小料理屋の女将です。〜はんなり初恋リターンズ〜
え〜、第2作です。
相変わらず箸づかいがアレな女将です。
さてどこへ行くのでしょう。
大晦日の京都は、音が柔らかい。
遠くで鳴る除夜の鐘も、白い息も、鴨川を渡る風さえ、どこか角が取れている。
「おおきに、今年もお世話になりましたえ」
小料理屋「紫野庵」の女将・お千代は、いつものように暖簾の奥で頭を下げた。
着物の襟元はきちんと整い、言葉遣いも所作も、誰がどう見ても“京都のええ女将”や。
――ただし、箸使いだけは、どうにもならへん。
今夜も小鉢の黒豆を前に、箸がぎこちなく動く。
にぎり箸気味に力が入り、豆をつまもうとしては逃げられ、迷い箸で宙を彷徨う。
(あかん……また見られたら、恥ずかしおす)
客の前では決して箸を持たへん。
料理はすべて出す側。食べるのは裏で、こっそり。
それが女将としての、最後の矜持やった。
「……変わらへんね、お千代」
その声に、胸がきゅっと縮む。
振り向くと、そこに立っていたのは、年越し蕎麦を頼みに来た一人の男。
紺のコート、少し伸びた前髪。
――初恋の人、修二やった。
「ひ、久しぶりやね……修二くん」
「京都戻ってきてん。年の瀬ぐらい、ここで食べたなって」
学生の頃、河原町の定食屋で並んで飯を食べた。
あの頃から、お千代は箸が下手やった。
「また、そんな持ち方して」
そう言うて、修二は笑いながら、お千代の指をそっと直した。
その距離が、妙に近うて、胸が熱うなった。
――あの時、恥ずかしさで顔が赤うなって、
――「女将になるんやったら、あかんやろ」って言われた。
それが、別れの始まりやった。
「……うちはな、いまだに、治らへんの」
年越し蕎麦を出したあと、裏で二人、向かい合う。
お千代は箸を持ち、ぎこちなく蕎麦を持ち上げる。
汁が少し跳ね、食べ方は決して美しない。
「女将やのに、情けないやろ」
「情けのうなんか、ない」
修二は、静かに言うた。
「うまい料理作れて、人に気ぃ遣えて、あったこうて。
箸ぐらい、下手でもええやん」
その言葉が、胸の奥に、すとんと落ちた。
除夜の鐘が鳴る。
年が、変わる。
「あけましておめでとうさん」
「……おめでとう」
初恋は、甘酸っぱくて、未熟で、
箸みたいに、思うようにいかへん。
けど。
正しさよりも、不器用さごと抱えてくれる人がいるなら。
それはもう、十分すぎるほどの“ご馳走”やった。
お千代は今日も、はんなり笑う。
箸は相変わらず下手くそやけど、
心は、誰よりも丁寧やった。
この二人を見守っていただければ幸いです。




