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「謝ってばかりのやつは要らない」と勇者パーティを外されましたが、各地からのおわび請求がまだ私宛てに届きます

作者: _mon_mon_
掲載日:2026/10/05

「ノエ。お前、今日で外れてくれ」


宿屋の食堂で、勇者アルドはそう言った。


「理由を伺っても?」


「お前、謝ってばかりじゃないか」


アルドは本気で困った顔をしていた。


「勇者パーティが行く先々で頭を下げてたら、舐められるだろ。魔王軍と戦う前に、こっちの格が下がる」


戦士のボルグが、黙って腕を組んだ。魔術師のセラは、窓の外を見ていた。


「それに、お前は戦えないしな」


それは本当だった。私は剣も魔法も使えない。


私の仕事は、謝ることだ。


「……すみません」


「ほら、それだ」


アルドは額を押さえた。


「分かりました。今まで、ありがとうございました」


私は頭を下げた。


下げてから、これも謝罪の角度だったな、と思った。


   ◇


勇者パーティの謝罪係、というのは、正式な役職ではない。


最初は荷物持ちとして雇われた。


三日目に、アルドが村の麦畑を突っ切った。魔物を追いかけていたのだから仕方がない。ただ、麦は半分倒れた。


畑の持ち主のハンスさんが、鍬を持って立っていた。


アルドは「魔物は倒したぞ!」と笑って、そのまま次の村へ行った。


私は荷物を置いて、ハンスさんのところへ戻った。


それからだ。


宿の扉を蹴破ったら、宿の主人に。


領主の晩餐で「料理がしょっぱい」と言ったら、料理長に。


神木だと知らずに魔物の巣ごと切り倒したら、村の長老に。


謝って、弁償の相談をして、必要なら手紙を書く。


二年で、帳面が三冊になった。


表紙には「おわび帳」と書いてある。誰に、いつ、何を、いくらで。それから、その人の名前と、家族のこと。


ハンスさんの奥さんは膝が悪い。料理長は塩の産地にこだわる。長老は孫の誕生日を毎年数えている。


謝るなら、ちゃんと相手を見て謝りたかった。


それだけのことだった。


   ◇


一人になって最初に行ったのは、王都の冒険者ギルドだった。


次の仕事を探さなければならない。


受付の女性は私の名前を聞くと、眉を上げた。


「ノエさん? 勇者パーティの?」


「元、です。昨日外れました」


「あら。……じゃあ、これ、どうしましょう」


女性はカウンターの下から、紐でくくった手紙の束を出した。


「全部、あなた宛てです。勇者パーティの連絡先がここになっていて。中身は、だいたい請求書と苦情」


手紙は十四通あった。


麦畑。宿屋の扉。領主の館の窓。


全部、アルドたちの分だった。


「……私、もう係ではないので」


「そうですよね」


受付の女性は、困ったように笑った。


「でも、差出人はそれを知りませんよ」


その夜、私は安宿の机に十四通を並べた。


一通ずつ読んだ。


読みながら、いつもの癖で、返事の文面を考えていた。


この度は誠に申し訳ございません。


そこまで考えて、ペンを置いた。


違う。


私が書く手紙ではない。


私は十四通をまとめて封筒に入れ、表に勇者パーティの次の宿営地を書いた。


中には、一枚だけ紙を入れた。


『皆様宛てのお手紙です。ご自身でどうぞ。 ノエ』


謝罪の言葉を入れずに手紙を書いたのは、たぶん生まれて初めてだった。


   ◇


孤児院の院長先生は、よく言っていた。


「ごめんなさいが言える子は、どこへ行っても置いてもらえるよ」


だから私は、よく謝る子になった。


パンを落としたら謝った。雨が降っても謝った。ほかの子が皿を割ったときも、なんとなく謝った。


謝れば、置いてもらえる。


そう思っていたのに、謝りすぎて、外された。


笑える話だ。


   ◇


ギルドで仕事が見つかったのは、一週間後だった。


「苦情窓口、やってみません?」


受付の女性――リタさんという――が、そう言った。


「依頼人と冒険者の揉め事、多いんですよ。報酬が少ないとか、納屋を壊されたとか。みんな怒鳴り込んでくるから、受付が泣いちゃって」


「私、謝ることしかできませんが」


「それができる人が、いないんです」


窓口の初日、怒鳴り込んできたのは、農家のおじいさんだった。冒険者が猪を追って、柵を三間壊したという。


私は話を聞いた。最後まで聞いた。柵の長さと、木の種類と、孫が柵の修理を手伝う予定だったことまで聞いた。


それから、謝った。


冒険者を呼んで、一緒に謝らせて、修理の日取りを決めた。


おじいさんは帰りぎわ、私の手を握った。


「あんた、ちゃんと聞いてくれたね」


ありがとう、と言われた。


謝ってありがとうと言われるのは、慣れていた。


けれど、その日はなぜか、帰り道で少し泣いた。


置いてもらうためではなく、ちゃんと役に立った気がした。


   ◇


アルドがギルドに来たのは、ひと月後だった。


窓口の前に、一人で立っていた。鎧が少し汚れていた。


「ノエ」


「いらっしゃいませ。ご用件は」


「……戻ってきてくれ」


アルドは声を落とした。


「グラーフ公爵が、領地を通してくれない。魔王軍の前線に行くには、あそこを抜けるしかないのに」


グラーフ公爵。


晩餐で料理長の料理をしょっぱいと言った、あの館の主だ。


「お前が書いてた詫び状、公爵はずっと読んでたらしい。それが急に来なくなったって。そしたら今度は、俺が送り返した請求書の束が届いて」


「送り返したんですか」


「……読む暇がなかったんだよ」


「それで、公爵は」


「『勇者殿は、謝罪の仕方も忘れたらしい』って」


アルドはカウンターに両手をついた。


「頼む。一緒に来て、謝ってくれ。お前ならうまくやれる」


私は、帳面を見た。


窓口の机の上の、今日の苦情の帳面だ。


それから、首を横に振った。


「行きません」


「なんでだよ」


「謝るのは、悪いことをした人です」


アルドの顔が、こわばった。


「私は二年間、アルドさんの分を謝ってきました。でもそれは、アルドさんが謝ったことにはなっていなかったんです。公爵様は、ちゃんと分かっていらっしゃったんだと思います」


窓口の後ろで、リタさんが手を止めているのが分かった。


「……じゃあ、どうしろって言うんだ」


私は鞄から、三冊の帳面を出した。


「おわび帳」の、全部だ。


「これを差し上げます」


アルドは、帳面を開いた。


『ハンスさん 麦畑 半分。奥様の膝が悪い。収穫期は人手が足りない』


『宿屋「金の雄牛」 扉 一枚。ご主人は蝶番にうるさい』


『グラーフ公爵家 料理長ゲルトさん。塩は東の岩塩しか使わない。晩餐は彼の三十年目の献立だった』


アルドは、ページをめくった。めくって、めくって、止まった。


「……これ、全部、覚えてたのか」


「覚えていたのではなくて、聞いたんです」


アルドは長いこと黙っていた。


それから帳面を閉じて、脇に抱えた。


「料理長の名前、ゲルトでいいんだな」


「はい。岩塩のことは、ご本人から言わせてあげてください。好きなんです、その話」


アルドは何か言いかけて、やめて、ギルドを出ていった。


一人で。


   ◇


ここから先は、ギルドの私宛てに届いた手紙で知った。


今度は、請求書ではなかった。


アルドはまず、グラーフ公爵の館に行った。


謁見ではなく、厨房の裏口に。


料理長のゲルトさんに会って、頭を下げた。下げ方が分からなくて、深すぎて、鍋に額をぶつけたらしい。


ゲルトさんは笑って、それから岩塩の話を一時間した。


公爵は、その話を厨房の外で聞いていたそうだ。


領地の通行許可は、その日のうちに出た。


アルドはそのあと、帳面のページを順番に回った。


麦畑ではハンスさんの収穫を三日手伝った。宿屋では蝶番を自分で直した。直し方がまずくて、主人にやり直された。


神木の村では、長老の孫の誕生日に間に合った。


二十七人。


アルドは、全員に自分で謝った。


   ◇


アルドがもう一度ギルドに来たのは、魔王軍との戦いが終わった秋だった。


鎧はぼろぼろで、左腕に包帯を巻いていた。


窓口の前に立って、帳面を三冊、カウンターに置いた。


全部のページの端に、小さな印がついていた。


「返しに来た」


「わざわざ、ありがとうございます」


「それと」


アルドは、まっすぐ立った。


それから、頭を下げた。


鍋にぶつけるほどではない、ちょうどいい深さだった。


「ノエ。悪かった」


私は、声が出なかった。


「お前は謝ってばかりだって、俺は言った。違った。あれは全部、俺の分だった。二年分、お前に謝らせてた」


ギルドの中が、静かになった。


私は口を開いて、閉じた。


謝られたことが、なかった。


孤児院でも、パーティでも、窓口でも。謝るのはいつも私で、謝られるのは、いつも誰かだった。


こういうとき、何と言えばいいのか、知らなかった。


「……あの」


「おう」


「こういうとき、なんて言うんでしたっけ」


アルドは顔を上げて、ぽかんとした。


それから、少しだけ笑った。


「許す、でいいんじゃないか。たぶん」


許す。


口の中で、一度だけ転がしてみた。


慣れない形をしていた。


「許します」


言ってみたら、思っていたより、ずっと軽かった。


アルドは、もう一度頭を下げた。今度は短く。


「戻ってくれとは、もう言わない。お前、ここのほうが向いてる」


「はい。私も、そう思います」


アルドが帰ったあと、リタさんが窓口の横に来た。


「ノエさん、今の、勇者様よね」


「はい」


「勇者様に謝られる人、初めて見たわ」


「私もです」


リタさんは笑って、それから、ふと気づいたように言った。


「そういえばノエさん、今日、まだ一回も謝ってないわね」


言われてみれば、そうだった。


「すみません」


と言いかけて、私は口を押さえた。


リタさんが吹き出した。


私も、少し笑った。


窓口の外では、次の苦情の人が、もう列に並んでいた。


   ◇


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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