第一話 断罪の朝
大広間は、すでに人で埋まっていた。
貴族。
神殿関係者。
騎士団。
そして、王族。
誰もが同じ方向を見ている。
中央に設えられた裁きの場だ。
そこに、リリアナ・ド・ヴァルフォードは立たされていた。
縄はない。
拘束もない。
だが、それは配慮ではなかった。
逃げ場がないと、最初から分かっているからだ。
視線が集まる。
好奇心。
嫌悪。
安心。
――これで一人、悪者が決まる。
そんな空気だった。
高らかな声が響く。
「これより、リリアナ・ド・ヴァルフォードの断罪を行う」
宰相ヴィルヘルムだった。
老獪な男だ。
感情を乗せない。
事実だけを並べるように話す。
だからこそ、人は疑わない。
「被告は、聖女フィオナ・セレネに対し、不敬な言動を繰り返した」
「また、皇太子殿下の忠告を無視し、王国秩序を乱した」
言葉は簡潔だった。
だが、その裏で、すでに結論は共有されている。
有罪だ。
フィオナが一歩、前に出る。
白い衣。
伏せられた目。
少し震える声。
「私は……争うつもりはありません。ただ、真実をお伝えしたいだけです」
その一言で、場の空気が固まった。
聖女は、嘘をつかない。
そう信じる前提が、ここにはある。
彼女は続ける。
「私が神託を受けた場で、リリアナ様はそれを否定なさいました」
「神の言葉を、虚偽だと……」
ざわめきが広がる。
神託の否定。
それは、信仰そのものへの反逆だ。
リリアナは黙って聞いていた。
――うまい。
そう思った。
これは事実ではない。
だが、反論しづらい形に整えられている。
神託は証明できない。
否定すれば、信仰を敵に回す。
宰相が頷く。
「複数の証人からも、同様の証言が出ている」
名前が呼ばれる。
貴族。
神官。
騎士。
彼らは皆、似たようなことを言った。
「確かに聞いた」
「そう受け取った」
「不敬だと感じた」
事実ではなく、印象だ。
だが、数が揃えば、それは“証言”になる。
皇太子ユリウスが、重く口を開く。
「リリアナ。何か、弁明はあるか」
視線が集まる。
ここで泣けば、罪を認めたことになる。
怒れば、秩序を乱したとされる。
沈黙すれば、有罪は確定だ。
完璧な配置だった。
リリアナは、一歩も動かない。
そして、すぐには答えなかった。
――まだだ。
今、言葉を出せば、すべて感情として処理される。
ここは、法廷ではない。
だが。
彼女は知っている。
この空気が、どれほど脆いかを。
「……ございます」
ようやく、声を出す。
それだけで、ざわめきが止まった。
「ですが、その前に一つだけ、確認させてください」
宰相が、わずかに眉を動かす。
「確認、とは?」
リリアナは、皇太子ではなく、宰相を見た。
「本日は、“断罪”の場という認識で、よろしいのですね」
その言葉に、空気がわずかに揺れた。
断罪。
つまり、結論はすでに決まっているという意味だ。
宰相は一拍置いて、答える。
「……その通りだ」
リリアナは、小さく頷いた。
「承知しました」
それ以上は、何も言わない。
だが、その一言で、流れは止まり始めていた。




