『横ならび』
その共同住宅には、妙な序列があった。
全員、ただの「店子」「賃借人」だ。
なのに、古株たちは新人が入ってくると、なぜか急に胸を張った。
「ここ、もう何年いるの?」
新人が尋ねられる。
「まだ入ったばかりで、三か月です」
すると古株は、ふっと鼻で笑う。
「そう。じゃあ、まだ何も分からないね」
まるで入居三か月と十年では、人間としての格まで違うかのようだった。
ある日、新人の佐藤さんが、共用スペースに置いてあった「共用」の備品を使った。
すると、すぐに古株の一人が飛んできた。
「それ、勝手に使わないほうがいいよ」
「え? 共用って書いてありますけど……」
「そうなんだけど、ここでは昔からそういうルールだから」
佐藤さんは首をかしげた。
「そのルールって、どこかに書いてあります?」
「書いてないけど、みんな知ってるから」
――出た。
古株だけが知っている謎ルール。
正式な規約より強い。
法律でもない。
契約書にもない。
ただ、古株たちの頭の中にだけ存在する。
そして新人が少しでも知らないことをすると、
「そんなことも知らないの?」
と笑われる。
しかし、不思議なことに。
その古株たちは、大家さんの前では驚くほど腰が低い。
「いつもお世話になっております!」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
「今後ともよろしくお願いいたします!」
さっきまで新人を威圧していた人とは思えない。
新人たちは、その光景を見て気づいた。
なるほど。
この人たちは、偉いんじゃない。
ただ、
店子歴が長いだけだ。
ある日、ついに新人の一人が聞いた。
「すみません。先輩って、ここで何か役職でもされてるんですか?」
古株は誇らしげに答えた。
「いや、特には」
「じゃあ、大家さんの親族とか?」
「違うけど」
「管理会社の方?」
「違うよ」
新人は少し考えてから、にっこり笑った。
「じゃあ、同じ店子ですね」
沈黙。
古株の顔から、ゆっくり笑顔が消えた。
「……まあ、そうだけど」
「ですよね」
新人はペコッと頭を下げた。
「じゃあ、これからもよろしくお願いします。店子同士で」
その瞬間。
建物内に、何とも言えない空気が流れた。
それ以来、古株たちの「先輩風」は少しずつ弱くなった。
というより――
吹かせても誰も涼しくはならないことに、ようやく気づいたらしい。
結局のところ、
十年住んでいようが、
一か月しか住んでいなかろうが、
家賃を払っている立場は同じ。
店子歴は、
肩書きではない。
ただの経過時間である。
そして新人たちは今日も思う。
「先輩って……何の先輩なんだろうか?」
答えは簡単だった。
ただの、先に入った店子、賃借人。
それ以上でも、それ以下でもない。
なのに本人たちは、今日も新人の前で胸を張っている。
まるで、
「私はここに、あなたより十年長くいるのよ」
とでも誇らしげに言っているかのように。




