第七話 要約という名の選別
神官長は、額に薄く汗を浮かべていた。
責められてはいない。
声も荒げられていない。
だが、逃げ場がない。
リリアナは、淡々と続ける。
「要約とは、便利な方法です」
否定ではない。
前置きとしての事実だ。
「長い言葉を整理し、
伝わりやすくする」
何人かが、無意識に頷いた。
「ですが」
言葉を継ぐ。
「要約には、必ず“選別”が入ります」
静かな声だが、はっきりしている。
「書く人が、重要だと思った部分。
意味があると判断した言葉。
逆に、不要だと判断された部分」
誰も否定できない。
「それは、悪意がなくても起きます」
視線を神官長に向ける。
「神官長。
聖女様の言葉を要約されたのは、
あなた、もしくはあなたの部下ですね」
「……そうだ」
「では、その要約の際、
“迷った表現”はありませんでしたか」
神官長は、すぐに答えなかった。
沈黙が、肯定になる。
「例えば」
リリアナは続ける。
「神託の中に、
複数の意味を持つ言葉があった場合」
一拍。
「どれを採用するかは、
書き手の理解に委ねられます」
宰相が、低く言う。
「それは、当然の裁量だ」
「はい」
リリアナは否定しない。
「だからこそ、確認が必要です」
声は変わらない。
「今回の神託要約において、
“警告”や“可能性”として受け取れる部分は、
ありませんでしたか」
神官長の指が、わずかに動いた。
「……あった」
その一言で、空気が凍る。
「ただし」
慌てて続ける。
「国家に関わる重大な神託だ。
曖昧な部分は、
誤解を生まぬよう整理した」
「整理した、ということは」
リリアナは穏やかに返す。
「書かなかった、ということですね」
神官長は、否定しなかった。
「それは、正しい判断だったかもしれません」
意外な言葉だった。
誰かが、顔を上げる。
「混乱を避けるために、
情報を絞る。
それ自体は、管理として理解できます」
神官長の肩が、わずかに下がる。
だが。
「しかし」
声が戻る。
「その要約を、
誰かの罪を決める材料に使う場合」
一拍。
「省かれた部分の存在は、
無視できません」
王太子が、思わず言った。
「つまり……」
「はい」
リリアナは頷く。
「神託そのものが問題なのではありません」
「問題なのは、
どの言葉が残され、
どの言葉が消えたのか」
広間が、完全に静まる。
誰もが理解した。
――これは、誰か一人の悪意ではない。
――仕組みそのものの話だ。
リリアナは、最後に一言だけ付け加える。
「そして、その選別が、
私を断罪する方向にだけ作用している」
それ以上は言わない。
だが、それで十分だった。
裁きの場に、
はっきりとした疑問が根を張る。
――この断罪、
本当に“神の意思”なのか。




