プロローグ
この物語は、
「断罪される側に立ったとき、人は何を武器にするのか」
という問いから始まります。
復讐でも、感情でもなく。
声を荒らすことも、相手を貶めることもせず。
ただ、順序と問いだけを手放さなかった一人の令嬢の話です。
派手なざまぁはありません。
明確な悪役も、単純な勧善懲悪も描きません。
それでも、
裁きの場に立ったことのある人、
「空気」で決まる結論を見たことのある人には、
きっと覚えのある感覚があると思います。
これは、
正義の物語ではなく、
裁かれないための物語です。
静かに、始めます。
冬の朝、王都アルステルは静まり返っていた。
石畳は凍り、足音だけがやけに響く。
リリアナ・ド・ヴァルフォードは、宮廷へ向かって歩いている。
公爵家の令嬢。
社交界の中心。
――その肩書きは、もう意味を持たない。
三日後。
彼女はこの宮廷で断罪される。
理由はすでに決まっている。
聖女への不敬。
皇太子への侮辱。
そして、王国秩序を乱した罪。
どれも、事実ではない。
だが、この宮廷ではそれで十分だった。
胸の奥には、別の人生の記憶がある。
前世。日本で弁護士をしていた。
無実の人間が、空気と都合で裁かれる場を、何度も見てきた。
証拠があるかどうかより、
誰が語ったか。
誰が信じたか。
それで流れが決まることも知っている。
だから、今の状況は理解できた。
ここでは、真実は最初から必要とされていない。
必要なのは「裁く理由」だけだ。
その役を担っているのが、聖女フィオナ・セレネ。
神託を授かる少女。
清らかで、優しく、疑われない存在。
彼女の言葉は、いつも柔らかい。
だが、その結論は決まっている。
――誰が正しく、誰が間違っているか。
宰相ヴィルヘルムは、その言葉を形にする。
確認されない証言を集め、
都合のいい部分だけを抜き出し、
「証拠」と呼ぶ。
皇太子ユリウスは、それを信じる。
信じる方が、楽だからだ。
流れは完成している。
今さら、事実を並べても意味はない。
それでも、リリアナは焦らない。
嘘は、必ず整理されすぎる。
証拠は、揃えれば揃えるほど歪む。
証人は、感情を隠しきれない。
それをほどく方法を、彼女は知っている。
宮廷の扉の前で、立ち止まる。
深呼吸はしない。
必要ない。
「断罪される側に立つのは、初めてね」
小さく、そう思っただけだ。
だが、裁きの場そのものは知っている。
そこが、どれほど脆い場所かも。
偽りで固められた裁き。
予定された結論。
その前提を、順番に壊していくだけだ。
言葉と理性。
それだけで足りる。
冬の朝から始まる、ひとりの令嬢の戦い。
彼女はまだ、何も反論していない。
――それが、最大の切り札だった。




