「謝ってばかりのやつは要らない」と勇者パーティを外されましたが、各地からのおわび請求がまだ私宛てに届きます
「ノエ。お前、今日で外れてくれ」
宿屋の食堂で、勇者アルドはそう言った。
「理由を伺っても?」
「お前、謝ってばかりじゃないか」
アルドは本気で困った顔をしていた。
「勇者パーティが行く先々で頭を下げてたら、舐められるだろ。魔王軍と戦う前に、こっちの格が下がる」
戦士のボルグが、黙って腕を組んだ。魔術師のセラは、窓の外を見ていた。
「それに、お前は戦えないしな」
それは本当だった。私は剣も魔法も使えない。
私の仕事は、謝ることだ。
「……すみません」
「ほら、それだ」
アルドは額を押さえた。
「分かりました。今まで、ありがとうございました」
私は頭を下げた。
下げてから、これも謝罪の角度だったな、と思った。
◇
勇者パーティの謝罪係、というのは、正式な役職ではない。
最初は荷物持ちとして雇われた。
三日目に、アルドが村の麦畑を突っ切った。魔物を追いかけていたのだから仕方がない。ただ、麦は半分倒れた。
畑の持ち主のハンスさんが、鍬を持って立っていた。
アルドは「魔物は倒したぞ!」と笑って、そのまま次の村へ行った。
私は荷物を置いて、ハンスさんのところへ戻った。
それからだ。
宿の扉を蹴破ったら、宿の主人に。
領主の晩餐で「料理がしょっぱい」と言ったら、料理長に。
神木だと知らずに魔物の巣ごと切り倒したら、村の長老に。
謝って、弁償の相談をして、必要なら手紙を書く。
二年で、帳面が三冊になった。
表紙には「おわび帳」と書いてある。誰に、いつ、何を、いくらで。それから、その人の名前と、家族のこと。
ハンスさんの奥さんは膝が悪い。料理長は塩の産地にこだわる。長老は孫の誕生日を毎年数えている。
謝るなら、ちゃんと相手を見て謝りたかった。
それだけのことだった。
◇
一人になって最初に行ったのは、王都の冒険者ギルドだった。
次の仕事を探さなければならない。
受付の女性は私の名前を聞くと、眉を上げた。
「ノエさん? 勇者パーティの?」
「元、です。昨日外れました」
「あら。……じゃあ、これ、どうしましょう」
女性はカウンターの下から、紐でくくった手紙の束を出した。
「全部、あなた宛てです。勇者パーティの連絡先がここになっていて。中身は、だいたい請求書と苦情」
手紙は十四通あった。
麦畑。宿屋の扉。領主の館の窓。
全部、アルドたちの分だった。
「……私、もう係ではないので」
「そうですよね」
受付の女性は、困ったように笑った。
「でも、差出人はそれを知りませんよ」
その夜、私は安宿の机に十四通を並べた。
一通ずつ読んだ。
読みながら、いつもの癖で、返事の文面を考えていた。
この度は誠に申し訳ございません。
そこまで考えて、ペンを置いた。
違う。
私が書く手紙ではない。
私は十四通をまとめて封筒に入れ、表に勇者パーティの次の宿営地を書いた。
中には、一枚だけ紙を入れた。
『皆様宛てのお手紙です。ご自身でどうぞ。 ノエ』
謝罪の言葉を入れずに手紙を書いたのは、たぶん生まれて初めてだった。
◇
孤児院の院長先生は、よく言っていた。
「ごめんなさいが言える子は、どこへ行っても置いてもらえるよ」
だから私は、よく謝る子になった。
パンを落としたら謝った。雨が降っても謝った。ほかの子が皿を割ったときも、なんとなく謝った。
謝れば、置いてもらえる。
そう思っていたのに、謝りすぎて、外された。
笑える話だ。
◇
ギルドで仕事が見つかったのは、一週間後だった。
「苦情窓口、やってみません?」
受付の女性――リタさんという――が、そう言った。
「依頼人と冒険者の揉め事、多いんですよ。報酬が少ないとか、納屋を壊されたとか。みんな怒鳴り込んでくるから、受付が泣いちゃって」
「私、謝ることしかできませんが」
「それができる人が、いないんです」
窓口の初日、怒鳴り込んできたのは、農家のおじいさんだった。冒険者が猪を追って、柵を三間壊したという。
私は話を聞いた。最後まで聞いた。柵の長さと、木の種類と、孫が柵の修理を手伝う予定だったことまで聞いた。
それから、謝った。
冒険者を呼んで、一緒に謝らせて、修理の日取りを決めた。
おじいさんは帰りぎわ、私の手を握った。
「あんた、ちゃんと聞いてくれたね」
ありがとう、と言われた。
謝ってありがとうと言われるのは、慣れていた。
けれど、その日はなぜか、帰り道で少し泣いた。
置いてもらうためではなく、ちゃんと役に立った気がした。
◇
アルドがギルドに来たのは、ひと月後だった。
窓口の前に、一人で立っていた。鎧が少し汚れていた。
「ノエ」
「いらっしゃいませ。ご用件は」
「……戻ってきてくれ」
アルドは声を落とした。
「グラーフ公爵が、領地を通してくれない。魔王軍の前線に行くには、あそこを抜けるしかないのに」
グラーフ公爵。
晩餐で料理長の料理をしょっぱいと言った、あの館の主だ。
「お前が書いてた詫び状、公爵はずっと読んでたらしい。それが急に来なくなったって。そしたら今度は、俺が送り返した請求書の束が届いて」
「送り返したんですか」
「……読む暇がなかったんだよ」
「それで、公爵は」
「『勇者殿は、謝罪の仕方も忘れたらしい』って」
アルドはカウンターに両手をついた。
「頼む。一緒に来て、謝ってくれ。お前ならうまくやれる」
私は、帳面を見た。
窓口の机の上の、今日の苦情の帳面だ。
それから、首を横に振った。
「行きません」
「なんでだよ」
「謝るのは、悪いことをした人です」
アルドの顔が、こわばった。
「私は二年間、アルドさんの分を謝ってきました。でもそれは、アルドさんが謝ったことにはなっていなかったんです。公爵様は、ちゃんと分かっていらっしゃったんだと思います」
窓口の後ろで、リタさんが手を止めているのが分かった。
「……じゃあ、どうしろって言うんだ」
私は鞄から、三冊の帳面を出した。
「おわび帳」の、全部だ。
「これを差し上げます」
アルドは、帳面を開いた。
『ハンスさん 麦畑 半分。奥様の膝が悪い。収穫期は人手が足りない』
『宿屋「金の雄牛」 扉 一枚。ご主人は蝶番にうるさい』
『グラーフ公爵家 料理長ゲルトさん。塩は東の岩塩しか使わない。晩餐は彼の三十年目の献立だった』
アルドは、ページをめくった。めくって、めくって、止まった。
「……これ、全部、覚えてたのか」
「覚えていたのではなくて、聞いたんです」
アルドは長いこと黙っていた。
それから帳面を閉じて、脇に抱えた。
「料理長の名前、ゲルトでいいんだな」
「はい。岩塩のことは、ご本人から言わせてあげてください。好きなんです、その話」
アルドは何か言いかけて、やめて、ギルドを出ていった。
一人で。
◇
ここから先は、ギルドの私宛てに届いた手紙で知った。
今度は、請求書ではなかった。
アルドはまず、グラーフ公爵の館に行った。
謁見ではなく、厨房の裏口に。
料理長のゲルトさんに会って、頭を下げた。下げ方が分からなくて、深すぎて、鍋に額をぶつけたらしい。
ゲルトさんは笑って、それから岩塩の話を一時間した。
公爵は、その話を厨房の外で聞いていたそうだ。
領地の通行許可は、その日のうちに出た。
アルドはそのあと、帳面のページを順番に回った。
麦畑ではハンスさんの収穫を三日手伝った。宿屋では蝶番を自分で直した。直し方がまずくて、主人にやり直された。
神木の村では、長老の孫の誕生日に間に合った。
二十七人。
アルドは、全員に自分で謝った。
◇
アルドがもう一度ギルドに来たのは、魔王軍との戦いが終わった秋だった。
鎧はぼろぼろで、左腕に包帯を巻いていた。
窓口の前に立って、帳面を三冊、カウンターに置いた。
全部のページの端に、小さな印がついていた。
「返しに来た」
「わざわざ、ありがとうございます」
「それと」
アルドは、まっすぐ立った。
それから、頭を下げた。
鍋にぶつけるほどではない、ちょうどいい深さだった。
「ノエ。悪かった」
私は、声が出なかった。
「お前は謝ってばかりだって、俺は言った。違った。あれは全部、俺の分だった。二年分、お前に謝らせてた」
ギルドの中が、静かになった。
私は口を開いて、閉じた。
謝られたことが、なかった。
孤児院でも、パーティでも、窓口でも。謝るのはいつも私で、謝られるのは、いつも誰かだった。
こういうとき、何と言えばいいのか、知らなかった。
「……あの」
「おう」
「こういうとき、なんて言うんでしたっけ」
アルドは顔を上げて、ぽかんとした。
それから、少しだけ笑った。
「許す、でいいんじゃないか。たぶん」
許す。
口の中で、一度だけ転がしてみた。
慣れない形をしていた。
「許します」
言ってみたら、思っていたより、ずっと軽かった。
アルドは、もう一度頭を下げた。今度は短く。
「戻ってくれとは、もう言わない。お前、ここのほうが向いてる」
「はい。私も、そう思います」
アルドが帰ったあと、リタさんが窓口の横に来た。
「ノエさん、今の、勇者様よね」
「はい」
「勇者様に謝られる人、初めて見たわ」
「私もです」
リタさんは笑って、それから、ふと気づいたように言った。
「そういえばノエさん、今日、まだ一回も謝ってないわね」
言われてみれば、そうだった。
「すみません」
と言いかけて、私は口を押さえた。
リタさんが吹き出した。
私も、少し笑った。
窓口の外では、次の苦情の人が、もう列に並んでいた。
◇
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