第五話 聖女の言葉は証拠になるか
大広間の空気は、張り付いたままだった。
誰も声を上げない。
だが、誰も先ほどまでの確信を持っていない。
宰相ヴィルヘルムが、ゆっくりと口を開く。
「記録に明確な妨害行為がないことは認めよう」
その言い方が、すでに後退だった。
「だが、聖女様ご本人の証言がある」
視線が、フィオナに集まる。
白い衣の少女は、一歩前に出た。
両手を胸の前で重ね、静かに俯く。
「私は……神の言葉を受け取った、その場で……
心が乱されました」
声は小さい。
だが、よく通る。
「神託は、とても繊細なものです。
わずかな疑念でも、神意は揺らいでしまう」
それを聞いて、何人かが頷いた。
信仰を知る者ほど、納得してしまう言い方だった。
リリアナは、黙っている。
フィオナは続ける。
「ですから……私は、あの場で確かに、
不敬を感じました」
宰相が、満足そうに頷く。
「聖女様が、そう仰っている」
それだけで十分だ、と言わんばかりだ。
王太子も口を開く。
「神託は、我らの国の根幹だ。
それを軽んじる行為は、罪に値する」
ここで、リリアナが初めて一歩前に出た。
「殿下」
声は穏やかだった。
「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
王太子は、少し戸惑いながら頷く。
「聖女様の言葉は、
事実の証明でしょうか。
それとも、信仰の表明でしょうか」
その問いに、空気が凍る。
誰も、すぐには答えられない。
フィオナが、困ったように瞬きをする。
「……神の言葉です」
「承知しました」
リリアナは頷いた。
「では、それは“神意”であって、
私の行為を直接示す記録ではありませんね」
宰相が口を挟む。
「神意を疑うのか」
「いいえ」
即答だった。
「裁きの材料として、
どこまで扱えるのかを確認しているだけです」
一拍、置く。
「信仰は、尊重されるべきものです。
ですが、信仰は“証拠”にはなりません」
ざわめきが広がる。
言ってはいけないことを、
丁寧な言葉で言ってしまった。
「もし、聖女様の感じたことが、
そのまま罪になるのなら」
リリアナは続ける。
「誰が、どの時点で、
どのように反論できるのでしょうか」
答えは、出ない。
「神託は、疑えない。
ならば、裁きは成立しません」
王太子が、思わず口を開く。
「それは……」
「はい」
リリアナは、視線を外さない。
「裁きは、
疑える余地があるからこそ成立します」
聖女の顔が、わずかに強張った。
ほんの一瞬。
だが、見逃す者はいなかった。
リリアナは、そこを突かない。
今は、十分だ。
「以上です」
そう言って、再び一歩下がる。
誰も、有罪とも無罪とも言えない。
だが、はっきりしたことがある。
――聖女の言葉だけでは、決められない。
その事実が、
この大広間に、静かに共有されていた。




