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パチンカスが異世界を救う 〜名古屋の銀糸姫と世話焼き青年〜  作者: 虹ノ千々
三章前節 自覚する想いと名古屋カーニバル
27/30

開幕! 名古屋カーニバル!

 ***



 ――それはミオンが二人の部屋に乱入する少し前。


 名古屋のランドマークの一つ『テレビ塔』。地上九十メートルに位置する展望台に、ワルプル他、数人のダークが地上を見下ろしていた。


「――テレシー、この街に潜んだ同志諸君に繋げてくれ。『機は熟した。各々好きに暴れろ』、と――」


 月のない夜空。新月の夜を待っていたワルプルは、ダークの一人――ピンク髪ツインテールの小柄な少女に告げた。


「了解なの」


 テレシーは短く答えると、黒い魔力を身に纏う。目を瞑り、テレビ塔の上空に巨大な青紫の魔法陣を展開すると、ワルプルの言葉を復唱した。


「みんな、機は熟した。各々好きに暴れる時だよ」


 その声は展望台にいたザラ、リューラン、他のアポカリプスメンバーの脳に直接響いた。無論予め名古屋に潜み、普通の魔族や人間の姿に変身していたダークにも一斉に届く『伝達』能力による声。


 テレシーの声を皮切りに、名古屋のあちこちで黒い魔力が噴き上がる。『ルーナ』の監視を逃れ、この時を待っていたアポカリプスの面々。数にして百を越えるダークたちが、一斉に魔力を解き放った。


(……これでいい。これしかないもの)


 その光景を見ながら、ザラは司の顔を思い浮かべた。異世界で病院に勤めていた彼女。多くの兄妹を養っていたザラにとって、暴力も、司の傷も、胸を締め付けてくる。


『これ以上、幼い命が失われないよう……僕に協力してくれ』


 妹の亡骸を抱きしめ、涙するワルプルの言葉に頷いた。自分の兄妹たちを、同じ目に合わせたくないがために。


「だけど……本当にこれでいいの?」


 今自分たちがやろうとしているのは、この世界に多くの犠牲を出すやり方。罪もない子供や、自分を気遣ってくれた司を傷付ける行為。


 その事実に、ザラの瞳は揺れた。


「……ザラ、辛そう」


 隣のリューランが不安そうに呟く。幼い頃から面倒を見てきた妹のような彼女にすら、不安を抱かせている。


「――そんなこと、ないわよ」


 せめてリューランには心配かけまいと、強がった笑顔を向けた。



 ここまで来たら、後戻りはできないと自分に言い聞かせて――。



 ***



「――今説明した通り、敵の狙いは貴方たち! あいつらは私が片付けるから、二人は本部の地下に避難しなさい!」


 空や市街地にドラゴンが飛び回り、黒ダンゴがビルを這い上り、爆発音や火事、絶叫で世紀末と化した夜の名古屋。救急車や消防車のサイレンが響き渡り、人々は混乱しながら逃げ惑う者もいれば、興奮して叫びながらスマホを構える者もいる。


 そんな中、ミオンを追いかけるのは慌ててジャージに着替えた司とリィナ。しかしリィナは不満そうに口を尖らせていた。


「アポカリプスが私と司を狙ってるのは分かった。だけどさっきの不届きすぎる乱入はどう責任取るつもりだ?」


「そ、それについては謝ったじゃない! それより今は戦時、終わったら告白でもイチャイチャでもしていいから!」


「もちろんそうさせてもらう! ――って司、大丈夫か?」


 リィナが隣を走る司に振り返る。司は傷を軽く抑えながら、必死に足を動かしていた。


「大丈夫、もう、ほとんど痛く、ない、から」


 言いながらも肩で息をする司。実際傷は軽く疼く程度になり、血が滲むこともなくなっているが、二人の走る速さが単純に速すぎた。


 元々金色魔力のミオン。赤から金に成長したリィナ。今はアポカリプスに魔力を悟られないよう隠しているが、それでも司以上の身体能力を有する彼女たちを、司は必死に追い縋っていた。


 遠くの夜空が赤く染まり、かと思えば近くの空が青く凍て付く。新月に便乗して侵入した魔獣の群れと、ダーク特有の不吉な魔力をそこら中から感じる。


(どうなってるんだ……このままじゃこの街が!)


「無理するなよ司、キツかったらすぐに言え。何があっても……今度こそ私が守るから」


「うん、ありがとうリィナ。……だけど大丈夫」


 二人によぎったのはカイの顔。ミオンもそのことに気が付き、手を繋いだ二人に声をかけようとした。


「言ってなかったわね。カイのことなんだけど……」


 だがその時――。


 バギャッ! バキバキ! と、目の前のアスファルトが派手な音を立て隆起した。まるでアスファルトの下から巨大なタケノコでも生えたように、大きな影が姿を現す。


「見つけたぞ。『鍵』と『守護者』だな?」


 地鳴りのような低い声。二メートルはある巨躯の体。全身見るからに頑強な金属に黒光りさせた、精悍な顔付きの中年ダークが、三人の前に立ちはだかった。


「俺はアポカリプス戦闘員バジュ……」


「寝てなさいモブタケノコ!」


 しかし男が名乗り終わる前にミオンの目が光り、男はグルンと白目を剥いた。


 ドシャッと崩れ落ちるモブタケノコ。纏っていた魔力が薄れ、意識を失うと同時に魔力が消失した。


「どうやって私たちの居場所を……ん?」


 倒れた男から視線を逸らし、何かを考えるミオン。リィナは当然だと言わんばかりに頷き――司は呆気に取られた。


(え、名乗る前にワンパン⁉︎ 今の人も相当強そうだったけど……)


 司が驚くのは当然だった。今のモブタケノコの魔力量は控え目に見ても緑以上。流石にザラやリューランほどではないが、それでも相当の手練だと一目で分かった。


 ――だがリィナとミオンの戦力はそれ以上。『ルーナ』に登録する三万人以上の魔族、その頂点に与する『魔眼』と『銀糸』の両名と対峙するには、まるで力不足だ。


(……今さらだけど、二人ともめちゃくちゃ凄い?)


 身近にいすぎて気付かなかった事実。今になり実感した二人の強さに、司は身震いした。


「どうやらあの魔法陣が『覗き屋』の正体みたいね。……だとしたら、今のでこの二人のことも気付かれたかも」


 ミオンが見上げたのはテレビ塔の方角、その上空に広がり、今なお面積を増していく青紫の魔法陣。


 テレシーの『伝達』は何も声を届けるだけの能力ではない。魔法陣の効果範囲、そこに広がる光景や魔力の位置すらテレシーに伝える探知能力。


 長年の経験と勘からそれを悟ったミオンは、スーツの懐から『ある物』を取り出した。


「……まさかこれを使うことになるなんて、ね」


「おいミオン、まさかソレ……」


「え? 何それクラッカー? パーティグッズ?」


 ミオンの手にはオモチャのクラッカーが握られていた。緑と黄色のシマシマ。どこにでもありそうな、何の変哲もないクラッカー。


 だがそれを見たリィナは驚いた顔になり、司はキョトンとした。


「ふふふふ、これは見ての通りクラッカーよ。……だけどこれは昔カイに作らせた魔法具。祭りの開幕を告げる……祝砲よ!」


 パンッ! ヒュルルル――と夜空に向け放たれる。その効果はクラッカーというより花火。テレシーの魔法陣よりさらに高く上がった魔力の塊は、地上全てを震わせるほどの声と、七色の光で夜空を照らした。


『ミオンの名の元、ルーナ諸君に告げる! 今こそ全ての魔力を解放し名古屋を守りなさい! 名古屋カーニバル開幕よッ‼︎』


 パチンコの大当たり演出のような派手過ぎる花火。テンションマックスのミオンの声。恐らく名古屋にいる者なら誰にでも届く光景と声が、秋の夜空を染め上げる。


(うるさ⁉︎ てか眩しっ⁉︎ 何これどんな魔法具だよ!)


 思わず目と耳を塞ぐ司。クラッカー魔法具は見ての通り、名古屋に暮らす魔族たち――三万を越える魔族を叩き起こす開幕の狼煙。そしてその派手な演出は、名古屋中の魔族たちの本能にブッ刺さった。


「うおおおおお! 奇跡のカーニバル開幕じゃああああ‼︎」「リアルタイム参加きたあああああ‼︎」「お前ら魔力全解放だ! 俺らの街を守ったらああああッ‼︎」


 遠くで聞こえる歓喜の叫び、怒号、狂乱。普段は野次馬や見物人として盛り上がる魔族たちが、そこかしこで夜空に魔力を光らせる。白、青、緑、中には赤の魔力も混ざり、ごちゃ混ぜのパレットのように、はたまたアイドルのライブ会場のように、名古屋の夜空がカラフルにライトアップされた。


「――――へ?」


 事態が飲み込めない司は呆気に取られる。アポカリプスの侵攻という緊急事態。……そのはずが、一瞬にして名古屋は祭りの熱気に包まれた。


「く、ククク……見ての、聞いての通りだ司! 私たちがただ侵攻されるはずないだろ? 『ルーナ』はこんな事態も想定していたんだ!」


「その通り。これがルーナの最終兵器。『人海戦術名古屋カーニバル』よ!」


 その途端――。


 ドゴオオオオン! と近くで爆発音が鳴り響いた。続いてドチャ……と何かの肉片が三人の近くに落下する。


「な、何が起きたの⁉︎」


 驚いた司が目を凝らすと、その肉片は見覚えのある魔獣黒ダンゴの死骸。続いて青い魔力の誰かが、すぐ近くの曲がり角からヒョコヒョコと現れた。


「ヒョッヒョッヒョッ! 久方ぶりに血が騒ぐのぉ〜。お? これはこれはリィナ嬢にお若いの、それにミオン殿までお揃いで」


 それはどこかで見た覚えのある老人魔族。皺だらけの顔を楽しそうに歪ませ、着物と下駄という古風な格好をしている。


(あれ? この人…………そうだ! 前にリィナの横で魔チンコ打ってたお爺さんだ!)


 あの時とは印象がまるで違う、飄々とした老人。右手には燃え盛る炎が握られている。


「むむっ。あいつ楽しそうだぞミオン! 私たちも負けてられん!」


「アンタは司君と避難! たまには他の魔族にも出番を回しなさい!」


 リィナが司の手を引っ張りミオンに叫ぶ。だがミオンは冷静に避難を促した。


 さらに――。


「ギャオオオオオ……」


「うわあっ⁉︎ 今度はドラゴン⁉︎」


 鼓膜を破りそうな叫びを上げ現れたドラゴン型の魔獣。カイの映像にあったその魔獣は、近くのビルの屋上から放たれた雷撃を喰らい、片側四車線の道路に落下した。


「新月の影響ね。あんなのがこの街を飛び回るなんて……だけど残念、今日は日が悪かったわね!」


 ミオンは少しだけ呆れた顔をしたが、すぐにふふんとリィナばりのドヤ顔をかます。ドラゴンが「ギョアッ! ギイイイイ!」と頭を持ち上げるが、今度は別の方向から放たれた光の矢に頭を貫かれた。


「はいはーい! 現役JK弓道部が通りまーす! テストのストレス発散しちゃいまーす! あははははは!」


 二本角のゴスロリ少女が登場。ウッキウキに眩しい魔力の弓を構えると、赤い魔力を昇らせ夜空を舞うドラゴンを次々と撃ち抜いていく。


 ミオンの言った通り、魔族たちの解放祭り。喩えようのないカオスな祭り――まさに名古屋カーニバルが開幕した。

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