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「断罪の令嬢 ― 弁護士の記憶が織りなす逆転劇」  作者: 月白ふゆ
第二章

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第三話 襲撃の意味

朝の宰相府は、静かに忙しい。


誰も走らない。

声も荒げない。

その代わり、紙だけが増えていく。


調査官アーデルハイトは、机の上に報告書を並べた。

一枚目は街道襲撃の概要。

二枚目は護衛の証言。

三枚目は現場検分の簡易記録。


どれも、綺麗にまとまっている。

それが、少し嫌だった。


「襲撃は昨夕、王都から半日の地点」


アーデルハイトが淡々と読む。


「襲撃者は三〜四名。

 顔は布で覆い、馬で接近。

 護衛一名負傷。

 馬車損傷。

 被告本人は軽傷」


宰相ヴィルヘルムは、椅子に深く座ったまま、頷きもしない。

皇太子ユリウスは、報告書の端だけを見ていた。


「問題は、ここです」


アーデルハイトが紙を一枚、前へ滑らせた。


「傷の位置」


護衛の負傷は肩。

被告は腕。


「致命傷を狙っていない。

 狙える距離で、狙っていない」


宰相が低く言う。


「脅しだろう」


「脅しなら、もっと簡単です」


アーデルハイトは否定もしないが、すぐ続けた。


「もっと深く切る。

 もっと分かりやすく怖がらせる。

 あるいは、馬を潰して動けなくする」


ユリウスが、短く問う。


「では、目的は何だ」


アーデルハイトは、少しだけ間を置いた。


「……見せることです」


宰相の目が細くなる。


「見せる?」


「襲撃という出来事を、王権に見せる。

 そして、王権を動かす」


ユリウスの表情が固まった。


「動かす?」


「はい。

 この案件を“地方の揉め事”から、

 “王権案件”に引き上げる」


宰相は、少しだけ苦い顔をした。


「それは、こちらの判断だ」


「表向きは」


アーデルハイトは淡々と言う。


「ですが、襲撃は、その判断を誘導します」


空気が沈む。


襲撃が怖いのは、暴力そのものではない。

暴力が、判断の形を変えることだ。


アーデルハイトは、もう一枚の紙を置いた。


「襲撃の後、近隣村の目撃者が“すぐに”出ています」


宰相が眉をひそめる。


「目撃者は普通、出ない。

 出ても、遅い」


「はい」


「しかも証言内容が揃っています。

 “黒い外套”

 “馬の数”

 “短剣の形”

 言い回しが整っている」


ユリウスが言った。


「……整いすぎている」


その言葉が、宰相府の空気を一段冷たくした。


アーデルハイトは続ける。


「襲撃は、犯人を逃がしている」


「追撃は、していないのか」


宰相が問う。


「していません。

 逃げ道が用意されていた可能性が高い」


「つまり」


ユリウスが、静かに言葉を継ぐ。


「捕まえる前提ではない」


「はい」


アーデルハイトは頷いた。


「捕まえなくていい。

 必要なのは、騒ぎと印象です」


宰相は、机の端を指で叩いた。


「狙いは何だ。

 被告を守らせるために王権を動かすなら、

 被告側に利がある」


「守らせるのではなく」


アーデルハイトが淡々と言う。


「王権の調査を、別の方向へ向けるためです」


宰相が目を細めた。


「……襲撃犯探しに、か」


「はい」


ユリウスの唇が、わずかに歪む。


「裁きが遅くなると、

 別のものが速くなる」


宰相が昨夜言った言葉を、皇太子が繰り返す。

それが、確認になった。


アーデルハイトは、机の上の書類を指で揃えた。


「本日から、方針を二つに分けます」


「一つ。襲撃の捜査は最小限。

 治安として必要な範囲に留める」


宰相が頷く。


「二つ。訴えの本線。

 帳簿と証言の経路を分解する」


ユリウスが短く言った。


「原本だ」


「はい」


アーデルハイトは即答する。


「原本。

 そして、原本が無いなら、

 改ざんできない外部記録」


宰相が、ようやく視線を上げた。


「伯爵家が原本を出さない場合」


「出さないのではありません」


アーデルハイトは言った。


「出せない可能性がある。

 原本が存在しないか、

 存在しても出せない形になっている」


その言葉の意味が、全員に伝わった。


原本が無いなら、訴えは“作れる”。

原本があっても出せないなら、そこに“何か”がある。


ユリウスが、少しだけ黙ってから言った。


「クラリスは」


アーデルハイトが答える。


「保護を継続。

 外部接触は管理。

 ただし、彼女の言葉を証拠の中心にはしません」


宰相が頷いた。


「証言は折れる。

 折れないものを探す」


その方針が、固まった。


そして会議が終わりかけたとき、

宰相府の侍従が一通の紙を持って入ってきた。


「宰相閣下。

 伯爵家からです」


封を切る。

短い文。


――原本は火災で焼失した。写しのみ提出する。

――被告は不敬の疑いもあり、迅速な裁きを望む。


宰相は、紙を机に置いた。


「来たな」


ユリウスの声が低くなる。


「火災で焼失。便利だ」


アーデルハイトは、表情を変えないまま言った。


「便利すぎます。

 だから、こちらは外部記録へ行きます」


宰相が頷く。


「両替商。運送。税帳。監査台帳」


ユリウスが、短く付け足す。


「証人を守れ。

 そして、守るだけで終わるな。

 証言が要らない形に寄せろ」


宰相が息を吐いた。


「殿下は変わりましたね」


「変わった」


ユリウスはそれだけ言った。


次に同じ失敗をしないために。

その短い答えで、十分だった。


会議室を出る直前、アーデルハイトがもう一つだけ言う。


「襲撃の件。

 犯人が浅いなら、捕まえられます」


宰相が言った。


「捕まえるのか」


「捕まえます」


淡々とした声。


「ただし、目的は“犯人”ではありません」


ユリウスが理解した顔になる。


「雇い主へ繋げる導線か」


「はい。

 襲撃は誘導です。

 なら、誘導したい側がいる」


アーデルハイトは扉に手を掛け、最後に言った。


「その側は、

 こちらが“襲撃犯探し”に熱を上げると困らない。

 むしろ、助かります」


「だから」


一拍。


「こちらは、熱を上げずに、捕まえます」


扉が閉じる。


残ったのは、静かな確認だった。


この案件は、

裁きの前に、すでに戦いが始まっている。


そしてその戦いは、

血よりも、紙と順序で決まる。

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