1-3村へ行く前に(2)
「む? なぜ何も起こらん。まさか、いや、ありうるか。しかし……」
そうそうのことでは動じなさそうなアーノルドが狼狽している。良介自身も誰にでもできる魔法を失敗したことに多少なりともショックを感じたようだが、アーノルドの様子から完全に予想外のことなのだと理解する。
「アーノルドさん、何で失敗したのでしょうか?」
「ふむ、わしの予想が正しければ、良介殿が【科学文明人】であるからじゃと思われる」
「え! じゃあ俺、魔法は一切使えないってことですか?」
「その覚悟はしておいた方が良いかもしれぬが、おそらく称号による物じゃ。何とかなる。わしが良介殿のパーソナルカードを引き出そう。抵抗はせぬ方がよいぞ。思わぬ苦痛が訪れるやもしれんでのう」
少しの間狼狽したが、アーノルドにはすでに解決の絵が見えている。
「古の盟約の下に、我、自らの開示を拒む弱者に強制的な開示を求める。≪他者開示≫」
アーノルドが詠唱を終えると手元に淡く光るカードが現れる。先程アーノルドが出したものと同質のものだ。アーノルドが放ってきたカードに書いてある情報を見るまでそれが自分のパーソナルカードであると認識できなかった。
浅井良介 人間 男 17歳
【科学文明人】 レベル1
筋:D- 体:D 器:D+
敏:D 魔:0 信:D-
先程見たアーノルドのカードと比べて内容以上に明らかに違う点があった。
「あの、魔の所だけ色が赤くて数字の0になっているんですけど、これどういうことですか?」
「やはりか。いや、良かった。ステータスに色が付いているのは補正効果を表しておる。青なら上昇、赤なら下降を示す。良介殿の場合、称号の影響で魔力が0まで下降しているということじゃな。【科学文明人】の称号のせいじゃろうが、これは定量減少や定率減少ではなく、固定値変更なのじゃろう。固定値変更の場合はステータスがアルファベットではなく数字で表記されるからの」
「つまり、称号を変えれば使えるようになるってことですね。どうやればいいんですか?」
「……思ったよりせっかちなんじゃの。まあよい。称号のところを指で触れてみるがよい」
アーノルドの指示に従い、良介は称号の書かれたところを指で触れた。するとカードの表示が変わり、称号一覧という見出しの下に【科学文明人】、【一般人】、【神の気まぐれの被害者】の三つが書かれていた。良介はその感覚にスマートフォンを思い出し、勝手に【一般人】の項目を触ってみた。案の定、元の画面に戻り、称号が【一般人】に変わった。
「上手く出来たようじゃの。どれ魔力はどうなった?」
アーノルドに促されてステータスの魔に目をやる。
「Cですね。これってどうなんですか?」
「すごいことじゃよ。普通、何の訓練も受けていない成人のステータス平均がDからD+の間と言ったところじゃ。未成年である良介殿がCというのは魔力の素質があるのだと言えよう」
アーノルドの言葉に良介は今までに感じたことのない喜びや高揚感を感じていた。
学業成績も平凡で、何をやらせても「できる」と言えるぐらいにはでき、「上手い」と言えるほどにはできない。そんな素質や才能を実感することなく生きてきた良介は、これから先特に面白いこともなく、平凡な大学を出て平凡な会社に入り、平凡な家庭を持って一生を終えていく。そんな人生を送るのだろうと思っていたし、それでいいと半ばあきらめのように思っていた。
そんな時、簡単に信じきれるものではないが、異世界に連れてこられ、初めて言われた素質があるという言葉。早くになくしたと思っていた「すごい人間」になるという想いが沸々と蘇ってくる。
「さてと、それでは本題に入ろうかのう。カードの装備はパーソナルカードに称号カードやアイテムカードを重ねるだけじゃ。スキルを使えるようになるのは指南書に分類されるアイテムカードじゃから間違えぬようにの。それから、装備数に制限がかかる称号は一つ、アイテムは三つまでしか装備できんこのあたりもかんがえてつかうようにの」
良介は早速[詳細サーチ]カードを自分のパーソナルカードに重ねてみる。すると、パーソナルカードの表示が変わり、使用可能スキル一覧という見出しと≪詳細サーチ≫が表示されていた。同時に使い方が頭に浮かんでくる。≪詳細サーチ≫は詠唱不要らしく呪文は浮かんでこず、心の中で念じるだけで良かった。
良介はアーノルドに向けて詳細サーチを念じてみた。先程アーノルドも自分に使えと言っていたこともある。
(詳細サーチ)
心の中で念じると目の前にパーソナルカードのようなものが現れた。アーノルドの様子が変わらないことから良介以外には分からないのだろう。
オーランド=ザッハーク 古代龍 ♂ 8627歳
【竜王】 LV999
筋:900 体:900 器:500
敏:700 魔:999 信:900
パーソナルカードとの違いはステータスが完全に数値で表示されている。数値の基準が分からない良介にも、実感はないものの、それが強いことは分かった。しかし、それ以上に良介が気にしたのはその年齢だった。
(160でもすげー長生きだと思ったのに、8627歳って……、誰が数えてんだよ。本人も知らないんじゃないか?)
年齢はパーソナルカードの情報で唯一良介に実感できる数字で、自分の常識が通用しないことを改めて実感した。
「本当はオーランドさんとおっしゃるのですね。驚きました。こっちに来て初めて出会ったのが伝説の生物である龍族だったとは」
「む!……そうか、≪詳細サーチ≫を使ったのじゃな。隠蔽も無意味か。やはり、恐ろしい物じゃな神の贈物というものは」
良介の言葉にアーノルドは顔をしかめたが、それも一瞬。あっさりと状況を把握する。そんなアーノルドでさえ警戒することに、良介は自分のスキルが明かせば敵が魔物だけでなくなるといったアーノルドの言を納得することになった。