第三話 証言という名の不確定要素
沈黙は、完全には解けていなかった。
だが、先ほどまでとは質が違う。
誰もが「聞く側」になっている。
宰相ヴィルヘルムは、視線を巡らせた。
「では、証言を続ける」
声は落ち着いている。
だが、わずかに急いでいた。
最初の証人が前に出る。
神殿に所属する神官だった。
「私は、聖女様が神託を授かる場に同席していました」
淡々とした口調。
訓練された話し方だ。
「その場で、リリアナ様は神託の内容に疑義を示されました」
「疑義、とは」
リリアナが口を挟む。
神官は一瞬、言葉を探す。
「……神の言葉に疑問を呈した、という意味です」
「具体的には」
短い問いだった。
「どの言葉に、どのような疑問を?」
神官は詰まった。
「それは……全体として、不適切な態度だったと」
リリアナは頷く。
「つまり、発言そのものではなく、
受け取った印象という理解でよろしいですね」
「……はい」
その瞬間、小さなどよめきが起きた。
リリアナはそれ以上追わない。
次の証人が呼ばれる。
若い貴族だった。
「確かに、リリアナ様は聖女様を軽んじるような言い方をしていました」
「その言い方を、覚えていますか」
「いえ……ですが、確かに不敬でした」
「不敬だと、誰が判断しましたか」
「……私が」
「あなたが」
確認するように、繰り返す。
「あなた個人の評価、ということですね」
貴族は黙った。
責められてはいない。
だが、逃げ道もない。
三人目。
騎士だった。
「場の空気が乱れました」
「乱れた、とは」
「……皆が不安そうに」
「誰が、どの言葉で」
「……覚えていません」
リリアナは視線を下げる。
そして、静かに言った。
「ありがとうございます」
その一言で、証人は救われたような顔をした。
宰相が、口を挟む。
「証人は、事実を述べている」
「ええ」
リリアナは否定しない。
「嘘をついているとは、申しません」
それが、かえって効いた。
「ただ」
声を少しだけ低くする。
「皆さんが語っているのは、
見たことではなく、
感じたことです」
広間の空気が、さらに沈む。
「感じたことは、否定できません。
ですが、それは人によって変わります」
一人、また一人と、視線が伏せられる。
「証言は、人の記憶に依存します。
記憶は、立場や期待で簡単に歪みます」
ここで、皇太子が口を開いた。
「では、全員が同じ印象を持ったこと自体が――」
「それも理解しています、殿下」
言葉を遮らず、先に頷く。
「ですが、それは“同じ印象”であって、
“同じ事実”ではありません」
一拍、置く。
「多数決で決まるのは、評価です。
事実ではありません」
宰相の指が、わずかに動いた。
「では、何が事実だと言うのだ」
その問いを、待っていた。
リリアナは、顔を上げる。
「これから示します」
断言ではない。
予告だった。
「証言ではなく、
行為と記録によって」
大広間に、静かな緊張が走る。
誰もまだ、無罪だとは思っていない。
だが。
――この令嬢、ただ者ではない。
そう確信した者が、確実に増えていた。




