2.基地の町の日常(下)
夕暮れ時、憲一は町外れの廃工場へと車を走らせた。最後の「仕事」だ。近所のパトカーが数台、規制線を張っている。廃工場の敷地内には、手製の**ロケットランチャーのようなもの**が転がっていた。それは、かつて米軍施設への反対運動で名を馳せた、すっかり老人会と化した元活動家たちが、寂れたプライドをかけて打ち上げたものだった。もちろん、狙いは施設だったが、彼らの技術力と老齢の衰えは、ロケット弾を施設の敷地の、申し訳程度に穴を開けただけに終わっていた。
「憲一さん、今回はさすがに面倒ですよ」
現場の指揮を執る警察官が、呆れたように憲一に話しかける。彼は憲一が何者かを知っている。
「いやいや、これはただの不法投棄ですよ。老人が悪ふざけで出した粗大ゴミ。それを我々が回収するんです」
憲一は涼しい顔で答える。警察官は苦笑いを浮かべながら、老人の体調不良による通報があったことにして、老人たちを病院へ送る手配をした。憲一は、ロケットランチャーの残骸を黙々と回収し、念入りに証拠を消していく。彼らのロケット弾が施設に届くことはなかったし、大した被害も出ていない。これを大々的に報道すれば、また世間が騒ぐだけだ。こんな「ショボい」事件は、揉み消すのが一番平和的な解決策なのだ。
憲一が全ての「掃除」を終え、軽バンを走らせる頃には、空はすっかり紺色に染まっていた。基地の町で育ち、たまたま幼馴染がエージェントだった。その「たまたま」が、彼を今日の「掃除屋」にした。彼は今日も、誰にも知られることなく、町の均衡を保っていた。