第九話 公平な裁きとは何か
宰相ヴィルヘルムは、しばらく黙っていた。
怒りはない。
だが、簡単に頷ける状況でもない。
「では、どうすれば公平だと言うのだ」
問いは、珍しく率直だった。
リリアナは、すぐに答えない。
考えている素振りも見せない。
「裁きには、順序があります」
ようやく、口を開く。
「本来、最初に確認すべきなのは、
事実があるかどうかです」
誰も否定しない。
「次に、その事実が、
どの規範に反しているか」
「最後に、
その規範が、
誰に、どこまで適用されるか」
淡々と並べる。
「今の裁きは、その順序が逆です」
宰相が、低く言う。
「結論が先にあり、
理由を集めている、と」
「はい」
即答だった。
「それでは、
誰であっても守れません」
王太子が、ゆっくりと椅子から身を起こす。
「……では、お前はどうしたい」
視線が、リリアナに集まる。
彼女は、一歩だけ前に出た。
「再審を、お願いします」
その言葉に、ざわめきが走る。
「今すぐの無罪を求めません」
「誰かを罰することも求めません」
一つずつ、区切る。
「ただ、
事実確認からやり直す機会を」
宰相が、眉をひそめる。
「再審とは、
この場の権威を――」
「守るためです」
遮らない。
だが、はっきり言う。
「この裁きが、
後に疑われる形で終われば、
神殿も、王権も、
同じく傷つきます」
沈黙。
「逆に」
続ける。
「手続きを整え、
公平さを示せば、
どの結論になっても、
納得が残ります」
王太子は、拳を握った。
「……公平、か」
小さく呟く。
「殿下」
リリアナは、目を逸らさない。
「もし今日、
この裁きがそのまま下されるなら」
一拍。
「明日は、
別の誰かが、
同じ場所に立つことになります」
それは、脅しではなかった。
事実だった。
宰相は、深く息を吐いた。
「再審の条件は」
「三つです」
リリアナは即答する。
「記録の全面開示」
「証言の再整理」
「神託は、信仰として扱い、
罪の直接根拠にしない」
場が、静まり返る。
それは、誰か一人の有利にはならない。
だが、誰か一人を犠牲にもできない。
王太子が、ゆっくりと頷いた。
「……理に、かなっている」
その一言で、空気が変わった。
宰相は、目を伏せる。
「……王権の名において、
本件は再審とする」
その宣言に、
大広間がどよめいた。
リリアナは、深く頭を下げた。
勝ったわけではない。
だが、負けは消えた。
――裁きは、ここから始まる。




