第二十五話 顔に性格は出る
「ティスカ……大丈夫かな……」
怪我人の包帯を換えながら、カイは3人が消えた廊下の方に視線を向けた。
あれから、もう2時間以上が経つが、一向に報せがない。
(かなりの重傷だったし、いくら医師免許を持ってるっていっても、博士の本職は科学者……)
ぐるぐると懸念ばかりが募る。合わせてぐるぐると包帯の厚みが増し、ついには巨大な力こぶのように盛り上がった二の腕に、横たわった患者が物言いたげにカイを見上げた。
「きゃぁぁぁぁっ!」
「ティスカ!?」
「ぶっ……」
どこからか届いた女性の悲鳴に、カイは取るものもとりあえず飛び出した。放り出された包帯のロールが胸の傷を直撃し、患者が苦悶の呻きを上げる。
SSAの定期検診で、動物並みと言われる自慢の聴覚で、悲鳴の発信源へと飛び込んだカイが見たのは、ベッドシーツで身体を隠した少女が、床に尻餅をつき左頬を抑える白衣の男を、睨みつけているシーンだった。
それだけで、なんとなく……状況に察しがついた。
飛び込んだ部屋は、集中治療室ではなく病室だった。大部屋に、愛想のないベッドが6台並んでいるが、現在使われているのは手前の1台だけだ。
奥にはリーアと、見覚えのない女性がいた。彼女が、ソディが手配してくれた元看護師というマーサだろう。ヒューストの感覚だと30歳程に見えたが、実際の年齢がどれくらいなのかは見当がつかない。
「な、な、ななんなのよアンタ! いきなり脱がそうとしてどういうつもり!?」
「どうもこうも、診察しようとしただけだろうが! いきなり目ぇ覚ましたと思ったら、見事なパンチ食らわしやがって、元気じゃねーかてめぇ! 良かったなぁオイ、感謝しろ!」
女子の非難の声に、男が荒々しく反論する。
「感謝!? 主とマルクレンタの導きに感謝こそすれ、アンタに捧げる感謝なんて、これっぽっちも……って、ここ……病室?」
ようやく気付いたらしいティスカが、ぽかんと口を開けて、周囲を見回した。そして、包帯の巻かれた胸元を見下ろし、そのはだけた服が、清潔な病人服に変わっていることに気付く。
「心配しなくても、全身傷だらけのカラダ、隅々まできっちり治療してやったから安心しふごぉっ!?」
固まったティスカに、バーンが蛇足過ぎる蛇足を口にして、飛んできた枕に顎をはね飛ばされる。続いて仰け反った後頭部を、別の枕が強打するという二段攻撃に、バーンが潰れた蛙のような呻きを上げた。
他のベッドに備え付けられた枕が、バーンの周囲をふよふよと漂い、臨戦態勢に入っているのは、ティスカの異能が成す技だろう。
同じ能力を持つ姉が、つい先ほどまでその力を駆使し、大量の怪我人を効率良くさばいていたことを、カイは思い出していた。
同じ技でも、使用者の使い方次第で、こんなにも違うものなのかと感心する。
「サイッテー! 変態! 死ぬがいいわ!」
「痛ってぇ……んのクソアマ……誰がそんな発育不良に欲情するかっ。いっぺん鏡見て出直してこ……っギャァ!?」
「バーン、口が過ぎます」
リーアの雷撃が落ち、天才科学者の罵声が途絶える。
「博士はいつも大雑把なのですよ。その上、そんなチンピラらしい顔をしているから、誤解されるのです」
手加減はしていたらしく、軽く服を焦がしながらも、バーンは元気に反論した。
「チンピラらしいって、俺はチンピラじゃねぇっての! 顔なんか、今更どうしろっつーんだ、アァ!?」
「まず、その言動を直すことからでしょう。顔に性格は出ると言いますし」
「その真っ黒い腹が一切顔に出ねぇてめーに言われても、微粒子ほどの説得力もねーんだよ、天然サディストが!」
矛先が自分に向き、リーアは素直に不快感を顔に出した。
「誤解を受けるような言動は控えて下さい。それに、外見から芯まで、真性サディストのあなたに言われたくありません」
「あのー……一応病院なので、出来ればお静かに」
突っ込みどころが多すぎる会話をとりあえず総流しして、場を収めるカイ。ティスカも安静にするべき重傷なはずなのに、いくらなんでも騒ぎ過ぎだ。
正直な感想を言えば、ヒューストであれば、あの状態からの回復は見込めなかっただろう。迅速で適切な処置があったとはいえ、一命を取り留めた上に、ここまで回復しているというのは、さすがの生命力である。
そんな騒ぎの中でも、マーサは無愛想とも映る無表情で、部屋の隅に佇んでいた。萎縮した様子も、困惑した気配もない。その豪胆たる立ち姿は、カイの3倍もの人生経験を誇る、SSAの女幹部達を彷彿とさせた。
「なんだ、カイいたのか」
「あら、全然気付かなかったわ」
「……ハイ、いました。すいません」
本気でたった今気付いた様子の、バーンとティスカの声がハモる。
こんなところばかり息の合う二人に、カイはがっくりと肩を落とした。
※
ティスカの説明はこうだ。
第二守人派の参謀、アレスクロディエはリーア達を逃がした後、臣民を集め、第二守人の降臨を伝えた。
当然、士気の上がる民は、第二守人を保護し、臣民代表として礼を尽くしたアレクを支持した。
そしてその熱狂の中、アレクは今こそ決起の時と彼らを促し、強行ともいえる襲撃計画を、王城に向け仕掛けたのだ。
「リーア様が戻ってくるかも分からない……それが分かってて、自分も逃がしたくせに、アレスクロディエは、その日から、自分の隣に守人がついているかのように振る舞いだしたの」
ポツリと語るティスカの声には、悔しさが滲んでいた。無力な自分を責めるように、睫を震わす。
「守人の生還を知らせて、臣民を鼓舞することは、間違ってはいないわ。でも――」
「今のタイミングでの強行は無謀だ、ってか」
言葉を継いだバーンに、少女が頷く。
「それだけでは済まなかった。こちらの襲撃を聞きつけた王国軍が、手薄になったアジトに奇襲をかけたの。……いつの間にか、隠れ家も突き止められてた。非戦闘員しかいない病棟兼避難所みたいなこの場所にまでは、さすがに、手は伸びなかったみたいだけど」
アジトを突き止められ、虎視眈々と機会をうかがっていた第二守人派は、大打撃を受けた。
ティスカはリーアと連絡を取るため、少数の仲間を引き連れ、墓地地下の秘密司令室に向かったが、そこにすら王国軍が立ち入ってきて、戦闘となったらしい。
……3人が駆けつけた時、あの場で息があったのは、両軍合わせてもティスカだけだった。
「頼みの綱の守人もいない、戦力的にも、敵うわけなんざないことは、分かりきっていたはず。なんで、あの男はそんな馬鹿な真似を?」
「解らないわ」
バーンの正論に、ティスカは首を振った。
「あいつは頭が固すぎて気に入らないところもあったけど、戦略に関しては、誰よりも信頼できる、第二守人派の頭脳よ。こんな無謀な賭けを、選ぶような男じゃないはず」
そう言ったティスカの表情を見て、カイの脳裏に、ある可能性が閃いた。
「まさか、リーアさんが戻って来ざるを得ないように、わざと……?」
「どうだかな」
ティスカが、はっと表情を強ばらせる。バーンは、とうにその可能性も視野に入れてたのか、鼻で息を吐き出し曖昧に応えた。
最後に、アレクと別れた時の記憶を呼び起こす。
差し伸べた手を取られなかった瞬間の、アレクの目が酷く印象に残っていた。
悲しげで、辛そうで、それでいて諦めたような穏やかさを感じた、不思議な瞳。
――その時、一体どんな思惑が彼の中を交錯したのか、カイには想像もつかない。
たった一人の主君の降臨を、300年間待ち続けた信心深き民の心を、カイのような平凡な子供が推し量ることなど不可能だった。
「アレスクロディエが、第二守人を呼び戻すため、手段を選ばぬ行動を取ったとしたら……」
ティスカが喉を震わせた。
その時だった。病室に、慌ただしい足音が近づいてくる。
「ティスカニア様! ティスカニア様、ご無事ですか!」
飛び込んできた男は、第二守人派の構成員だ。ティスカの姿を確認し、あからさまに安堵の表情を見せる。
「良かった……こんな時に、ティスカニア様にまで何かあっては……」
「私まで……? どういうこと?」
「それが、その、アレスクロディエ様の部隊が、戻ってこないのです!」
男の悲痛な叫びに、ティスカが固まった。続く報告は、一種の絶望をその場に与えた。
襲撃の本体として仕掛けたアレクの部隊から、これ以上の前進が困難な状況に対し、撤退の報告が入ったのは間違いない。
しかし、予定の時刻になっても誰一人戻ってくる者はなく、その後、一切の通信が絶たれたというのだ。
「そんな……」
ティスカの血の気のない顔が、更に青ざめる。それでも、気丈に指揮官の顔を作り、状況を聞き込む。
「撤退の報を入れたのは?」
「副隊長のスザンダニオンです」
「その時、アレスクロディエの安否については、何か言ってた?」
「いえ、何も……」
「不自然ね」
ティスカが考え込む。その目はすでに冷静さを取り戻し、脳裏には、いくつかの可能性が弾き出されているようだ。
その様子に、ほぅ……と息を吐き、値踏みするようにバーンが目を眇めた。
「アレスクロディエなら、そういった作戦単位の報告は、必ず自分で入れるはずよ。彼は何よりも、戦闘時の情報統制を重視するもの」
「ということは……」
「スザンダニオンが、アレスクロディエの指示を無視し、独断で撤退を決定した可能性があるわ」
「誰一人、戻ってきていないというのは……」
「分からない。王国軍に追い詰められて逃げられないのか、それとも、もう……」
くっ、とティスカが悔しそうに唇を噛んだ。その目が強い光を発し、報告する部下に向けられる。
「場所は分かる!?」
「最後の通信情報から、だいたいは」
「私が行くわ」
「ちょっと、ティスカ!?」
シーツをめくり上げ、ベッドを降りようとする少女を、カイは慌てて引き留めた。
「その傷じゃ無理だ!」
「アレスクロディエと対等に話せるのは、私くらいよ。暴走してるアイツを、説得できるのは私しかいないわ!」
ティスカがカイの手を振り切る前に、別の声が制した。
「駄目だ」
ティスカの目が、憎々しげに白衣の男へと向けられる。
「麻酔を打って、痛みを止めているだけだ。満足に動ける身体じゃない」
「ふざけないで。アンタに指示されることなんて、何もないわ」
「ドクターストップだ」
バーンの手が、くいと少女の顎を掴んだ。指先に力が込められ、血の気のない顔が苦痛に歪む。
「あんまり我が侭ぶっこいてると、本気で足腰立たねぇカラダにすっぞ?」
「…………っ」
ゾクリとするような低音で脅され、身をすくめたティスカが押し黙る。その目がせわしなく虚空を彷徨い、救いを求めるようにリーアを見た。
救いを求められた側は、まるで全ての願いを受け止めるように、穏やかに微笑む。しかし告げられた言葉は、彼女の望むものではなかった。
「言ったでしょう? あなたは、生きなければいけないと。望んで死地へ向かおうとする人間を、私は喜びません。それに、この男をホンキで怒らせると、私でも手に負えませんからね?」
いたずらっぽくバーンを指さす。ケッと吐き捨てる凶暴科学者。
この身体で戦場に出ても、それこそ犬死にするだけだ。
頭ではそれを理解しているからこそ、リーアの言葉に、ティスカは反論の手立てもなく頷いた。
「……ったく、どいつもこいつも、リーアの言うことばっか聞きやがって」
やさぐれる科学者に、カイはこっそり苦笑した。
臣民にとって、守人は絶対的な女王蜂だ。
それを差し引いても、同じ正論を吐いてもリーアの方が圧倒的に頷きやすいのは、これはもう人徳の差だろう。日頃の行いともいう。
「し、しかし、一体、誰が代わりに……」
報告に来た男が狼狽える。
「ならば、わたくしが行きましょう」
「ソディ!」
唐突に名乗りを上げた人物に、リーアが驚きの声を上げた。
「ソ、ソルディレシア様!? その格好は……!」
慌てふためく部下の声が、それがいかに異常事態かを物語っていた。
入り口に立つ女性は、細い腕に、似合わぬ厳つい銃を抱えていた。
身につけているのは、いつもの丈の長い衣装ではなく、普段ティスカが着ているような、動きやすい軽装だ。おろしていた長い髪を高くまとめ上げた髪型ひとつでも、大分印象が変わって見える。
「姉様……私の服!」
ティスカが目をみはる。丈の短いズボンから伸びる白い足に、バーンが俗っぽい口笛を吹いた。胸のあたりが、少しきつそうだ。
「こんな姿、アレスクロディエが見たら卒倒するわ……」
額に手を置いて、天井を仰ぐ妹。この国では、既婚女性は肌の露出をしてはいけないという、禁欲的なルールがあるらしい。以前、アジトを移動する道すがら、ティスカが話してくれたことをカイは思い出す。
「わたくしは、アレスクロディエ様の妻です。夫が過ちを犯したのならば、妻であるわたくしが是正します」
しかし周囲の反応をよそに、ソディは真剣な目で語った。
「夫の居場所を教えて下さい」
「し、しかし……」
詰め寄られた部下が狼狽える。リーダーの判断を仰ぐように、ティスカを振り返った。
判断を任された側のティスカも、戸惑いを隠せないようだった。
「お願いします!」
「――行こうぜ」
決めたのはバーンだった。頭を掻き、荒々しく白衣を脱ぎ捨てる。その男らしい動作にティスカが目を瞬かせ、慌てたように口を開いた。
「あ、アンタも行くの!?」
「美人一人に行かせるつもりか?」
当然、と言うようにニヤリと笑い、バーンは愛用の棍と、腰に吊した銃の調子を確認した。
「同感です。ご婦人を一人で危険な場所に向かわせたとなれば、クラウンフォルト家の男として、末代までの恥ですからね」
こちらも小振りの銃を取り出し、リーアが笑みを浮かべる。その様子に、バーンが釘を刺した。
「無茶したら承知しねーぞ」
「おや、あなたが守って下さるのでは?」
「守るのはアイツの役目だろ」
「えっ? あ、はい! もちろんお守りします!」
顎で指され、カイが慌てて挙手する。そんなカイを見るバーンの眼差しには、研究室で見せた冷たい苛立ちはどこにもない。
そのことに、信頼を回復できた気がして、つい胸が躍った。
「本当に……よろしいのですか?」
率先して部屋を出ようとするバーンの背中に、遠慮がちな声がかかる。
「何のために、ここまで戻ってきたと思ってる? こっちも時間がねぇんだ。とっとと片付けちまおうぜ」
「……ありがとうございます……!」
感極まった様子で、感謝を捧げるソディ。
「あ、ティスカ」
「え?」
ポケットに手を突っ込んだまま、振り返ったバーンに初めて名前を呼ばれ、ティスカがぱちくりと目を瞬いた。
「お前、アレ貸せ」




