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1.基地の町の日常(上)

憲一は、今日も朝から気だるい太陽の下、基地のフェンス沿いを走る。彼が乗るくたびれた軽バンは、一見するとただの清掃業者の車両だ。実際、積んである洗剤やモップ、ちり取りは本物だし、日によっては本当に落ち葉を掃いたり、ゴミを片付けたりもする。だが、その本当の「掃除」は、もっと泥臭く、もっと人目につかない場所で行われる。ここは、西多摩の、広大な米軍施設を抱える町。異国の空気と日本の日常が混じり合う、独特の場所だ。


最初の依頼は、いつものように施設内の交通課からの連絡だった。施設を囲む道路から少し入った、静かな住宅街での**接触事故**。運転していたのは、まだあどけなさが残る空軍のルーキーと、近所の「いずみストア」から出てきたばかりの老夫婦。幸い、怪我は双方とも軽微だったが、問題は兵士の飲酒運転だった。とは言え、アルコール検知器は基準値以下。だが、施設関係者が絡む事故は、それだけで大事になる。


「憲一さん、頼みますよ。また面倒なことにしたくないんです」


無線越しに聞こえる声は、もう何度この台詞を聞いただろうか、というくらい聞き慣れたものだ。憲一は現場に到着すると、まず老夫婦に深々と頭を下げた。手土産の菓子折りと、穏やかな口調で事故の状況を確認し、施設側が全面的に非を認め、修理費用はもちろん、慰謝料も十分に支払うことを約束する。若い兵士には、後で本国送還されるかもしれないという恐怖をちらつかせながら、絶対に口外しないよう念を押す。最終的に、老夫婦は菓子折りを受け取り、穏やかな顔で示談に応じた。憲一の「掃除」は、これで半分終わったようなものだった。残りの半分は、兵士の記録から飲酒の事実を消し去り、事故報告書を「居眠り運転による接触」に書き換えることだ。


昼食は施設近くのコンビニで弁当を済ませ、午後の「仕事」に取り掛かる。今度は町中の歓楽街、横田通り沿いのバーで起きた**メンヘラ女子とのトラブル**だった。施設を抜け出して遊びに来ていた若い兵士が、派手に飲みすぎた挙句、知り合ったばかりの日本人女性と口論になり、警察沙汰になりかけたという。女性はリストカットの痕があるようなタイプで、感情的になると手に負えない。兵士の方は泣きながら「彼女が突然ヒステリックになって、僕が悪くないのに」と喚いていた。


憲一は、まず兵士を落ち着かせ、女性の友人から連絡先を聞き出す。翌日、女性の家を訪ねた憲一は、彼女が鬱病で通院していることを知る。兵士が暴力を振るったわけではないが、彼女の精神状態を鑑み、憲一は冷静に言葉を選んだ。「彼も反省しています。もしよろしければ、今回のことはなかったことにしませんか? 慰謝料として、あなたの治療費も含めてお支払いいたします。もちろん、彼も二度とあなたの前に現れることはありません」。女性はしばらく迷った後、無言で頷いた。憲一は、後日、約束通りの金額を振り込み、兵士には二度とあの店には近づくなと厳重に言い渡した。これもまた、日常の「掃除」だった。



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