10.ユミの決意
田中ユミは深く迷った。憲一の語る真実、彼の過去、そして彼の「掃除屋」としての裏の顔。どれもが、彼女がこれまで生きてきた世界にはないものだった。憲一が示す「危険な団体」が、自分を助けてくれるように見えたのは、彼らの巧妙な手口だったのか。
しかし、米軍を恨んでいないかと問われれば、嘘になる。無責任な行動で彼女を傷つけた兵士、そして何の責任も取ろうとしない基地への複雑な感情は、確かにユミの心の中に渦巻いていた。だからこそ、あの団体が差し伸べた手は、救いのように思えたのだ。
だが、憲一の言葉が彼女の心に響いた。特に、彼の生い立ちと、母への愛情、そして、彼が今もこの町でバランスを保とうとしているという話。そして、ユミの脳裏に浮かんだのは、自分のお腹に宿る、**アメリカ人の血を引く子ども**のことだった。
この子は、成長して、基地を憎む人々の声を聞くことになるのだろうか? 自分の母親が、かつて自分を捨てた父親の国を敵視する運動に加わっていたと知ったら、どんな顔をするだろう? 何よりも、この子が、今目の前にいる憲一のように、自分を、そしてこの子の命を、心から愛してくれるだろうか?
ユミは、憲一の言葉の裏にある、彼自身の葛藤と、それでもこの町の平和を守ろうとする彼の覚悟を感じ取っていた。そして、その覚悟の中に、自分とお腹の子どもを守ろうとする温かい意志があることに気づいた。
ユミはゆっくりと顔を上げた。迷いは、もう彼女の表情にはなかった。瞳には、新たな決意の光が宿っている。
「憲一さん……私、**協力します**」
彼女の言葉は、静かでありながら、確かな響きを持っていた。ユミの心は、もうあの団体の方向ではなく、憲一のいる方へと向かっていた。それは、恐怖や義務感からではなく、自分とお腹の子の未来を、この目の前の男に託したいという、純粋な願いだった。




