第七話 捕まえる前提ではない
捕まえる気がない犯行ほど、捕まえやすい。
派手に逃げない。
用意された道を通って、用意された場所で消える。
つまり、動線が決まっている。
調査官アーデルハイトは、襲撃現場の報告書を閉じて、別の紙を開いた。
地図。
村の位置。
街道の分岐。
そして、目撃者の家の並び。
「目撃者が揃いすぎている」
呟きに近い声だった。
宰相ヴィルヘルムは、淡々と問う。
「捕まえるのか」
「捕まえます」
アーデルハイトは即答した。
「ただし、捜査を見せません。
騒がせません。
こちらが熱を上げると、相手が安心します」
王太子ユリウスが短く言う。
「安心させたまま、刈る」
「はい」
アーデルハイトは紙を揃えた。
「襲撃現場の近隣村に、王都の兵を入れます。
目的は“聞き取り”ではなく、“網”です」
宰相が頷く。
「治安点検の名目なら入れる」
「ええ。
そして、目撃者の一人を“外”へ出します」
ユリウスの目が細くなる。
「餌か」
「餌というより、穴です」
アーデルハイトは淡々と続けた。
「揃った証言は、揃えた人間がいる。
揃えた人間は、整った状態を維持したがる。
綻びを直しに来ます」
その日の夕方。
村へ入った兵は、あくまで淡々と動いた。
巡回。戸締りの確認。
不審者の警戒。
誰も責めない。誰も脅さない。
ただ、足場を作る。
そして、目撃者の一人――村の若い男が、王都の兵に付き添われて村を出た。
王都で「正式な聞き取りをする」ためだ。
表向きは手続き。
裏は、誘導の反転。
夜更け。
街道の分岐点で、馬の足音がした。
追ってくる。
ただし、殺意ではない。
近づいてきたのは二人。
顔は布。
手には短剣。
だが、動きが遅い。
訓練された騎士の動きではない。
“仕事としてやっている素人”の匂いがする。
兵は、こちらから仕掛けない。
距離が詰まった瞬間だけ、囲む。
一瞬。
短剣が上がる前に、腕が捻じられる。
馬から落ちる。
息が詰まる音。
「……っ、やめろ!」
叫びはするが、死ぬ覚悟の声ではない。
当然だ。死ぬ仕事ではないから。
二人とも捕縛。
怪我は軽い。
血は出たが、致命傷はない。
アーデルハイトは、その場に姿を見せない。
現場の兵が連れていく。
そして、宰相府の地下ではなく、治安詰所の奥に入れる。
理由は簡単だ。
“王権が動いた”と見せたくない。
相手に悟らせたくない。
翌朝。
アーデルハイトは、淡々と供述録を受け取った。
二人は早かった。
怖がりで、守られていない者は、喋る。
「雇われたんだ!
金をもらっただけだ!」
「誰に」
「知らねえ!
会ったのは、使いの男だ!」
「特徴」
「……手が綺麗だった。
剣を持つ手じゃない。
あと、言葉が丁寧で……腹立つほど丁寧だった」
その描写が、妙に具体的で、妙に嫌だった。
アーデルハイトは、最後の部分だけを確認する。
「指示は」
二人は顔を見合わせて、吐くように言った。
「殺すな」
「追うな」
「それで?」
「王都に入れ。
王権が動くようにしろ。
……それだけだ」
宰相府の会議室で、ユリウスがその紙を読んで、低く言った。
「確定だな」
宰相が頷く。
「襲撃は誘導。
恐怖ではなく、流れを作るため」
アーデルハイトが淡々と言う。
「襲撃は、調査の重心をずらすため。
その間に、帳簿と証言の“本線”を固める」
ユリウスは短く言った。
「誘導に乗るな。
本線を走れ」
宰相は、少しだけ目を細める。
「だが、捕まえたことが相手に漏れる」
「漏れます」
アーデルハイトは頷く。
「だから、漏れても困らない形にします。
捕まえたのは“末端”。
雇い主に繋がる導線は、こちらで握る」
「導線とは」
宰相が問う。
アーデルハイトは、供述録の端を叩いた。
「支払いです」
「金は残る。
人は消える。
でも、金は残る」
ユリウスが小さく笑う。
「それを、今やっている」
宰相が淡々と続ける。
「両替商の帳面。運送組合。
そして伯爵家の火災」
アーデルハイトは、静かに言った。
「襲撃犯の金が、どこから出たか。
そこに繋げば、雇い主は“顔”を出さなくても、線だけは出ます」
ユリウスが言う。
「相手は、次を打つ」
「はい」
アーデルハイトは即答した。
「次は、証拠ではなく人です。
こちらが線を掴んだと気づけば、
口封じは加速します」
宰相が頷いた。
「守る対象を増やせ。
被告夫人、両替商、運送組合の旧帳簿関係者」
ユリウスが短く言う。
「守るだけで終わるな。
消せない形に移せ」
アーデルハイトは頷く。
「記録の複製を分散します。
監査局にも一部を預ける」
宰相が低く言った。
「監査局を巻き込むと、内部漏洩の可能性も増える」
「増えます」
アーデルハイトは淡々と言う。
「だから、漏れても困らない形にします。
漏れた瞬間に、相手が動く。
その動きもまた、線になります」
ユリウスは静かに言った。
「敵の動きを、証拠にする」
宰相が頷く。
「嫌なやり方だが、現実的だ」
会議の終わり際、侍従が入ってきた。
「宰相閣下。
伯爵家より、追加の証言録が届いております。
神殿の者の署名つきです」
ユリウスの目が冷たくなる。
「神殿を乗せてきた」
宰相が淡々と答える。
「権威で押し切るつもりだ」
アーデルハイトは、紙を受け取りながら言った。
「押し切るには、こちらが焦っている必要があります」
ユリウスが短く言う。
「焦らない」
宰相が続ける。
「順序で潰す」
そして、アーデルハイトが最後に置いた。
「襲撃は誘導でした。
なら、次は誘導ではありません」
一拍。
「直で潰しに来ます」
その言葉が、静かに重かった。




