第十一話 記録を読む者、読まれる者
再審は、別の部屋で始まった。
大広間ほど広くはない。
だが、机と書類が並び、余計な装飾はない。
裁く場所ではない。
調べる場所だ。
王権直属の調査官が入室する。
名は、アーデルハイト。
年齢は中年。
貴族でも神殿の人間でもない。
「では、始めましょう」
感情のない声だった。
「本件は、
“断罪に至った判断過程”の検証です」
誰も反論しない。
机の上に、書類が積まれる。
神託の要約文書。
証言録。
日付と署名。
アーデルハイトは、一枚ずつ確認していく。
速くはない。
だが、迷いもない。
「まず、神託の記録」
神官長が、わずかに身構える。
「要約者は、神官リーベルト。
最終確認は、神官長」
淡々と読み上げる。
「作成日時は、神託当日の夜。
修正履歴は……三回」
その一言で、空気が止まる。
「修正、とは?」
宰相が問う。
「文言の差し替えです」
調査官は、指でなぞる。
「初稿では
“注意を要する兆し”
と書かれている」
視線を上げる。
「最終稿では
“王国秩序を乱す兆し”
に変わっています」
神官長が、口を開く。
「意味は同じだ」
「違います」
即答だった。
「前者は、可能性。
後者は、断定です」
誰も言い返せない。
リリアナは、何も言わない。
ただ、聞いている。
調査官は続ける。
「次に、証言録」
紙をめくる。
「複数の証言が、
同じ表現を使っている」
宰相が、眉をひそめる。
「それは、不自然だな」
「はい」
調査官は頷く。
「個別の記憶であれば、
言い回しはばらつく」
「にもかかわらず、
“神託を否定する発言”
という表現が、全て一致している」
沈黙。
「聞き取りは、
同一の神官が担当しています」
神官長の顔色が変わる。
「誘導があった可能性は」
宰相が、低く問う。
「否定できません」
それだけで、十分だった。
聖女フィオナは、俯いたまま動かない。
だが、指先が白くなっている。
調査官は、最後に視線を上げる。
「記録は、嘘をつきません」
一拍。
「ですが、
人は、記録を書き換えます」
その言葉が、
この再審の性質を、はっきり示した。
リリアナは、ようやく口を開く。
「確認していただければ、それで結構です」
勝ち誇りもない。
感謝もない。
事実だけで、十分だからだ。
調査官は、頷いた。
「次は、
神託が“誰にどう伝えられたか”を調べます」
聖女フィオナの肩が、わずかに揺れた。
読む側は、もう決まった。
そして――
読まれる側も。




