第十三話 止められたはずの瞬間
調査官アーデルハイトは、一枚の書類を取り上げた。
紙は古くない。
だが、重みがあった。
「この文書は、
宰相府から王太子殿下へ提出された、
最終報告書です」
宰相ヴィルヘルムの指が、わずかに動く。
「神託の要約。
証言の整理。
そして――」
視線を落とす。
「断罪を進言する判断」
部屋の空気が、張り詰めた。
「この文書が提出された時点で」
調査官は言う。
「本件は、
“疑義のある事案”から
“裁くべき事案”へと変わりました」
それは、境目だった。
「ここで、確認します」
視線は、宰相へ向けられる。
「宰相閣下。
この時点で、
記録に妨害行為がないことは、
把握していましたね」
宰相は、否定しなかった。
「……把握していた」
「証言が印象に基づくものであることも」
「承知していた」
静かな声だった。
「それでも、
断罪を進言した理由は?」
問いは、責めではない。
確認だ。
宰相は、少し考えてから答える。
「……判断を先送りすれば、
混乱が広がる」
「つまり」
調査官は言葉を継ぐ。
「裁くことで、
場を収める判断をした」
宰相は、頷いた。
「では、次に」
今度は、王太子を見る。
「殿下。
この報告を受けた際、
追加確認を求めましたか」
王太子は、拳を握る。
「……求めなかった」
「理由は」
「神殿と宰相が、
そこまで進めた以上、
間違いはないと思った」
それも、理解できる判断だ。
調査官は、視線を戻す。
「ここが、
止められた瞬間です」
淡々と、宣告する。
「宰相は、
不完全と知りながら進めた」
「王太子は、
確認せずに信じた」
「神殿は、
修正を伝えなかった」
誰も、反論しない。
なぜなら、
どれも“現実的な判断”だからだ。
「そして」
最後に言う。
「そのすべてが重なった結果、
リリアナ・ド・ヴァルフォードは、
断罪の場に立たされた」
沈黙。
リリアナは、初めて深く息を吐いた。
「以上で、
判断の経路は明らかです」
調査官は、書類を閉じる。
「悪意は、
確認できません」
その一言に、
多くが安堵する。
だが。
「責任は、
消えません」
その言葉が、
静かに落ちた。
誰かを罰する話ではない。
だが、
元には戻れない。
聖女フィオナは、静かに目を閉じた。
宰相は、視線を伏せた。
王太子は、唇を噛んだ。
リリアナは、何も言わない。
言う必要が、もうなかった。




