 バーンが舌打ちする。一人の衛兵の呼び声に、複数の足音が合流した。近づいてくる。


「カイ」


 じりっと後退したカイの肩が、リーアにぶつかった。そんなカイに辛うじて届くような小声で、リーアが囁いてくる。


「私はソディを守りますので、あなたはバーンから離れないように」

「えっ」

「大丈夫ですよ。何があっても、彼女は守ります」

「そうじゃなくて……!」


 わざとはぐらかされるようなフォローに、カイは他の二人に気付かれないように言い返した。バーンが聞いたら、ただでは済まないような内容だ。


「リーアさん、確かに俺の仕事は博士の護衛ですが、同時にあなたの護衛でもある。それに、あなたに何かあったら、博士が……」

「カイ、あなたは二人の人間を、同時に守れる確信がありますか?」

「…………」


 その問いに、カイは押し黙った。咄嗟に出かけた言葉が、喉の奥に引っかかるようにして消える。

 自信ではなく、確信、と彼は聞いた。

 この旅に出る前のカイならば、もしかしたら、迷わず「ある」と答えたかもしれない。


「どちらかを『絶対に』選ばなければならないとしたら?」

「そんなこと……!」


 ない、とは言い切れなかった。最悪の事態を想定するのは、防衛の基本だ。考えたくないから考えない、という感情論は通じない。


「迷わないで下さい、カイ。彼は世界の宝です。彼の才能は、これからの人類に、大きな恵みを与えるでしょう」

「……っあなただって、帝国にとって、なくてはならない存在でしょう!」


 自分のことは構わずにバーンだけを守れ、と言うリーアの言葉に反論する。だが、とっさに言い返した台詞は、彼に対しては全く無意味なカードだったと、相手の表情を見て悟る。

 帝国もクラウンフォルトも、自分自身すらも――彼にとっては無価値なのだ。そう気付き、無性に腹が立った。


「選択と決断。私たちが繰り返すのは、その二つです。大切なものを守るためには、時に捨てる覚悟も必要になる」

「俺は捨てません! 大切なものは全部拾い上げる! 絶対、なくしたりしません!」


 感情的に言い返す。しかし、心のどこかでそれが理想論であることも気付いていた。

 そんなカイの葛藤を見透かすように、リーアが微笑んだ。


「カイは優しい子ですね」

「……リーアさん……」

「何、ごちゃごちゃ言ってやがる! 狙い撃ちされないよう、三つ数えたら別々に飛び出すぞ!」


 言葉を続ける前に、バーンの指令が飛ぶ。武器を構え、彼らは衛兵が近づくタイミングを計った。


「1、2の……3!」


 ばっと柱の影から4人が飛び出す。

 銃声が響き、幾人かの悲鳴がホールにこだました。


「っこの……!」


 バーンの撃った銃弾に足をやられた男が、手にした電撃銃で反撃を試みる。

 その時、ホールに稲妻の閃きが走った。


「ぐぁぁっ!?」


 バーンを狙った男が雷撃に打たれ、くずおれる。

 リーアの放電能力(エクトプラズマ)だ。


「リーア! 無茶すんなよ、昨日みてーなことになったら承知しねぇぞ!」

「分かってます!」


 バーンの危機を前に、リーアが制御不能になった力を暴発させ、雪崩を引き起こしかけたのは、24時間前の話だ。

 今は威力を調整した雷で応戦しているようだが、数の面で勝る相手を一掃するには至らない。


(増援が来る前に片付けないと……!)


 奮闘するカイの願いも虚しく、今度は彼らが侵入した方向から、複数の足音が近づいてくる。このままでは、挟み撃ちにされる。

 カイは、掌で銃把(グリップ)の感触を確かめた。エンテが持たせてくれた銃弾の数は限られている。先に何があるか分からない以上、極力無駄弾は使いたくなかった。

 こちらで銃と銃弾の補給が可能か確認したところ、この国ではもう随分と前に、実弾を使用した銃器の製造を打ち切ったらしい。使用者が死ぬまで無尽蔵のエネルギーを照射出来る電撃銃に、全面的に切り替えたのだ。


「くそっ!」


 ホルスターに銃をねじ込み、カイは地面を蹴った。その足元を、電撃銃の照射が黒く焦がす。闇雲に放射される光線を避け、カイは兵士の足元に滑り込んだ。床に手をつき、相手の手元を蹴り上げる。

 取り落とした電撃銃を、本来なら奪い取るところだが、カイには使えない代物だ。一顧だにせず足で払い、両脇から飛びかかってきた二人の敵を剣でなぎ払う。その間にも、最初に銃を奪った兵が体勢を立て直し、腰の剣を抜いて踏みこんでくる。その一撃を受け止め、カイは背後からの応援を待った。

 案の定、図ったかのようなタイミングで銃声が響き、カイの顔のすぐ横を通過した実弾が、相対していた男の額を打ち抜いた。

 振り返ると、バーンが銃を構えこちらを見据えている。すぐさま踵を返し、カイはバーンと背中を合わせ銃を構えた。


「博士、ありがとうございます!」

「礼はいい! それより、リーアとソディを……!」

「きゃぁ!」


 その時、後方にいたソディが悲鳴を上げた。光線が、彼女が身を隠していた柱を掠め、耳障りな音を立てて白い支柱を焦げ付かせる。増援が追いついたのだ。


「ちっ……! おい、リーア!」

「ソディ、こっちです!」


 舌打ちしたバーンが振り返った時、リーアはソディの手を引き、ホールを蹂躙する電撃から逃れるように、奥へと走った。


「リーアさん! ソディ……おわっ!?」


 その後を追おうとしたカイの足下を、電撃が貫く。火花を散らす床から飛び退くと、バーンの背中にぶつかった。危うく転倒しかけたところに、聞き慣れた怒声が飛ぶ。


「何どんくせぇことしてやがる! とっととリーアを追え!」


 苛立ったバーンの目が、奥へと逃げた二人を追う。しかし、その視線を妨げるように、白装束の男達が立ちふさがった。


「くっ……」


 二手に分断されてしまった。じりっと距離を詰める男達と対峙し、カイは銃を構えた。


「博士! 行きましょう!」


 片手で相手の腕を引き、カイは、二人が向かった方向とは逆方向を指した。

 どちらかが向かう先に、アレクがいるはずだ。不可抗力とはいえ、こうなっては二手に分かれて探す他はない。


「っざけんなてめぇ! リーアが!」

「今からじゃ間に合いません! 撃たれたいんですか!?」

「くそっ……」


 バーンが聞こえるように舌打ちする。彼の心中を推し量り、カイは唇を噛んだ。

 リスクとは、優先順位だ。最善と最悪。その二つの狭間で、バランスを考える。


(リーアさん、ソディ、どうか無事で……!)


 祈ることしか出来ない己を罵りながら、カイは抗う男を半ば引きずるようにして走った。




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