第二十七話 大切なものを守るためには、時に捨てる覚悟も必要になる
西の門は、死の気配に覆われていた。
「これは……」
そこには、白――王国軍のカラーだ――の軍服を身につけた衛兵の死体が、累々と転がっていた。
気味の悪いほどの静寂。
後から駆けつけたリーア達が、西門の惨状を目の当たりにし、足を止めた。
「アレクの部隊の姿は、ないようですね……大丈夫ですか? ソディ」
「はい……どうか、わたくしのことなど、お気になさらず」
血に染まった西門を前に、顔色のないソディをリーアが気にかける。
「この辺りは全滅か。後処理に走り回る人間の姿もないってことは、まだ奥で戦闘が続いてるのか?」
バーンが状況を分析し、中の様子を窺う。カイは、希望に顔を輝かせた。
「まだ、アレクは生きてるってことですね!」
「可能性だな。――とりあえず、進むしかねぇ。行くぞ」
城内は、冷たい石造りの床が続いていた。戦闘の痕が残るそこには、生きているか死んでいるかも分からないような、兵隊の身体が転々と転がっている。
「酷いな……」
眉を顰め、カイは辺りを見回した。
大半は白い服の兵隊だった。ところどころに、見覚えのある黒服が横たわっているが、奇襲の甲斐あってか、ここまではアレクの部隊が優位に侵入を果たしたらしい。
「さて、どう進む?」
バーンが立ち止まった。一本道の廊下が終わり、道が枝分かれした小ホールのような場所に辿り着いたのだ。
戦闘の痕跡を追おうにも、ここで部隊の一部が分離したのか、衛兵の死体は二方向に続いていた。
「誰だ!?」
ホールの柱の影に隠れた4人に、鋭い誰何が投げられた。
「ちっ……」
バーンが舌打ちする。一人の衛兵の呼び声に、複数の足音が合流した。近づいてくる。
「カイ」
じりっと後退したカイの肩が、リーアにぶつかった。そんなカイに辛うじて届くような小声で、リーアが囁いてくる。
「私はソディを守りますので、あなたはバーンから離れないように」
「えっ」
「大丈夫ですよ。何があっても、彼女は守ります」
「そうじゃなくて……!」
わざとはぐらかされるようなフォローに、カイは他の二人に気付かれないように言い返した。バーンが聞いたら、ただでは済まないような内容だ。
「リーアさん、確かに俺の仕事は博士の護衛ですが、同時にあなたの護衛でもある。それに、あなたに何かあったら、博士が……」
「カイ、あなたは二人の人間を、同時に守れる確信がありますか?」
「…………」
その問いに、カイは押し黙った。咄嗟に出かけた言葉が、喉の奥に引っかかるようにして消える。
自信ではなく、確信、と彼は聞いた。
この旅に出る前のカイならば、もしかしたら、迷わず「ある」と答えたかもしれない。
「どちらかを『絶対に』選ばなければならないとしたら?」
「そんなこと……!」
ない、とは言い切れなかった。最悪の事態を想定するのは、防衛の基本だ。考えたくないから考えない、という感情論は通じない。
「迷わないで下さい、カイ。彼は世界の宝です。彼の才能は、これからの人類に、大きな恵みを与えるでしょう」
「……っあなただって、帝国にとって、なくてはならない存在でしょう!」
自分のことは構わずにバーンだけを守れ、と言うリーアの言葉に反論する。だが、とっさに言い返した台詞は、彼に対しては全く無意味なカードだったと、相手の表情を見て悟る。
帝国もクラウンフォルトも、自分自身すらも――彼にとっては無価値なのだ。そう気付き、無性に腹が立った。
「選択と決断。私たちが繰り返すのは、その二つです。大切なものを守るためには、時に捨てる覚悟も必要になる」
「俺は捨てません! 大切なものは全部拾い上げる! 絶対、なくしたりしません!」
感情的に言い返す。しかし、心のどこかでそれが理想論であることも気付いていた。
そんなカイの葛藤を見透かすように、リーアが微笑んだ。
「カイは優しい子ですね」
「……リーアさん……」
「何、ごちゃごちゃ言ってやがる! 狙い撃ちされないよう、三つ数えたら別々に飛び出すぞ!」
言葉を続ける前に、バーンの指令が飛ぶ。武器を構え、彼らは衛兵が近づくタイミングを計った。
「1、2の……3!」
ばっと柱の影から4人が飛び出す。
銃声が響き、幾人かの悲鳴がホールにこだました。
「っこの……!」
バーンの撃った銃弾に足をやられた男が、手にした電撃銃で反撃を試みる。
その時、ホールに稲妻の閃きが走った。
「ぐぁぁっ!?」
バーンを狙った男が雷撃に打たれ、くずおれる。
リーアの放電能力だ。
「リーア! 無茶すんなよ、昨日みてーなことになったら承知しねぇぞ!」
「分かってます!」
バーンの危機を前に、リーアが制御不能になった力を暴発させ、雪崩を引き起こしかけたのは、24時間前の話だ。
今は威力を調整した雷で応戦しているようだが、数の面で勝る相手を一掃するには至らない。
(増援が来る前に片付けないと……!)
奮闘するカイの願いも虚しく、今度は彼らが侵入した方向から、複数の足音が近づいてくる。このままでは、挟み撃ちにされる。
カイは、掌で銃把の感触を確かめた。エンテが持たせてくれた銃弾の数は限られている。先に何があるか分からない以上、極力無駄弾は使いたくなかった。
こちらで銃と銃弾の補給が可能か確認したところ、この国ではもう随分と前に、実弾を使用した銃器の製造を打ち切ったらしい。使用者が死ぬまで無尽蔵のエネルギーを照射出来る電撃銃に、全面的に切り替えたのだ。
「くそっ!」
ホルスターに銃をねじ込み、カイは地面を蹴った。その足元を、電撃銃の照射が黒く焦がす。闇雲に放射される光線を避け、カイは兵士の足元に滑り込んだ。床に手をつき、相手の手元を蹴り上げる。
取り落とした電撃銃を、本来なら奪い取るところだが、カイには使えない代物だ。一顧だにせず足で払い、両脇から飛びかかってきた二人の敵を剣でなぎ払う。その間にも、最初に銃を奪った兵が体勢を立て直し、腰の剣を抜いて踏みこんでくる。その一撃を受け止め、カイは背後からの応援を待った。
案の定、図ったかのようなタイミングで銃声が響き、カイの顔のすぐ横を通過した実弾が、相対していた男の額を打ち抜いた。
振り返ると、バーンが銃を構えこちらを見据えている。すぐさま踵を返し、カイはバーンと背中を合わせ銃を構えた。
「博士、ありがとうございます!」
「礼はいい! それより、リーアとソディを……!」
「きゃぁ!」
その時、後方にいたソディが悲鳴を上げた。光線が、彼女が身を隠していた柱を掠め、耳障りな音を立てて白い支柱を焦げ付かせる。増援が追いついたのだ。
「ちっ……! おい、リーア!」
「ソディ、こっちです!」
舌打ちしたバーンが振り返った時、リーアはソディの手を引き、ホールを蹂躙する電撃から逃れるように、奥へと走った。
「リーアさん! ソディ……おわっ!?」
その後を追おうとしたカイの足下を、電撃が貫く。火花を散らす床から飛び退くと、バーンの背中にぶつかった。危うく転倒しかけたところに、聞き慣れた怒声が飛ぶ。
「何どんくせぇことしてやがる! とっととリーアを追え!」
苛立ったバーンの目が、奥へと逃げた二人を追う。しかし、その視線を妨げるように、白装束の男達が立ちふさがった。
「くっ……」
二手に分断されてしまった。じりっと距離を詰める男達と対峙し、カイは銃を構えた。
「博士! 行きましょう!」
片手で相手の腕を引き、カイは、二人が向かった方向とは逆方向を指した。
どちらかが向かう先に、アレクがいるはずだ。不可抗力とはいえ、こうなっては二手に分かれて探す他はない。
「っざけんなてめぇ! リーアが!」
「今からじゃ間に合いません! 撃たれたいんですか!?」
「くそっ……」
バーンが聞こえるように舌打ちする。彼の心中を推し量り、カイは唇を噛んだ。
リスクとは、優先順位だ。最善と最悪。その二つの狭間で、バランスを考える。
(リーアさん、ソディ、どうか無事で……!)
祈ることしか出来ない己を罵りながら、カイは抗う男を半ば引きずるようにして走った。




