本の世界の中の女
なんということもない、短篇です。
あるところに、本の世界がありました。
その世界では本のとおりに物事が繰り広げられます。
人々は読まれる本のとおりの行動をし、言葉を口にします。
「通りに面した喫茶店では、壮年の男性が読書をしながら座っている」
という一文が読まれれば、壮年の男性が喫茶店で座って読書をします。
そのシーンが何度も、何人にも読まれれば、その男性はずっと読書をし続けます。
しかしその男性には名前も顔も、体格も決まりはないので、壮年の男性であれば役割を代わってもらうことができました。
つまり、本を読むのに飽きたら代わってもらうことのできる、比較的楽な役割です。
それに対し、名前も顔も体格も決まっており、役割を代わってもらうことのできない女がいました。
女の役割は、過酷で救いのないものでした。
また一度、本のとおりをすべて終えた女は、永遠に繰り返される理不尽に憔悴し切っていました。
心が辛いのも身体が痛いのも、うんざりでした。
この世界から抜け出して、自由になりたい。
女はまた新たに本が読まれるまでの間に、ありとあらゆるものに祈り、願い続けました。
すると、願いを聞いた気まぐれな本の神様が現れて、慈悲を与え本の結末を変えてくれると言いました。
女が登場する本の、女にとっては救いのないラストシーンのその先、空からは光のはしごが降り、紙吹雪が舞い、神に祝福された女は天に昇ります。
そして波打つ紙面から抜け出し、本の世界から解き放たれて自由になれるというのです。
またひととおりの役割を終えた女は一人、解放される喜びを噛み締め涙しながらゆっくりと紙面に近付き、微笑んでいました。
このお話はここまでです。
私はタブレットの画面を消灯します。
果たして、紙の本として流通していないこの本の世界の女は、救われたのでしょうか。




