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小料理屋の女将です。〜はんなり初恋リターンズ〜

作者: ピアニスト
掲載日:2025/12/31

え〜、第2作です。

相変わらず箸づかいがアレな女将です。


さてどこへ行くのでしょう。

大晦日の京都は、音が柔らかい。

 遠くで鳴る除夜の鐘も、白い息も、鴨川を渡る風さえ、どこか角が取れている。


「おおきに、今年もお世話になりましたえ」


 小料理屋「紫野庵」の女将・お千代は、いつものように暖簾の奥で頭を下げた。

 着物の襟元はきちんと整い、言葉遣いも所作も、誰がどう見ても“京都のええ女将”や。


 ――ただし、箸使いだけは、どうにもならへん。


 今夜も小鉢の黒豆を前に、箸がぎこちなく動く。

 にぎり箸気味に力が入り、豆をつまもうとしては逃げられ、迷い箸で宙を彷徨う。


(あかん……また見られたら、恥ずかしおす)


 客の前では決して箸を持たへん。

 料理はすべて出す側。食べるのは裏で、こっそり。

 それが女将としての、最後の矜持やった。


「……変わらへんね、お千代」


 その声に、胸がきゅっと縮む。


 振り向くと、そこに立っていたのは、年越し蕎麦を頼みに来た一人の男。

 紺のコート、少し伸びた前髪。

 ――初恋の人、修二やった。


「ひ、久しぶりやね……修二くん」


「京都戻ってきてん。年の瀬ぐらい、ここで食べたなって」


 学生の頃、河原町の定食屋で並んで飯を食べた。

 あの頃から、お千代は箸が下手やった。


「また、そんな持ち方して」


 そう言うて、修二は笑いながら、お千代の指をそっと直した。

 その距離が、妙に近うて、胸が熱うなった。


 ――あの時、恥ずかしさで顔が赤うなって、

 ――「女将になるんやったら、あかんやろ」って言われた。


 それが、別れの始まりやった。


「……うちはな、いまだに、治らへんの」


 年越し蕎麦を出したあと、裏で二人、向かい合う。

 お千代は箸を持ち、ぎこちなく蕎麦を持ち上げる。

 汁が少し跳ね、食べ方は決して美しない。


「女将やのに、情けないやろ」


「情けのうなんか、ない」


 修二は、静かに言うた。


「うまい料理作れて、人に気ぃ遣えて、あったこうて。

 箸ぐらい、下手でもええやん」


 その言葉が、胸の奥に、すとんと落ちた。


 除夜の鐘が鳴る。

 年が、変わる。


「あけましておめでとうさん」


「……おめでとう」


 初恋は、甘酸っぱくて、未熟で、

 箸みたいに、思うようにいかへん。


 けど。


 正しさよりも、不器用さごと抱えてくれる人がいるなら。

 それはもう、十分すぎるほどの“ご馳走”やった。


 お千代は今日も、はんなり笑う。

 箸は相変わらず下手くそやけど、

 心は、誰よりも丁寧やった。

この二人を見守っていただければ幸いです。

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