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13.理域戦・前編

鐘の音が遠ざかる。

足元の星辰紋が淡い銀の光を放ち、七つの回廊が緩やかに脈動を始めていた。


(……ここからが本当の試験なんだ。)


理核石が、掌の中でひどく冷たかった。

さっきまで確かに温もりを帯びていたのに、今はもう何も感情を返さない。ただの理の結晶――そう思い込もうとしたけれど、胸の奥のどこかで、別の確信が揺れていた。


(…これは、僕自身の一部だ。)


「配置につけ!」


教官の声が高く響く。

霧の向こうで、他の生徒たちがそれぞれ選んだ道へと散っていくのが見えた。


僕は深呼吸してから、すでに決めていた銀の潮流――星辰理の回廊の更に奥に進んだ。


ひやりとした理の圧が足先から伝わる。

理核石が共鳴するように脈を打ち、何かを試すように胸の奥を探ってくる。

一歩進むごとに、空気の密度が変わる。

霧が濃くなり、視界がじわりと白く滲んでいく。


どこかで、別の潮流を選んだイグニスの影が見えた気がした。

でもすぐに霞の向こうへ消える。

彼は蒼白の理を選んだのだろう。

それが青炎に最も近い潮流だから。


(……イグニス。)


声をかけることはしなかった。

お互いに、もう言葉はいらないと分かっていた。


星辰理の潮流は、理域戦の中でも最も穏やかで、それでいてもっとも冷酷だと聞いていた。

理を支配する意思を試す回廊――ただ力が強ければいいわけではない。


掌の理核石を強く握り直した。

微かな脈動が指先に伝わる。

(目立たないように……でも、恐れないように。)


そう思いながら、霧の奥へ一歩ずつ踏み出した。


七つの道は最奥で繋がっている――それだけは知っていた。

つまり、いずれどこかで誰かと出会う。

理核石を巡る争いは、その最奥の「理環区画」で始まる。


(……そこで、どう動くか。)


僕はまた息を吸った。

肺の奥まで冷たい霧が染み込んでくる。

足音はほとんど響かない。

霧がすべてを吸い込み、静寂だけが深くなる。


星辰理の潮流は、時折小さな光を生む。

霧の中で白い閃光が瞬き、そのたびに理核石が微かに震えた。


(これが、星の理……。)


足元の紋章が波紋のように広がる。

その中心に、理核石を置く台座があった。

だが、理域戦はただそこへ行けば終わるものではない。


保持戦――

理核石を定められた時間、他者から奪われず維持する。

そして理の潮流に共鳴し、安定度を高める。

記録されるのは保持時間だけではない。

理の暴走を抑える力、共鳴度、周囲への影響――

全てが得点に換算される。


(だから、目立ちすぎるわけにはいかない。)


特別でありながら、特別だと知られないように振る舞う。

子供じみた矛盾かもしれない。

それでも僕は、まだこの学院で「ただの生徒」でいたかった。


ゆっくりと理の回廊を進む。

淡い霧の奥に、別の足音が近づいてくるのが分かった。


(……来た。)


細い影が一つ、霧の中から現れる。

背はあまり高くない。

顔立ちは幼いが、その眼は鋭く光っていた。


「君もここを選んだのか。」


互いに名乗るほどの余裕はない。

ただ視線が交わるだけで、これから何が始まるかは分かる。


この理域戦においては、同じ回廊を選んだ者同士がまず初めに争う。

ここで一定時間理核石を保持し、共鳴を進めなければ先に進めない。


(……やるしかない。)


僕は理核石を胸元に構えた。

相手も同じ動きをする。


教官たちの言葉が頭をよぎる。

「理核石は、ただの証ではない。それ自体が理潮流を呼ぶ焦点だ。恐れれば押し潰される。」


息を吸う。

胸の奥がひりつく。


「始めよう。」


短い宣言の直後、彼が理核石を高く掲げた。

淡い藍色の光が、霧を照らす。


(……精霊理の系統か。)


光が収束し、理障壁を生む。

その向こうに立つ彼の姿が、わずかに揺れた。


僕も理核石を握りしめる。

白銀の光が一閃し、薄い結界が形を成した。


(目立ちすぎない。必要以上に力を出さない。)


それだけを心に据え、僕は一歩踏み込んだ。


短く詠唱を唱える。

星辰理の潮流が、理核石を通じて掌に集まる。


結界の表層を、銀の紋が淡く走る。


相手は理障壁をさらに強化しようとした。

だが、その理の律動がわずかに乱れるのが分かった。


(……まだ安定しないんだ。)


その隙を衝く。


理核石を胸に、手を翳す。

星辰理の流れを一度だけ強く引き込んだ。


(これで――。)


薄い藍色の理障壁がひび割れる。


短い衝撃音。

光が散り、相手は息を呑むように後退した。


「……っ!」


僕はすぐに結界を解いた。

追撃はしない。

これ以上は必要ない。


相手はしばらく立ち尽くし、それから深く息を吐いた。


「……理潮流の制御、上手いな。」


低い声だった。

誉め言葉とも、敗北の呟きともつかない響き。


「ありがとう。」


それだけ答え、僕は理核石を胸に戻した。


相手が去るのを待つ。

霧がまた視界を覆い、その姿を消していった。

足音だけが霧に沈んでいく。

理潮流は、さっきよりもさらに深く脈動していた。

戦った直後の胸の奥は熱を持っていたけれど、まだ全てを出し切ったわけではない。

むしろ、これからが本当の試練だと理核石が告げるように微かに震えていた。


遠くで鐘の音がひとつだけ鳴った。

それは残り時間の合図ではない。

理域戦が正式に進行中であることを告げる、経過の鐘。


(……まだ、始まったばかりだ。)


足音が近づく。


霧の奥から、二人の影が現れた。

背の高い少年と、細身の少女。

理核石を掲げ、こちらを見据える眼差しには決意だけがあった。


「先客がいるな。」


背の高い少年が小さく呟く。


彼らは声を合わせることもなく、理核石を構える。

霧がざわりと揺れ、回廊全体に緊張が走る。


一瞬の静寂のあと、先に動いたのは背の高い少年だった。


「行くぞ。」


言葉と同時に、深い青の光が理核石からほとばしる。

足元の紋章に水の紋が広がり、霧が波紋のように押し寄せる。


(……水理。)


足を取られる。

理障壁を張るより速く、身体の動きを鈍らせる冷気が足元に絡む。


「遅い!」


少女が叫ぶ。

緑の光が彼女の理核石を覆い、勢いを増した霧が鞭のように伸びてきた。


すかさず理核石を胸に掲げる。

星辰理の潮流が、脊髄を通って全身に行き渡る。


「……!」


白銀の光が、霧を割るように拡がった。


水の波紋と緑の蔓が衝突し、霧が吹き飛ぶ。

目の前に現れた二人の表情が一瞬驚愕に染まる。


「お前……!」


少年が低く声を漏らす。

だが、ためらいも疑念も一息で吹き飛ぶ。


再び二人が理核石を高く掲げる。

水と緑の紋章が足元に展開し、同時に奔流が走る。


視界が波立つ。


(まともに受けたら結界が持たない。)


理核石を握りしめ、霧の奥へ踏み込む。

目立たず、だが確実に攻める。


一歩、さらに一歩。


足元に広がる水の紋章が、靴底を凍てつかせる。

次の瞬間、少女の蔓が螺旋を描いて襲いかかる。


「……!」


咄嗟に身体をひねり、肩を掠める。

冷たい感触が袖を裂く。


「まだだ。」


低く声を吐き、理核石を胸に掲げる。

星辰理が瞬間、脈打った。


霧の中に複雑な紋章が輝く。


「何っ――」


少女が声を上げる。


理の律動を極限まで抑制し、結界の形を変える。

白銀の光が刃のように弧を描き、襲い来る水の波紋を貫いた。


氷の床が割れ、冷気が霧とともに散る。


同時に、蔓の一撃を正面から受け止める。

白銀の結界が火花のようにきしんだ。


(……あと一押し。)


結界を展開しきらず、寸前で止める。

星辰理の潮流は、抑えたままでも充分に制御できる。


「くっ……!」


少年が一歩退く。

少女が焦れた声をあげる。


「これ以上は――」


「止めるな。」


「えっ――」


「ここまで来て退くな!」


少年の声に、少女が震えた。

だが次の瞬間、その瞳に覚悟の色が戻る。


「……分かってる!」


二人の理核石が同時に強い光を放った。


(――来る。)


強烈な圧力。

霧が爆ぜる。


星辰理の紋章を理核石に結び、結界を再形成する。

今度は攻勢に転じる。


銀の潮流が、二人の理障壁に突き刺さる。

水の紋が砕け、緑の蔓が震える。


「負けねぇ!」


少年の水理が反撃に転じ、足元を一瞬で凍らせる。

重心が崩れる。


(――いい。)


息を吐く。


これ以上は制御を外す。

力の底を隠したまま、確実に決める。


理核石が白銀に脈打つ。


「……!」


踏み込む。


星辰理の潮流が、瞬時に霧を切り裂いた。

結界が輝き、二人の理障壁を同時に弾く。


衝撃が一拍遅れて響く。


光が散る。

理障壁が割れ、二人が息を呑む。


結界を解いた。


霧の奥で、少年が肩を揺らす。

少女は悔しげに唇を噛んでいた。


「……強いな。」


短い言葉だった。


「でも、そんな簡単に負けられない。」


少女が低く言う。

震える声の奥に、火のような意志があった。


(そうだ。)


理核石を胸に戻す。


戦いは続く。

勝敗はまだ決まらない。


息を整え、一歩前へ出る。


霧が再び立ち込めた。

霧の奥に立つ二人の影は、まだ視線を外さない。

息を整えながら、理核石をそっと胸に当てる。


気息が白く揺れるたび、結晶が淡く光を返した。

足元の霧がわずかに波立つ。


少年が一歩踏み込み、右手を広げる。

水理の波紋が幾重にも折り重なって床を覆った。


その上から、少女の蔓が弧を描いて迫る。

二重の攻撃。

回避する余地は、ほとんどない。


(……来る。)


理核石を握り、意識を一点に絞った。

星辰理の潮流が、胸の鼓動と重なる。


短く詠唱を唱える。

白銀の障壁が霧を割り、襲いかかる波と蔓を受け止めた。


冷気が結界の外で霧散する。

同時に、蔓が障壁に絡まり、ひびを生む。


「僕も負けられないんだ。」


声に出すことで、迷いを振り払った。


理核石を翳し、星辰理をさらに呼び込む。

ひび割れた障壁に銀の紋が走り、再び光が満ちる。


霧の中、二人の理の気配がさらに強くなる。

この攻防は、簡単には終わらないと分かっていた。


(けれど、ここで退くつもりはない。)


短く息を吐いた。


視界の白が、ひときわ強く脈動した。

蔓が再び伸びる。今度はさっきより速い。

動きを止めるための重さと、恐怖の圧を乗せた攻撃だとわかった。


(このままだと押し負ける。)


一瞬の判断で理核石を胸元に引き寄せる。

星辰理を引き込むのではなく、あえて最小限の共鳴でとどめた。


余計な光を放たず、存在感を薄くする。

敵が目立つ力に意識を向けているうちに、自分を見失うように。


「……何?」


蔓の動きがわずかに鈍った。

その隙に、もう一歩後ろへ退く。


霧が足元を撫でる。

冷たい理潮流が視界を包み込むように広がった。


気づけば二人の影が立ち止まっていた。

攻撃の気配は消えていないが、躊躇が混じっている。


「君……さっきと力の気配が……」


言いかけた少年に答えず、ただ理核石を胸に当てる。


(必要以上に戦う理由はない。)


この戦いは勝ちを誇るためではない。

理を支配する誇示でもない。

ただ――この場を進むためだけに在る。


理障壁をゆっくり解きながら、視線を下げる。

霧の粒が肌に触れ、淡く溶けていく感触がした。


「……撤退する。」


少年が短く告げた。

少女も無言で理核石を収める。


霧の奥へと歩き去る影を、見送った。


心臓がまだ速く打っていた。

けれど、これ以上力を晒す必要はなかった。


「――はぁ。」


ひとつ深い息を吐く。

視線を巡らせると、遠くにまた別の影がゆらめいていた。


(まだ、終わりじゃない。)


理域戦は続く。

静かな霧の奥に、次の試練が待っているのを感じていた。


理核石をそっと握り、僕は再び歩き出した。


星辰理の霧が薄くなるたび、別の影が次々と現れる。

誰もが理核石を手に、緊張を隠せずにいた。


(このまま、誰とも衝突せず進めたらいいのに)


そんな期待を抱いたのは、一瞬だけだった。


「どけ!」


怒号と共に霧が弾け飛ぶ。

強烈な圧が一帯を吹き抜ける。

それは理核石の波動ではない。

理そのものが渦を巻くような暴力的な気配だった。


「――ッ」


僕は反射的に理障壁を展開する。

銀の紋が胸元から広がり、霧を押し返した。


視界の先に、一人の生徒が理核石を高く掲げていた。

大柄で浅黒い肌、短く刈った黒髪。

たしか名前はライネル・ヴォルター、戦術魔術科の首席候補。


随分と苛烈さな性格のようだ。

回廊の真ん中に立ち、星辰理と精霊理の潮流を同時に引き寄せている。


「何人でも来い! 力も理も全部まとめてねじ伏せてやる!」


咆哮が霧を揺るがす。

理核石が血のように赤く輝いた。

周囲の霧が震え、別の生徒たちが悲鳴を上げて後退する。


(理暴走寸前…)


逃げる隙を探す間もなく、彼の放つ衝撃波が辺りを薙いだ。


「危ない!」


後ろにいた少女がバランスを崩し、理核石を落とす。

白い光が床を転がった。


(あのままだと巻き込まれる)


僕は理障壁を片手で強化し、もう片方で少女を支える。

その一瞬の間に、別の生徒が理核石を掴もうと駆け寄った。


「もらった!」


少女の理核石に伸ばされた手。

その瞬間ライネルの理核石がさらに膨れ上がる。


「邪魔だ!」


凄まじい衝撃波が回廊を飲み込む。

僕は少女を庇い、身を伏せた。

重い空気が頭上を擦り、障壁がひび割れる。


(このままだと全員吹き飛ばされる)


理核石を掲げ、最低限の共鳴を走らせた。

衝撃を分散し、障壁の崩壊を遅らせる。


「立てる?」


「だ、大丈夫…ありがとう」


少女は震えながらも頷く。

その隙に別の二人が理核石を拾おうと駆け寄る。

混沌は広がり、叫び声が交錯した。


(どうする)


これ以上関われば、確実に力を見せることになる。

だが目の前の理核石を放置すれば無関係の生徒が傷つく。


ライネルが一歩踏み込む。

理核石が赤黒く脈動し、霧が歪んだ。


「どけ!」


再び衝撃が走る。

二重の障壁が火花を散らす。

誰も制御できず、止めることもできない理の奔流。


(…仕方ない)


僕は一歩踏み出し、理核石を掲げた。


(これだけは譲れない)


星辰理の銀白が爆発する。

赤い霧を押し返し、割れる音が響く。

障壁が軋み、理核石が脈動を重ねた。


ライネルが唇を歪める。


「おもしれえ」


彼の瞳に理知の光が宿り、再び衝撃が奔った。


乱戦の幕が、完全に開いた。

銀と赤の潮流がぶつかり合い、星辰理の霧がまるで生き物のように渦を巻く。

理核石が心臓の鼓動に合わせて脈打つたび、胸の奥がひどく冷たくなる。


ライネルは理核石を高く掲げ、薄く笑んだ。

歯を食いしばった表情が、理を制御しきれない苛立ちと、力を行使する興奮に染まっていた。


「もっと見せろよ。お前らはその程度か?」


彼の足元に、崩れ落ちた生徒たちの理核石が転がる。

霧がそれを抱き込み、淡く光を消していく。


(このままじゃ全員が巻き込まれる)


僕は目を伏せる。

理を隠すつもりだった。

ただの生徒としてやり過ごしたかった。

でも今、目の前のこの暴走を止めなければ――。


(それに、怖がっている場合じゃない)


目の端で、先ほど助けた少女が理核石を胸に抱え、必死に耐えているのが見えた。

両手が震えていた。

けれど、立ち尽くしたまま逃げようとはしなかった。


(あの子だけじゃない)


霧の奥で理核石を抱えた生徒たちが、同じように息を殺し、立っている。

ここにいる全員が試されている。

理を恐れるか、それとも――。


「面白い顔をするな」


ライネルが声を落とした。

次の瞬間、彼の理核石が赤黒く光を増す。

一瞬、理障壁が軋む音が響いた。


(もっと力を使うしかないのか。)


膨れ上がる赤の理。

僕は足を踏み出し、両手で理核石を構えた。


霧が押し寄せ、視界が赤く塗り潰されるその直前――。


「いい加減にしろ!」


別の声が割って入った。

回廊の奥から、濃い緑の霧が波のように走る。


ライネルの理障壁に緑の光が衝突する。

爆ぜる閃光と共に、赤黒い波が少しだけ押し戻された。


「そのまま理を暴走させる気か。貴族だろうと関係ない。暴走は力を発揮してると言えない。」


声の主は長身の少年だった。

黒髪を短く刈り込み、深緑のローブを羽織っている。

見覚えがあった。

たしか、初日の入学式で最初に名前を呼ばれた――


「リオ・ヴェルネ。」


ライネルの言葉にリオは軽く頷いた。


「理核石を維持するつもりなら、最低限の制御はしろ。この組の全員を巻き込むだけだ。」


「黙れ。」


ライネルは忌々しげに唸る。


「お高くとまってても評価は上がんねぇよ!」


緑の霧が理障壁を押さえ込む。

ライネルの理核石がきしむように脈打った。


「援護する。」


ルチアの言葉に、リオがこちらを見た。


「こいつを止める気があるなら、今しかない。」


「分かった。」


一瞬だけ息を整え、理核石を握りしめる。


(隠し通すつもりだったけど…)


今はそんなことを言っていられない。


「なら、一緒に行こう」


霧の奥で、ライネルの笑みが一層歪んだ。


「いいぞ。まとめて来い!」


赤と緑が交錯する。

理障壁がきしむ音が、まるで悲鳴のようだった。


リオが低く呟く。


「合わせてくれ。」


「分かった。」


理核石を胸に掲げる。

白銀の光が、霧の中に静かに広がった。


ライネルの笑い声が、霧を震わせた。


「その光…噂通りやっぱり特別だな!」


次の瞬間、赤い潮流が牙のように迫る。


「今だ!」


リオが叫ぶ。


二つの理核石が同時に輝く。


白銀と緑の理がぶつかり合い、赤を切り裂いた。


衝撃が走る。


理障壁が崩壊する音が、耳の奥を震わせた。


そして霧の中で、赤黒い光が一気に消えた。


静寂が落ちる。


理潮流が、ゆるやかに収まっていく。


ライネルは立っていた。

荒い呼吸を繰り返しながら、理核石を見下ろす。


「……クソッ!」


言葉を吐き捨て、理核石を胸に戻す。


目が合った。

さっきの狂気は消え、ただ苦い悔しさが残っていた。


「お前ら…覚えてろ。」


そう言うと、背を向けて去っていった。


赤い霧がゆっくりと薄れる。


しばらく誰も言葉を発せずにいた。


リオが理核石を下ろし、息をついた。


「無茶をしたな。」


「……ありがとう。」


「礼を言うのはこっちだ。」


目の奥に、わずかな安堵が揺れていた。

霧の中に残った小さな光が、理核石を照らしていた。


理潮流が収まり霧が再び静寂を取り戻す。

赤黒く荒れていた理の気配は、もうどこにもなかった。


(…終わった。)


胸の奥に残る鈍い鼓動を感じながら、理核石をゆっくりと下ろした。

指先がわずかに震えている。

この場に立つ全員が、理の重みを思い知らされたのだと分かる。


リオは一歩引いて、こちらを見た。

その視線には、敵意も侮蔑もなかった。


「無駄に挑発する奴は珍しくない。だが、あそこまで暴走させるのは…やっぱり理に飲まれてるんだろうな。」


低く言葉を落とす。

彼の理核石は、まだ微かに淡緑の光を灯していた。


「理に…飲まれる。」


「あいつの力は確かに凄いけど、制御しきれない力はただの災厄だ。自覚がなきゃいつか自分を壊し、周りを巻き込む。」


リオは視線を巡らせる。

霧の奥、倒れて動けなくなった生徒たちが少しずつ立ち上がろうとしていた。


「君も…あまり無理をするな。」


「うん。」


返事をして、理核石を胸に戻す。

彼の言う通りだ。

理は、ただ強ければいいわけじゃない。

それを扱う覚悟がなければ、理に呑まれる。


(目立たないように…なんて、最初から無理だったのかもしれない。)


それでも、最初から全てを出す気はなかった。

今の戦いでも、本当の全ては使っていない。

使えば、何もかもが違ってしまう予感があった。


視界の端で、リオが歩き出した。


「ここから先も、気を抜くな。」


「ありがとう。」


「礼はいい。…あいつも、多分どこかで自分の理に怯えてるだけだ。」


その言葉を残し、彼は霧の奥へ消えていった。


僕はしばらく立ち尽くしていた。


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