第四話 記録は嘘をつかない
宰相ヴィルヘルムは、わずかに姿勢を正した。
「記録、とは?」
問いは短い。
だが、場の緊張は一段階上がった。
リリアナは、すぐに答えない。
「本件の発端は、神託の場での出来事だと伺っています」
宰相が頷く。
「その場には、聖女様、神官、護衛の騎士が同席していましたね」
「その通りだ」
「では、その場の記録は存在しますか」
今度は、神官長が答えた。
「神託の場は、必ず記録される。
日時、参加者、内容の要旨が残る」
当然のことだ。
誰も驚かない。
リリアナは続ける。
「では、その記録を拝見できますか」
一瞬、間が空いた。
宰相が口を開く。
「記録は後ほど――」
「今、お願いします」
遮る声は穏やかだった。
「断罪の根拠が、その場にあるのなら、
確認は今でなければ意味がありません」
王太子が宰相を見る。
宰相は、わずかに考えた後、頷いた。
「……よい。持ってこさせろ」
神官が一人、足早に退く。
その背中を、リリアナは黙って見送った。
――ここまでは、想定通り。
記録は存在する。
問題は、その中身だ。
やがて、書類が運ばれてくる。
封印はされていない。
正式な記録だ。
宰相が読み上げる。
「日時、参加者……ここまでは問題ない」
そして、肝心の部分に入る。
「聖女フィオナ・セレネ、神託を受領。
内容は神殿管理下にて保管。
場において、第三者による明確な妨害行為は確認されず――」
宰相の声が、一瞬止まった。
リリアナは、何も言わない。
神官長が慌てて口を挟む。
「要旨です。詳細は別紙に――」
「その別紙は?」
リリアナが聞く。
神官長は、答えられなかった。
宰相が視線を向ける。
「存在しない、ということか」
「……現時点では」
空気が、明確に揺れた。
「つまり」
リリアナが、静かに言う。
「公式記録上、
私が神託を妨害した事実は確認されていない」
誰も反論しない。
事実だからだ。
「にもかかわらず、証言では『不敬だった』とされている」
一拍、置く。
「ここで、一つだけ整理します」
指を立てることもしない。
ただ、言葉を置く。
「記録は、当日に作成されたものです。
証言は、後日まとめられたものです」
「どちらが、より歪みにくいでしょうか」
答えは、出ている。
宰相は、無言だった。
リリアナは、さらに踏み込まない。
今は、十分だ。
「以上です」
そう言って、一歩下がる。
大広間には、言葉にならないざわめきが広がった。
まだ、有罪は崩れていない。
だが。
――土台に、はっきりと亀裂が入った。
それだけで、この場はもう、最初とは違っていた。




