自覚した想い 溢れ出す気持ち
甘い展開が苦手な方は注意です
「――なるほどな。確かにそれはただの夢じゃなさそうだ」
全てを聞いたリィナは、天井を見上げ目を細くしていた。
ノワの魂が封印に溶け込んでいること。司の本来の力がペンダントに封じられていたこと。――そしてリィナの両親の魂も、ノワと同じく封印を補強していること。
「どう思う?」
「……その前に一つ。……つ、司のママさんは、私のこと……何か言ってた、か?」
「へ?」
予想外の質問返し。同じく寝転んでいる司からリィナの顔は見えないが、声が緊張している。
(リィナについて……)
真っ先に思い出したのは『司は本当にあの子のことが好きなのね』という言葉。これはまだ言えない。当たってるし言いたいが、もう少し待ってほしい。
「た、頼りになって良い子だって言ってたよ!」
「……うひ、ふへへへ。そ、そうか、ママさんにそう言われると私も照れるな」
顔が見えなくても分かる、ニヤついたリィナの顔。リィナは満足そうにそう言うと、本題について言及した。
「ごほん。ま、まずママさんが司の力を封印して、自分が封印を補強したという言葉。恐らく合ってる。……最初にそのペンダントから感じた妙な魔力、今の司の魔力と同じものだからな。それ以上の証拠はない」
「そうなの? 自分じゃ気付かなかった」
「ああそうだ。まったく、司は鈍感なんだからー。ほれほれっ」
「うひゃっ⁉︎ ちょ、やめてよリィナ! わき腹はなし! って、いててて」
「あ、ご、ごめん司」
ガバッと起き上がったリィナが司をくすぐる。身をよじった司が傷の痛みを訴えると、リィナはパッと手を離し、反省した顔になった。
「まったくリィナったら……それで、続きは?」
「う、うん。……えっと、私の両親については……正直何とも言えん。いや、ママさんの言うことを疑うわけじゃないけど……」
「けど?」
なんとも微妙な、何か迷ったように目を泳がせるリィナ。司は彼女の顔を下から覗き、続きを促す。
「…………それが本当だとしても、私はもうあいつらの顔も覚えてない。仮にママさんと同じように、私を封印に縛りたくなかったとしても……今となってはどうでもいい」
「…………リィナ」
それはリィナの本音。別れてから二百五十年経った。最初こそ恨みはしたが、長い時の中でとっくに決別した両親。
しかし司にとってはどうでもいいはずがない。今リィナは、確かに目を潤ませた。言葉ではそう言っているが、心の底では悲しんでると考えた。
(……このままじゃダメだ)
司がゆっくりと体を起こす。リィナが「む、無理するな司!」と心配するが、何とか胡座をかき、リィナの頭に手をポンと置いた。
「――リィナの気持ちは分かるよ。僕も母さんがいなくなった時は悲しかった。悲しくて、忘れようとした。……だけど嫌いになんてなれなかった。また会いたいと思ってたし、ちゃんと話を聞きたかった。だって……家族なんだもん」
「司……」
気持ちを伝えるように撫でる。柔らかい、サラサラの髪が、司の指でくしゃりとなる。
「だからそんな悲しいこと言わないで? 僕はリィナのそんな顔見たくない。――それに、リィナを産んでくれたリィナの両親には感謝してもしきれないよ」
「…………うんっ」
それだけでリィナの心が晴れるわけじゃない。そんなことは司も分かっていた。だがリィナはポーっと顔を赤らめると、嬉しそうに頷いた。
(…………今のはヤバかった)
一方の司は自分で言っておきながら、リィナの表情に心臓がバクバク跳ねていた。どこか熱っぽくなったリィナの表情は、それだけで破壊力抜群だ。
これ以上変な気持ちになる前にリィナの頭から手を離す。しかしその拍子に、指先がリィナの角を擦るように当たってしまった。
「んひゃっ! つ、司のエッチ……急にそんなのされたら私……」
リィナの体がビクンと跳ねる。小さく肩を震わせ、さらに熱っぽい目を司に向けた。
「ご、ごめんリィナ! 今のはわざとじゃ……」
リィナの潤んだ目線に司が息を呑む。二人きりの部屋。何かを求めるようなリィナの顔。自身の唇を指でなぞり、トロンと色っぽい表情に変わるリィナ。
そして――。
「……二回目、だぞ」
「ふえ?」
急に近付いてくるリィナの顔。床に手を付き、司を押し倒したような体勢で迫る彼女に、司はパニックに陥った。
「に、二回目って何が⁉︎ 角を触っちゃったこと⁉︎」
「違う。……こっちの話」
さらに近付く距離。頭を撫でられ、さらに角まで触られたリィナは、もはや理性が崩壊していた。逃げようとする司に銀糸を絡ませ、ついでに手足の自由も奪う。
(こ、これじゃ蜘蛛に絡め取られた虫みたいだ! それにリィナ、まさか!)
リィナが目を瞑る。プルンとした唇が艶めかしく濡れ、司に迫る。
「ま、待ってリィナ! 何するつもり⁉︎」
「言わずもがな! 司になんか色々責任とってもらう! とりま動くな、二回目の私に全て任せろ! なんたって二回目、だからな!」
「だから二回目って何が⁉︎ なんでドヤってるの⁉︎」
司は知らない。寝ている間に一度目が済んでいることを。リィナはたった一度の――それも寝てる司にキスをした経験から、まるで経験豊富な妖艶美女になった気分で司に迫った。
「意味分かんないって! せめてこの糸解いて……あっ」
そして抵抗も虚しく、二人の唇が触れようとしたその時――。
ぐううううう……と、大きな音がリィナのお腹から鳴った。それは空腹を告げる腹の虫。時間にして午後七時。普段ならとっくに夕食を食べているはずのリィナの胃袋が、素直すぎる悲鳴を鳴らした。
「…………り、リィナ、お腹空いたの?」
「………………今のは聞かなかったことにして……」
その音で我に返ったリィナが、みるみる赤くなった――。
――――それから三日。
あの夜以降、二人の間には甘くギクシャクした空気が漂っていた。
リィナは司の看病を不器用ながらこなし、咲希と一緒に作ったカレーは、司の助言によりドリアやうどん、おじやへと七変化を果たした。
さらにリィナは洗濯機の使い方をマスターし、洗い終わった洗濯物を銀糸で器用に部屋干しまでできるようになっていた。二百六十三歳、初めての洗濯物ここに完結である。
『身の回りの世話は私に任せろ! 私だって、司のために色々したいんだからな!』
エプロン姿のリィナの言葉。たまにもじもじしながら司を熱く見つめ、はたから見たら幼妻のように振る舞うリィナの姿に、司は何度も理性を必死に働かせた。
そしてリィナの気持ちが膨れ上がるほど傷も頭痛も回復していき、初日は赤く腫れていた縫合痕は、二日目には腫れと痛みが引き、三日目――つまり今日の朝には綺麗に塞がっていた。
これはリィナへの想いが司の中に眠った魔力を引き出しているためで、司の魔力量が以前より大幅に上がったことを示している。
――そして今、回復を実感した司は、ようやく湯船に浸かり、ポケーっと天井を見つめてた。
(……今日こそリィナに言おう)
この三日司が味わったのは、風呂上がりに行われるリィナの強制膝枕。さらに夜は熱い体を密着させての添い寝という、大胆で無防備すぎるリィナの行動。それは看病中のキスにより愛情が爆発したリィナが立てた『司から告白を引き出す大作戦』の一環であり、見事に司の情緒はぐちゃぐちゃにされていた。
「……もう無理、好きすぎて頭おかしくなりそう」
考えるだけでいっぱいになる。苦しい、だけど甘く、心地いい。まるでハチミツをたっぷり加えたミルクで満たされたような、張り裂けそうな胸の高鳴り。
(我ながらよく我慢できてるな。……けどもう無理。これ以上されたら……リィナのこと……)
熱々の湯船から湯気が昇り、司の思考がさらにボーっとしていく。
「……そろそろ上がるか」
浴槽からザバってと上がり体を流す。風呂の栓を抜き、濡れた体をタオルで拭いてパジャマに袖を通す。
(よし、覚悟はできた。リィナに全部伝えるんだ! んで男は狼だって警告しなきゃ!)
まるで戦場に赴く戦士のような気分で、司は自分の頬をパンッと挟んだ。
「リィナー、お風呂上がったよー」
扉を開けリビングに入る。しかしそこにリィナの姿はなく、シンと静まり返っていた。
「……こっちだよ、司」
寝室から聞こえたリィナの声。顔を向けると、薄暗い部屋の扉が開き、カーテンから漏れた星明かりが、リィナの銀髪を幻想的に照らしていた。遠くで微かに地鳴りのような音が響くが、二人の耳には届かない。
「……今日は早いね。もう寝るの?」
「…………いいからこっち。もちろん今日も膝枕の刑」
むふふ、と自分の膝を叩くリィナ。司を膝枕することにすっかりハマったようだ。
「失礼、します」
「ぷっ、なんで敬語なんだ司?」
「な、なんとなく」
一歩進み、気が付いた。リィナは司をジッと見つめている。ふやけた顔をしているが、眼差しは熱く、いつもと雰囲気が違う。その潤んだ表情は、まるで肉食獣を思わせた。
(……マズい、絶対マズい。これじゃどっちが狼か分かんない。…………だけど、逆らえない)
「ほら、早く早く」
「う、うん……」
言われるままリィナに近付く。枕元に置かれたスマホが何かの通知で何度も光るが、そんなこと気にする余裕もない。
そして司がぎこちなく膝に体を沈めると――リィナが嬉しそうに微笑んだ。
「どうだ、私の膝枕は?」
「……すべすべで良い匂い。最高」
「ふむ。素直でよろしい」
司の喉がカラカラに乾く。リィナの髪から香るシャンプーの匂い。耳から感じる熱い体温。全てが司の緊張を高め、リィナを一人の異性だと強く認識させる。
「――ねえリィナ、どうしても今……言いたいことがあるんだ」
だから司は、リィナへの欲情に呑まれる前に、自分の中の気持ちを打ち明けることにした。
――司はこれまでの自分の気持ちを、一つずつ、慎重に言葉に紡いだ。
初めてリィナと出逢った日の感動と感謝。最初は姉のように、母のように想っていたこと。中学高校で何度か女子に告白された経験と、その度にリィナの顔が浮かび断ってきた過去。最近の膝枕や添い寝で、その想いが抑えられなくなってしまったこと。
……そして今、リィナに対する気持ちが、それまでとは一線を画してしまったこと。
「……え、もしかしてこの流れ……」
リィナは驚きながら聞いていた。司の言葉を聞き漏らさないよう、彼の唇から目を離さず、紡がれる言葉を全て心の奥まで染み込ませていた。外の喧騒も、『彼女』の魔力にもまるで気付かない。
「――今まで勇気が出なかった。この気持ちを伝えたら……もう今までの関係に戻れないかもって……関係が壊れちゃうんじゃないかって。だけど……もう自分に嘘をつきたくない」
起き上がった司が、優しくリィナを押し倒す。リィナはされるがまま布団に身を沈め、サラサラの銀髪を毛布に広げた。
「…………司」
リィナの目に涙が浮かび、声を震わせながら彼を見つめた。長年の想いが――自分の作戦が身を結ぼうとしている。その喜びが司を導くよう、彼の顔をそっと引き寄せる。
「……僕だって男なのに、リィナは無防備すぎる。……無理だよ、この気持ち……もう抑えられない」
「……ふへへ、抑えなくていいよ? 私だって……司と同じ気持ち、だよ?」
ヴヴヴヴと唸るスマホ。カーテンの隙間がピカッと光り、窓がビリビリ震える。まるで二人を祝福する花火のような明かりの中、二人の距離がさらに近付いていく。
部屋の外では階段を駆け上がる誰かの足音が響き、『彼女』の魔力が近付いて来るが、もはや二人は互いの存在しか認識できない。
「……リィナ。僕、リィナのこと――」
今にも唇が触れそうな距離。互いの吐息が熱く絡み合い、それぞれの瞳が相手の顔を映す。
リィナの体から力が抜け、司に全てを委ねる。司になら全てを捧げたいという決意が、言葉にせずとも司にダイレクトに伝わる。
そして司が意を決し、ついにその言葉を口にしようとした刹那。
「愛して――」
突然扉がガチャリと開いた。
「リィナ! 司君! いい加減気付いてよ! アポカリプスが最後の侵攻をしてきて名古屋が無茶苦茶になってるわ……よ……」
そのまま駆け込んできた『彼女』――ミオンにバッチリ見られ、二人はキス直前の状態で固まった。
「え、えーっと…………その、タイミング最悪、だったかしら? あ、私のことは気にせず続けて?」
動揺し、顔を手で隠しながらも、指の間からバッチリ二人をガン見するミオン。一方の二人は恥じらいで真っ赤になりながらも、ミオンへの不満を爆発させた。
「できるわけないでしょ⁉︎」
「げ、激アツ展開だったのに……ミオンのバカーっ‼︎」
次回からクライマックスに突入です