15.焦燥と沈黙
予定されていた時間を過ぎても、ユミからの連絡は途絶えたままだった。憲一の心臓は、重く不規則な鼓動を刻んでいた。軽バンの運転席に座り、憲一は仕事用のスマートフォンを何度も確認するが、画面は沈黙を守っている。
(まさか……)
憲一の脳裏に最悪のシナリオがよぎる。あのマイクが途絶えた時点で、嫌な予感はしていたが、まさかここまで早くユミが囚われるとは。人知れず、彼は冷たい汗をかいていた。
高橋実咲:神頼みの聖書
シェルターの部屋で、高橋実咲となったユミは、時間だけが過ぎていくことに苛立ちを感じていた。部屋にはテレビだけがあり、娯楽といえばそれだけだった。しかし、スマホやネットが当たり前の世代であるユミにとって、一方的に流れる情報だけのテレビは退屈でしかなかった。外の様子も分からず、誰とも連絡が取れない状況に、彼女の焦燥感は募るばかりだ。
日が暮れて夕刻、夕食が運ばれてきたタイミングで、ユミは職員に意を決して声をかけた。
「あの、すみません。スマホの差し入れはできないでしょうか? 家族に、無事だって連絡したいんです」
職員は、冷たい目でユミを一瞥した。「差し入れは、規則で禁じられています。高橋さんは、ご自身の置かれた立場を理解してください」。その言葉には、一切の情はなかった。
ユミの焦りは頂点に達した。こんな時、誰か助けてくれる人はいないのか。信心深いわけでもないのに、思わず心の中で神に助けを求める。
(神様……憲一さん……誰でもいいから……!)
その様子を冷めた目で見つめていた職員は、フッと鼻で笑った。そして、手に持っていた一冊の本を、無造作にユミの前に放り投げた。
「あんたには、これがお似合いだろう?」
床に落ちたのは、憲一が「困った時に開くといい」と言って渡してくれた、あの**聖書**だった。ユミは震える手でそれを拾い上げた。これが、憲一との唯一の繋がり。そして、この聖書の中に、希望が隠されていることを、彼女はまだ知らない。




