第六話 神託は誰のものか
静まり返った大広間で、宰相ヴィルヘルムが咳払いをした。
「聖女様の言葉が裁きのすべてではない、という点は理解した」
苦渋を飲み込んだような声だった。
「だが、神託そのものは否定できまい」
それは、この国の前提だ。
リリアナは頷いた。
「ええ。否定するつもりはありません」
その答えに、少し安堵が広がる。
「ただ」
そこで、言葉を継ぐ。
「神託は、誰のものでしょうか」
問いは静かだった。
だが、宰相の眉が動く。
「……何を言いたい」
「確認です」
リリアナは落ち着いて続ける。
「神託は、聖女様が受け取るもの。
しかし、その内容は神殿によって管理され、
記録され、解釈される」
神官長が、わずかに身を強張らせた。
「つまり」
リリアナは言う。
「神託は、
聖女個人の体験であると同時に、
神殿の管理下にある情報でもある」
誰も反論しない。
事実だからだ。
「では、伺います」
視線を神官長へ向ける。
「神託の内容は、
どの段階で、誰が記録し、
どのように保管されているのですか」
神官長は、即答できなかった。
「それは……神殿の規定に従って――」
「具体的に」
言葉は遮らない。
ただ、逃がさない。
「聖女様の口述を、
神官が書き留める。
その後、保管庫へ」
「その書き留めは、
原文ですか。
それとも要約ですか」
「……要約です」
小さな声だった。
その瞬間、空気が変わる。
「要約、ということは」
リリアナは続ける。
「書き手の理解が介在しますね」
神官長は、否定しなかった。
「さらに」
止まらない。
「原本は存在しますか。
聖女様ご自身の言葉を、
一言一句残したものは」
沈黙。
宰相が、重く問う。
「存在しないのか」
神官長は、首を横に振った。
「儀式の性質上……」
「承知しました」
リリアナは、それ以上追及しない。
だが、十分だった。
「つまり、現在存在する神託とは」
一拍、置く。
「神殿が要約し、管理している文書であり、
聖女様の体験そのものではありません」
誰かが、息を呑む音がした。
「それが悪いと言っているのではありません」
念を押す。
「ただ、裁きの根拠とするなら、
誰が、どのように、
情報を扱ったのかは重要です」
宰相は、沈黙したままだ。
王太子も、言葉を失っている。
聖女フィオナは、俯いたまま動かない。
リリアナは、一歩下がった。
「以上です」
それだけだった。
だが、この場にいる誰もが理解している。
――神託は、純粋な“神の声”ではない。
――人の手を通っている。
その事実が、
裁きの土台を、静かに、しかし確実に揺らしていた。




