第十六話 伝承には、さらに前提となる物語が存在した
一行が、更に墓地の奥に突き当たると、壁際に立てかけられた石柩の一つを、アレクが押した。
「うわ……」
思わず、カイは声を漏らした。石が擦れる音を立てて柩が横移動し、その奥に、ぽっかりと空いた空洞が顔を出したのだ。
白光岩の輝きがうっすらと照らし出すそこは、さらに地下へと繋がる階段となっていた。
「足下にお気を付け下さい、我がき……リアロクロエ様」
あくまでリーアだけを気遣い、アレクが先頭を切って階段を下りていく。
その後ろをリーア、ソディが続き、カイに背中を押されながらバーンが進む。
最後に、ティスカが入り、棺の位置を元に戻した。
階段はそれほど長くは続かず、降りた先には一枚の扉があった。
急に現れた、無機質な金属扉の前で、アレクが胸元からペンダントのようなものを探り出す。白い、シンプルなひし形のプレートだった。
それを壁のある一点に重ねると、壁面に、紅く光る文様が浮かび上がった。
共同墓地の地下から繋がっているという、趣味の悪い隠れ家ではあったが、秘密性は高そうだ。
静かに扉が開き、部屋に踏み込んだアレクが、内側の壁に刻まれた霊式にバングルを重ねた。
途端、音もなく室内が白々しい明かりに包まれ、部屋を覆い尽くすあらゆる電子機器が起動する。
目の前に広がった空間に、カイは驚きと同時に、どこかノスタルジーを感じた。
中は、SSA本部を思い出すような、近未来的な造りになっていた。
狭い部屋の壁を覆うように、敷き詰められたモニターが映すのは、この星のあらゆる場所に設置された監視カメラの映像だ。その下には、どう使うのか見当が付かないコンピュータが並び、絶え間なくランプが明滅している。
街中で見かけた、霊式を利用した技術は確かに先進的だったが、生活様式や人々の装いなどから、この国の文化レベルに対して、どこか前時代的な印象も受けていたカイにとっては、軽く混乱する空間だった。
「ここは、第二守人派の秘密司令室です。この場所を知っているのは、組織でも一人握りの者だけです」
「イイ技術者集めてんな」
「――そこにも一人いる」
感心するバーンに、アレクが視線で一人の人物を指す。カイは目を丸くした。
「ティスカ。すごいな、君は優秀なエンジニアでもあるんだね」
「ま、まぁね」
ふん、と照れ隠しに胸を張るティスカ。
バーンが部屋を見回し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「ふーん……頭は悪くねぇみたいだな」
「あんたねぇ、もっと素直に褒められないわけ?」
「誰も褒めてねぇよ。馬鹿は問題外ってだけだ」
「あんた何様……!?」
バーン=ローエヴァー様だ。
ティスカの問いに、心の中でだけ回答するカイ。
言い合う二人を無視し、アレクが操作パネルに指を滑らせた。
正面の大きな画面に映り込んだのは、〈紅き月〉の月面映像だ。
拡大されていく映像の中央に映し出された物体に、リーアが目を見開いた。
「あれは……!」
「レッドムーン=テイラー3号! 無事だったのか!」
生き別れた兄弟にでも出会うような気持ちで、カイはスクリーンに駆け寄った。
そこには確かに、彼らの大切な宇宙船が健在していた。
「どこにあるか知ってて、黙ってやがったのか、オッサン」
「誰がオッサンだ。仕方がなかろう。我々にとってリアロクロエ様は、この国になくてはならない方だ」
バーンの悪態に対し、アレクは堂々と反論した。
アレクは、見た目20代後半といった美丈夫だが、地球上のピュラスタの生態に照らし合わせれば、成長が止まるのが遅かったとしても、結構な年齢である可能性は高い。
「良いのですか? 宇宙船があれば、我々は地球へ帰ってしまえるのですよ」
「リアロクロエ様を奴らに渡すわけにはいきません。あまり気は進みませんが……」
余計な事を言うリーアに、アレクが顔を曇らせる。
「我々にとっても、王国軍にとっても、月面は外の世界です。あそこまで行けば、追っ手がかかることもないでしょう」
「ありがとうございます。では、すぐにあそこに向かいます。行き方を教えて頂けますか? アレク」
「…………」
「……アレク?」
沈黙は、出し惜しみをしてのものではなかった。
「まさか、行けないとか言うなよ?」
「普通の手段では、行けない」
「はぁっ!?」
冗談交じりに言ったバーンの声が裏返る。
「先ほど、月面が外の世界といいましたね。そのことと、何か関係があるのですか?」
幾分冷静を装った声で問いかけたリーアに、アレクが頷いた。
「――我々の祖先は、3000年前、地球からこの紅き月へ移住してきました」
「3000年……!?」
唐突に、彼の口から飛び出した数字に、カイは声を上げた。
「3000年前といえば、古代ガイロニア文明の全盛期か」
顎に手を当て、バーンが神妙に呟く。
古代史に詳しくなくとも、今やその過去の超文明を知らぬ者はいないだろう。
この男――バーン=ローエヴァーの発見により、一躍脚光を浴びた古代文明は、多くの恵みを現人類にもたらした。
古代ガイロニア文明は、過去に南ディアス大陸全土を支配した、巨大帝国を中心に栄えた文明の総称だ。
一説によれば、その支配力は、最大で北ディアス大陸の半ばまで到達したと考えられている。
その終焉の歴史は定かではない。自然環境の変化によるものとも、天変地異による滅亡とも――あるいは、戦闘に特化した侵略者によって、徹底的に破壊されたとも――その全てが重なったとも、言われている。
いずれにせよ、その極めて高度で成熟した文明が、その痕跡の大部分を永遠に失ったまま、滅亡したのは事実だ。
「――3000年も昔、すでに人類は、〈紅き月〉へ到達していたということですか……」
呻くような声は、リーアのものだ。
珍しいほど苦々しい声は、恐るべき真実に打ちのめされているようにも聞こえた。
「そして、300年前に地球に亡命したっていう末の守人が、大マルクレスト帝国の建国者ってわけか。マルクレストの女皇帝が、300年間君臨し続けてるってネタも、あながちデマじゃなかったわけだ」
付け加えるバーンの声は静かだ。あるいは、彼自身その事実を、仮定の一つとして予想していたようにも見えた。
300年前に地球に降りた紅月人。
しかしその伝承には、さらに前提となる物語が存在したのだ。
「ならばやはり、紅月人も人類の進化形ということですか。納得しました。容姿、言語、生活様式、全てが似通いすぎている。これで、何の接点もないという方がおかしい」
「ご存じの通り、この星の大気は、本来人が生きられるようには出来ていません。地球から来た我々が、この星で地球と変わらぬ生命活動が維持できているのは、霊気のおかげです」
分析するバーンとリーアに、アレクが説明を続ける。
カイは自分なりに、その内容を解釈してみた。
「霊気が、地球の大気に近い環境を生み出している……ってことですか?」
「大雑把にいえば、そういうことになるのでしょう。あなた方が神殿で見た霊核は、この国の核となる物質です。霊核が発する霊気の影響を受け、我々は、地球人にない能力を持つようになりました」
彼の言葉を、地球人であるカイなりに理解するならば、霊気というのは地球上の酸素に似た働きをもっているということだろうか。
ただ、決定的に違うのは、彼らは身体に取り込んだ霊気を通じて、地球上の人間が行う通常の生命活動とは、別種の活動をも行えるということだ。
カイの目には特殊に映るそれらの能力も、当人たちにとってみれば、手を伸ばし物を掴むのと同じような――あるいは、酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出すのと同様の、生来備わった機能の一部にしか過ぎないのだろう。
もっとも、その解釈が正しいかどうかは、今ここでは分からない。
その証明は、カイではなく、隣に立つ科学者が、地球に帰ってから目指すものだ。
「――今、我々がいる地下の巨大な空洞には、霊気が満たされています。逆に言えば、地上は霊気が薄く危険です。防護服なしでは、この星に慣れた民でも、長時間は生きられません。我々は、この地下国家の中でのみ、生き延びることが出来るのです」
アレクの言葉は、この場では絶望的という他なかった。
地上を歩けなければ、宇宙船に近づくことも出来ない。
この星で、朽ちていくしかないのだ。
「防護服を貸して下さい」
急くように、リーアが要請する。しかし、アレクはゆっくりと左右に首を振った。
「それは可能です。しかし、この船が着船した場所は、スパラ山脈の中腹。この星で、最も標高の高い山々が連なる一帯です。足を使っていくのは、不可能に近い」
「ならば、どうすれば……」
「あなたには、方法があるではありませんか」
「え?」
八方塞がりの状況に、唇を噛んだリーアの顎を、アレクの声がすくい上げた。
「あなた方がどうやって、宇宙船から神殿へと移動できたとお思いですか?」
「…………」
そのことについて、カイはかなり初期の段階で考えることを放棄していた。衛星を一周するほど考え抜いたとしても、正解にたどり着くことは不可能だと感じたからだ。
しかしリーアは、カイよりは心当たりがあるようだった。考えるように黙り込み、まっすぐに、第二守人派の参謀を見返す。
「空間転送――」
呟いた言葉に、アレクが頷いた。
「マルクレンタの加護を受けた守人のみが持つ能力です。はたして、どれだけの距離までの移動が可能なのか、私ども凡人には想像も及びませんが、あなた方が上空の宇宙船から地下神殿まで転送されたのだとしたら、ここからスパラ山脈までの距離には、十分値するという推測が立ちます」
「……意識して出来るものなのでしょうか」
アレクは答えなかった。答えを持ち合わせていなかったはずだ。
「それなら問題ないわ」
答えたのは、守人でも参謀でもなく、この部屋のシステムを作ったという技術者だった。
「アレスクロディエも未練たらしいわね。ここまで連れてきたんだから、今更引き留めても仕方がないじゃない」
「ティスカニア……あれは本当に使えるのか?」
「くどいわ。私を誰だと思っているの?」
不安そうに確認するアレクを一蹴するティスカ。どこかの誰かに似た言い回しだ。
「ティスカ、何か方法があるのかい?」
カイの質問に視線で答え、ティスカはアレクを押しのけてパネルに手を伸ばした。
「私が得意とする分野に、霊式――という技術があるわ。霊気を変換して、武器や生活エネルギーに利用する技術よ。第二守人派や王国軍が持っている武器を見たでしょう? あれは、私たち紅き月の民が持つ力を、転移させることで機能する電撃銃よ。だから、例えば――あなたのような地球人が手にしても、使用することはできない」
「うん――それは……なんとなく分かるかな」
曖昧に頷くカイ。
短い時間だが、彼らの世界に触れ、なんとなく感覚で理解した部分だ。
そもそも霊気の仕組みを理解していないのだから、感覚だけ分かれば上出来だろう。
地球では、ピュラスタの特殊能力については、現代においても謎に包まれたままだ。
一説には、彼らが体内に保有するある特殊な物質が、地球の重力場に作用し、一時的な無重力状態(正確には、特定の物体に対する重力場の微操作)を形成したり、空中の水素を解離しプラズマを発生させる効果を持つ、などといった説明がなされているが――論拠に乏しく、これらに対する研究は、今のところ全く進んでいないと言ってもいい。
地球のピュラスタの能力が、紅月人と同様霊気によるものだと仮定したとしても、地球人が霊気を理解し、これを技術転用出来るまでに進歩するには、仮に実現するにしても、まだまだ時間がかかりそうだ。
「わっ……?」
ぼう……と足下が明るくなり、カイは驚いてその場を飛び退いた。
ちょうどカイが立っていたあたりの床に、幾何学的な文様が赤く映し出された。
「これは転送式――最近、私が開発した霊式の一種。守人の転送能力を、人工的に再現した霊式よ」
「そんなことが?」
「……一度、ロスフランベルカのこの力を、目の当たりにしたことがあるの。全ての民が使えるようになれば、私たちの生活は、飛躍的に豊かになると思った」
パネルを操作しながら、答えるティスカの横顔は真剣だった。技術者の顔だ。
カイは、こんな目をする人間を、何人も知っている。
SSAで出会う、最先端の科学技術を開発していくエンジニア達だ。
民のため、未来のため、己の好奇心のため――
その飽くなき向上心と情熱が、人々の生活を秒単位で豊かにしていることを、カイは知っていた。
「守人と臣民の違いこそあれ、体内に取り込む霊気は同じ。守人が霊気を利用して使える能力ならば、私たちも必ず何らかの方法で、再現できるはず。さすがに、本家のようにどこからでも、というわけにはいかないけど……然るべき霊式で転送点を設定すれば、その間を行き来することは可能になるわ」
そう言い切り、ティスカは、少しだけ相手の反応を伺うように間を開けた。
「実のところ、実用するのはこれが初めてなんだけど……信じてもらって構わないわ」
「ま、信じるしかねーからな。ここまで来たら」
毛ほどの深刻さも見せずにバーンが応える。彼の軽さを見ていると、心配する方が馬鹿馬鹿しいような錯覚に陥る。
そんなバーンに、逆に呆れたような苦笑を滲ませ、ティスカは転送点をレッドムーン=テイラー3号に設定した。
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
「リ、リーアさん……?」
礼を言い、転送式の中に入ったリーアに急に手を握られ、カイは戸惑った。
「地下神殿へ転送されたのは、あの時、私に触れていたお二人だけでした。今回は転送式に頼っての転送ですが、空間を移動する際、離ればなれになっても困るでしょう? バーンもこちらへ」
「うぃ」
「……暑苦しいですよ」
いい加減な相づちを打ち、がしりと首に腕を回してきたバーンに、リーアが迷惑そうに眉を顰める。
「ちょっと、あんた……!」
「バーンだ」
度重なる守人への失礼な振る舞いに、声を上げたティスカにかぶせる。
「バーン=ローエヴァーだ。忘れたきゃ、すぐに忘れろ」
強い眼差しで真正面から見返され、少女が言葉を飲み込んだ。
「俺はカイです。カイ=ライトハーツ。この星に来ることに、憧れた地球人です」
後先が逆になってしまったが、カイも3人に向けて名乗った。
彼らには悪いが、レッドムーン=テイラー3号に戻れたならば、もうこの国に来ることはないだろう。
短い間だが、対等に接することの出来た異星人に、少しばかり別れを惜しむ。
「……これを持って行って」
逡巡の末、絞り出された声と共にティスカから差し出されたのは、掌大の機械だった。
「無線連絡機よ。リーア様が戻られる時のために……」
「受け取れねぇな」
「……そう言うと思ったわ」
見向きもせずに断ったバーンに、ティスカが眉根を寄せて笑った。こちらの胸が苦しくなるような、悲しげな微笑だった。
ティスカの目が、一瞬リーアの方を見るが、その視線から隠すようにバーンが動いた。
諦めたように嘆息して、俯いた少女の顔に、艶やかな銀糸が影を落とす。
「リアロクロエ様――ひとつお約束下さい」
通夜のように黙り込む二人の女性の間から、灰色の髪の男が進み出た。
「必ず、我々の元へ戻ってきて下さい」
そう願った言葉に、媚びるような色はない。
「我らは、いつまでも待ち続けています。願わくば、どうかあなたの忠実なる僕に、慈悲と救いの手を」
「お約束はできませんね」
恭しく差し出された手を取らず、リーアは素っ気なく応えた。しかし、握られた手に籠もる力が、彼の罪悪感を伝えているようで、カイはその手を強く握り返した。
「…………」
取られない手を差し出したまま、失望と希望をない交ぜて歪んだ薄氷色の瞳に、自分のことでもないというのに、心臓に小さな棘が刺さるような痛みを覚えた。
晴れ間を見せない胸を抱えたまま、カイは、リーアの体温と白き光を感じた。




