4.基地の町の不穏な空気
その日、憲一はいつものように基地の周囲を軽バンで流していた。普段と変わらないはずの道なのに、今日はどこか空気が張り詰めている。いつもはたまにしか見かけない日本のパトカーが、数分おきに、決まったルートを周回しているのだ。施設警備の車両も、いつもよりペースを上げて走っているように見える。
「なんだ、今日は」
憲一は独りごちた。ただの警戒強化にしては物々しい。基地のゲート前を通り過ぎる時、兵士たちの顔にも、いつも以上の緊張感が漂っているのが見て取れた。これは、ただの日常のトラブルが起こった時の雰囲気とは明らかに違う。
しばらくすると、遥か頭上から、腹に響くようなエンジンの低音が聞こえてきた。それは、この町の住民がよく耳にする、在日米軍機のものではない。もっと大きく、もっと重々しい。
憲一は車を路肩に寄せ、空を見上げた。厚い雲の切れ間から、巨大な輸送機がゆっくりと、しかし確かな存在感をもって降下してくるのが見えた。普段見慣れたC-130ハーキュリーズよりも一回り大きく、シルエットも違う。あれはC-17グローブマスターIIIか、あるいはそれ以上の規模の機体かもしれない。
ただの物資輸送にしては、地上での警戒が過剰すぎる。そして、こんな時間に飛んでくるのも珍しい。憲一の頭の中で、複数の情報が結びつき始めた。
(どうやら、アメリカから**「お客さん」**がいらっしゃるようだ)
憲一は車のエンジンを切らずに、ただその輸送機が滑走路に降り立つ音を聞いていた。着陸の衝撃と、逆噴射の轟音が、基地の町全体を揺るがす。これは、彼が「掃除」してきたような取るに足らない揉め事とは、一線を画す事態だろう。もしかしたら、憲一の「掃除屋」としての仕事も、大きく変わるかもしれない。静かな日常が、音を立てて崩れていく予感がした。