12.潜入、そして沈黙
憲一は、高橋実咲となった田中ユミを、危険な組織のビルへと送り出した。表向きは、ユミに単独で行動するように言い含めたが、実際は気が気ではなかった。彼は、ユミがビルに近づくのを、少し離れた場所から隠れて見守っていた。
「何かあったら、すぐに連絡しろ。無理はするな」
憲一は、出発前にユミにそう言い聞かせた。そして、彼女の手に一冊の**聖書**を握らせた。「困った時に開くといい。心の支えになる」。ユミは不思議そうな顔をしたが、言われるがままにそれを受け取った。しかし、その聖書の背表紙には、憲一が密かに仕込んだ**超小型ドローン**が隠されていた。万が一の事態に備え、内部の様子を探るための最終手段だった。
ユミがビルの入り口をくぐり、自動ドアの向こうに消えていくのを、憲一は固唾を飲んで見守った。彼女が建物の中に入ると同時に、憲一が密かに持たせた**マイクからの音声が、プツリと途絶えた**。
「……っ!」
憲一は、思わず息を呑んだ。これは、彼らが徹底した**防諜対策**を施している証拠だ。電波遮断か、あるいは高性能なノイズキャンセリングか。いずれにせよ、内部の状況は、もはや外部からは窺い知れない。
憲一の額に、冷たい汗が滲んだ。彼は人知れず、深い緊張に包まれていた。ユミの安全、そして彼女が持ち帰る情報が、これからの「掃除」の行方を左右する。彼は、軽バンの運転席に座り、ただひたすら、ユミからの連絡を待つしかなかった。基地の不穏な空気、某国の影、そして今、危険な組織の内部へと送り込んだ一人の女性。憲一の「掃除屋」としての仕事は、これまでになく、複雑で危険な局面を迎えていた。




