第十四話 裁かれなかった罪
調査官アーデルハイトは、静かに書類を揃えた。
「本件において」
声は淡々としている。
「リリアナ・ド・ヴァルフォードが、
罪を犯した事実は確認できません」
その一文が、部屋に落ちる。
誰も驚かなかった。
ここまで来れば、当然だ。
王太子ユリウスは、深く息を吐いた。
「……無罪、か」
「正確には」
調査官は言い直す。
「罪が成立しない」
違いは小さい。
だが、意味は重い。
「神託の解釈。
証言の扱い。
判断の経路」
「いずれも、
裁きの根拠として不十分です」
宰相ヴィルヘルムは、目を閉じた。
「では、
誰が罰せられる」
その問いに、
調査官は首を横に振る。
「誰も」
一瞬、空気が張る。
「今回の問題は、
個人の罪ではありません」
ゆっくり、言葉を置く。
「不完全な記録」
「歪む伝達」
「政治判断の先行」
「それらが重なった、
構造の問題です」
王太子が、低く言った。
「……つまり、
誰も悪くない、と」
「いいえ」
調査官は即座に否定する。
「誰も裁かれなかっただけです」
沈黙。
その違いを、
全員が理解した。
「責任は残ります」
調査官は続ける。
「宰相府には、
判断基準の再整備を」
「神殿には、
神託管理の透明化を」
「王権には、
再審制度の常設を」
一つずつ、告げる。
それは、罰ではない。
だが、逃げ道でもない。
王太子は、静かに頷いた。
「受け入れる」
短い言葉だった。
視線が、リリアナへ向く。
彼女は、少し考えてから口を開く。
「私からは、
何も求めません」
宰相が、顔を上げる。
「……本当に、それでいいのか」
「はい」
即答だった。
「罰を与えれば、
同じことが繰り返されます」
「仕組みを変えれば、
次は防げます」
誰も、言い返せなかった。
調査官は、最後に宣言する。
「以上をもって、
本件の再審を終了します」
「リリアナ・ド・ヴァルフォードは、
断罪対象から外れる」
正式な言葉だった。
それで、すべてが終わった。
――いや。
終わったのは、
裁きだけだ。
誰もが、
何かを失っていた。
信じていた前提。
楽な判断。
無条件の正義。
そして、
それを失ったことこそが、
この再審の結果だった。
リリアナは、静かに立ち上がる。
無罪になったわけではない。
だが、
裁かれもしなかった。
それで十分だった。




