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「断罪の令嬢 ― 弁護士の記憶が織りなす逆転劇」  作者: 月白ふゆ
第二章

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第八話 整えた手

伯爵家から届いた追加の証言録は、重かった。


紙が重いのではない。

“揃っている”ことが重い。


宰相府の机に置かれた束は、最初から勝ちに来ている形をしていた。

余白の取り方が同じ。

文の長さが同じ。

「驚き」「憤り」「悲しみ」の出し方まで同じ。


――人の心は、そこまで均一じゃない。


調査官アーデルハイトは、封を切ったあと、いきなり読み始めない。

まず端を見る。

署名。日付。場所。

誰が書いたか。誰が立ち会ったか。


そして、最後に“本文”へ戻る。


「……神殿の者の署名」


王太子ユリウスが、低く言った。


「神官本人が証言したのか」


「違います」


アーデルハイトが淡々と答える。


「神官が証言したのではなく、神殿の者が“証言録を整えた”署名です」


宰相ヴィルヘルムが、眼鏡の奥で目を細めた。


「整える、か」


アーデルハイトは一枚目を読み上げる。


「“被告は不実であり、帳簿の差異について説明を拒んだ”

 “被告は神殿への献納を軽んじ、聖女の神託を疑った”

 ……文が綺麗すぎる」


ユリウスが言った。


「前回と同じ匂いがする」


宰相が短く返す。


「権威を添えて、結論を固める匂いだ」


アーデルハイトは、証言録を二種類に分けた。

伯爵家家令による聞き取り。

神殿署名つきの聞き取り。


そして、二つを交互に並べる。


「比較します」


淡々と言いながら、彼は紙を指で叩いた。


「語尾。接続。強調。

 “しかしながら”“ゆえに”“疑義を抱かざるを得ない”」


ユリウスが眉を動かす。


「それ、神官の口調か?」


「いいえ」


アーデルハイトは即答した。


「神官なら、もっと宗教語が混ざります。

 “穢れ”“救い”“赦し”の方に寄る。

 これは官僚語です。記録の言葉」


宰相が、静かに言う。


「記録係が書いた」


「はい。複数ではありません」


アーデルハイトは、別の紙を出した。

前回の断罪編で使われた記録様式の写し――宰相府が保管している、古い“典型”だ。


「構文が一致しています。

 見出しの付け方、段落の切り方、感情語の置き方まで同じ」


ユリウスが、口の中で短く息を吐く。


「……テンプレートだな」


「はい」


アーデルハイトは頷いた。


「証言を集めたのではなく、証言に“型”を被せている」


宰相が指を組む。


「誰が被せた」


アーデルハイトは、証言録の末尾にある署名欄を指差した。


「神殿文書局、記録係。

 名は――ハインリヒ」


ユリウスが名を口にする。


「聞いたことがない」


「表に出ない役です。

 だから厄介です」


宰相は少しだけ黙り、言った。


「神殿に入る。王権の名で」



---


神殿は、昼でも薄暗い。


光が入らないわけではない。

入っているのに、どこか届かない。


白い石の回廊を歩くと、足音が妙に響いた。

人が静かになる場所は、音が目立つ。


迎えに出てきたのは、神官長代理の男だった。

丁寧で、柔らかい。

しかし、芯は固い。


「王権が神殿の文書へ踏み込むのは、信仰への――」


「信仰には踏み込まない」


ユリウスが遮る。


「踏み込むのは書類だ。裁きの根拠は別だ」


言い切った瞬間、神官長代理の目がわずかに動いた。

反発ではない。

計算に切り替わった目だ。


「……承知いたしました。文書局へご案内します」


案内は丁寧だった。

丁寧すぎて、逆に“準備されている”匂いがした。


文書局の扉を開けると、机が並び、棚が並び、紙が並ぶ。

その中で、ひときわ整った姿勢の男が立ち上がった。


年は若くない。

だが、老いてもいない。

手が綺麗で、爪まで整っている。


――襲撃犯が言った「手が綺麗だった」。


アーデルハイトの脳裏を、嫌な一致が横切る。

確定ではない。

だが、線にはなる。


「ハインリヒ記録係」


神官長代理が呼ぶと、男は深く一礼した。


「お初にお目にかかります。

 王権にご足労いただくとは、恐れ入ります」


口調が、証言録と同じだった。

丁寧で、硬くて、余白がない。


ユリウスが短く言う。


「あなたが整えた証言録が、王権案件になっている」


「整えた、とは語弊がございます」


ハインリヒは微笑みを崩さない。


「私は、証言を記録し、読みやすい形へ整理しただけです」


アーデルハイトが一歩前に出る。


「質問します。短く答えてください」


淡々とした声に、部屋の温度が下がる。


「証言は、どこで、誰の立ち会いで取った」


ハインリヒは一拍だけ置いた。


「神殿内で。伯爵家の家令が立ち会いました」


「証言者は」


「神官、騎士、使用人、村の者。

 必要な者から順に」


アーデルハイトは、紙を一枚見せる。


「この証言録。

 “被告が聖女の神託に疑義を呈した”とある。

 それを見聞きしたのは誰だ」


ハインリヒは、視線を落とさず答える。


「神官です」


「神官の名は」


「……文書局としては、保護の対象となりますので」


「つまり、言えない」


アーデルハイトが言うと、ハインリヒは微笑んだまま頷いた。


「王権に対しても?」


ユリウスが問う。


ハインリヒは、ほんの少し首を傾けた。


「王権に対しては協力いたします。

 ただ、宗教的緊張を避ける配慮が必要です」


宰相ヴィルヘルムが、低く言う。


「配慮で裁きが歪むなら、それは配慮ではない」


ハインリヒは、反論しなかった。

反論しないのが上手い人間は、怖い。


アーデルハイトは、次の問いを置く。


「証言録の文言が揃いすぎている。

 あなたが“聞き取りの誘導”をしたか」


「しておりません」


ハインリヒは即答する。


「私は、証言者の言葉をそのまま記録しました」


アーデルハイトは、視線を外さず言った。


「では、証言者は全員、同じ言い回しを使った。

 “しかしながら”“ゆえに”“疑義を抱かざるを得ない”

 それが偶然だと」


ハインリヒの笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。


「……神殿で証言する者は、一定の言葉遣いになります」


「神殿語ではない」


ユリウスが言った。


「官僚語だ」


空気が固まる。


ハインリヒは、そこで初めて“正面から”王族を見る。

目は丁寧だが、引いていない。


「殿下。

 書面は、裁きのために整えるものです。

 生の言葉は、しばしば粗い」


宰相が、静かに言う。


「粗い言葉を粗いまま残せば、都合が悪い者がいる」


ハインリヒは、答えない。

答えないことが答えだった。


アーデルハイトは、机の上の記録簿を指差した。


「この文書局の記録。

 証言を取った日時、立ち会い、場所。

 全て出してください」


神官長代理が口を挟む。


「それは神殿の――」


「王権案件だ」


宰相が遮る。


「出さないなら、逆に“神殿が結論を作った”と記録する。

 それで良いのか」


神官長代理の口が閉じた。


ハインリヒが、淡々と言った。


「……閲覧は許可を」


「閲覧だけでいい」


アーデルハイトが即答する。


「写しは要りません。

 こちらが見るだけで十分です」


見るだけ。

それが一番嫌なやり方だ。


相手の盤上で、相手の駒を動かさずに、盤面だけ読む。

改ざんを誘う余地が減る。


閲覧室に通される。


記録簿は、思ったより薄かった。

本来、証言を複数取れば、もっと厚くなる。


「……抜いてますね」


アーデルハイトの声が低い。


神官長代理が乾いた咳をする。


「誤解です」


アーデルハイトはページをめくり、指を止めた。


「証言の聞き取り日」


そして、次のページ。


「伯爵家の“宴会”の日付と一致」


ユリウスが目を上げる。


「宴会?」


アーデルハイトは淡々と読み上げた。


「神殿の外部会合として記録されています。

 形式は“寄進者との親睦”。

 場所は伯爵家別邸」


宰相が、静かに言った。


「証言は、神殿の聖域で取られていない」


ハインリヒが微笑みを戻そうとする。


「神殿外でも、証言は可能です」


アーデルハイトが、次のページを指で押さえた。


「同日に四人分の証言。

 しかも全員、同じ言い回し。

 同じ構文。

 ……これは“聞き取り”ではありません」


一拍。


「“場”です」


ユリウスの声が低くなる。


「宴会で、場を作って、言わせて、整えて、署名する」


宰相が続ける。


「そして、聖女の名を添える」


神官長代理が、やっと苦しそうに言った。


「聖女は……関わっておりません」


「関わっていなくても、使える」


ユリウスが言った。


「それが一番厄介だ」


アーデルハイトは、さらにページをめくる。


そこに、もう一つの一致があった。


「……クラリス夫人の侍女。

 消えた者の名前が、ここに」


宰相が眉を動かす。


「何?」


アーデルハイトは指で示す。


「宴会の席で“補助”として同席。

 神殿側の手伝い、と記録されています」


ユリウスが目を細める。


「つまり、侍女は最初から“場”の一部だった可能性がある」


宰相が低く言う。


「消えたのは偶然ではないな」


アーデルハイトは記録簿を閉じる。


「これで十分です」


神官長代理が、焦ったように言う。


「何が十分だと」


アーデルハイトは淡々と答えた。


「整えた手が見えた。

 そして、整えた場所も見えた」


ユリウスが言った。


「“証言そのもの”の信用が落ちる」


「はい」


アーデルハイトは頷く。


「証言者が嘘をついたかではありません。

 証言が“場で作られた”」


宰相が、静かにまとめた。


「作られたなら、作った者の責任だ」


神殿を出る直前、廊下で宰相府の侍従が追いついた。

封書を一つ差し出す。


「リリアナ・ド・ヴァルフォード様から」


宰相が封を切る。中身は短い。


――整えた人間は、整える理由を持っています。

――理由の方を見てください。人の善悪ではなく。


ユリウスが、その一行を見て小さく息を吐いた。


「……前に出ないのに、要所だけ刺す」


宰相は紙を畳み、言った。


「理由、か」


アーデルハイトは淡々と答える。


「理由は、金です。

 権利です。

 そして、守りたい立場です」


ユリウスが言う。


「次は、場を作った側。

 伯爵家と、王都の運用側へ」


宰相が頷いた。


「証言は崩れた。

 次は“なぜ崩されたくなかったか”だ」


神殿の扉が閉まる。


薄暗い回廊の冷たさが背中に残った。

だが、収穫はある。


証言は、整えられていた。

整えた手が見えた。


そして、その手は――

紙の上だけで完結していない。


人を動かし、場を作り、消す。


裁きより先に動くものの顔が、

少しだけ近づいていた。

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