表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パチンカスが異世界を救う 〜名古屋の銀糸姫と世話焼き青年〜  作者: 虹ノ千々
三章前節 自覚する想いと名古屋カーニバル
25/30

ご都合主義のハッピーエンド

 ――あれから時が経ち、壁に掛けられた時計は十二時を指していた。


 土曜日、そして咲希と勇はたまたまバイトが休みということもあり、勇は司の体を濡れタオルで拭き――咲希は白のダボシャツと黄色いショートパンツに着替えたリィナと、並んで台所に立っていた。


「さっすがリィナさん、包丁いらずね! あ、もう少し大きめに切った方がゴロゴロして美味しいですよ?」


「む、これくらいか?」


「そうそう、それくらいです。きっと司先輩も喜んでくれますよ」


「ほんとか⁉︎ よし、全部まとめて八つ裂きだー!」


 ジャガイモとニンジンが宙を舞い、銀糸により一瞬で一口大にカットされる。玉ねぎは咲希がサクサクと切っていた。


 そんな二人を開け放たれた扉から見ながら、勇は司の肩をポンと叩いた。


「とりあえず三日は余裕でもつくらいの量を買ってきた。飽きたらカレーうどんなりカレーおじやにしてくれ」


「……助かったよ勇さん。色々ありがと」


 これが二人の目的。以前リィナの手作り料理の内容を聞き出した咲希が、司をリィナの地獄料理から助けるためのお見舞い。散らかっていた部屋は綺麗になり、リィナが溜めていた洗濯物も洗濯機にかけられている。加えて咲希による料理指導は、味蕾が破壊された司を救出する神の一手だった。


「にしても絶景だな。一時はどうなるかと思ったけど、なんか前より仲良くなってるな」


 勇の目線の先には、まるで姉妹のように仲良く料理する二人がいる。司もその穏やかな光景に、心から安堵していた。


「そうだね。特に咲希、リィナに対する対抗心? みたいなのがなくなってる」


「それな。マジでどんな話したんだろうな」


 司と勇にとって気になって仕方ない変化。浴室から出てきた咲希は目を赤くしていた。だが驚く司に気が付くと、何か吹っ切れたようや笑顔を見せ、「さ、リィナさん! 美味しいカレーを作りますよ!」と明るく言い放ったのだ。


(――あの時はビックリしたけど、丸く収まったみたいで良かった)


 二人が交わした『第一次司獲得戦争終結宣言』を知る由もない司は、二人の後ろ姿を見守っていた。


「教えませんよー! 私とリィナさんの秘密でーす!」


「そうだそうだー! 私たちは終戦したんだー!」


「ねー!」「なー!」


 勇の声が聞こえていたらしく、二人が楽しそうに顔を見合わせる。息ピッタリ。本当に姉妹のようだ。


 これが終戦した二人の新たな関係。リィナが司を幸せにする。咲希はそんな二人を見て癒されるという、微笑ましい約束、講和条約。


「……ねえ勇さん」


「んあ? どうした?」


 司が二人に聞こえないよう、小さな声で話しかける。その視線は咲希と笑い合う、リィナの横顔に注がれていた。


「…………勇さんには悪いけど、僕……」


 それだけで勇は悟った。司の熱い視線から、リィナへの想いを感じ取った。


「皆まで言うな。俺のは憧れ。お前とじゃ勝負にすらならねーって。――頑張れよ、後輩」


「…………うん。ありがと先輩」



 コツンと交わされた拳。彼らはそれだけ口にすると、窓の外に広がる秋空を眺めた――。



 ***



 秋の空気が降りるルーナ本部。剥き出しのコンクリートにパイプ椅子だけが置かれた取り調べ室に、カイの姿があった。


「――なるほどね。異世界の調査に名乗りを挙げたのは、強制送還されたジュラを探すためだった、と」


 カイの向かいのパイプ椅子には、複雑な表情のミオンが座っている。


「……だけどいくら探しても見つからなかった。ジュラを見つけるまで帰らないってのも考えたよ」


 静かに口を開くカイ。観念したように、どこか安心したように、素直にミオンの問いに答える。


「そんなことしたらアンタはとっくに死んでた。ゲートが綻ぶのは新月の日。閉じたら帰ってこれない上に――」


「ああ、向こうの大気は憎しみで汚染されてる。普通の魔族の俺じゃ、次の新月までに確実に死んでたよ」


「…………ええ、その判断は正しいわね」


 ミオンはやはり、複雑な顔で頷いた。


 信頼していた部下。自分やリィナには及ばないが、百年以上生き、数々の魔法具製作から異世界調査を任せていたカイの裏切り。その背景にあるかつての恋人への想いは、人情家のミオンのウィークポイントを突いていた。


 だがカイの行いは許されない。その強さから誰も結婚まで至ってくれないミオンにとって、我が子同然のリィナ。そのリィナの心を癒し、子供の頃から見守ってきた司を傷付けた事実は重い。


「アポカリプスと関わったのは……向こうの調査中?」


 取り調べを続ける。


「いや、それはこっちの世界でだよ。……リーダーのワルプル、あいつはこっちに侵入してから、ずっと司っちを監視してたみたいでさ、司っちと知り合いの俺に接触してきたってわけ。……多分、ジュラの黒魔力の残り香に気付いたんだろうな」


 スラスラと喋るカイ。ミオンはそんな彼に違和感を覚えた。


 カイはミオンの能力『魔眼』を知っている。相手の心を見透かし、思い通りに操れる能力。加減一つで精神を破壊できる理不尽級な力に、抵抗は無駄だと悟ったのだろうか、と。


「随分と素直ね。そのままアポカリプスの計画も教えてくれる?」


「……シンプルな計画さ。司っちの能力を完全に引き出す。その上でリィナちゃんと一緒に殺し、ワルプルが二人の魂を吸収。晴れて封印の力を手に入れたワルプルが、封印を打ち消すってだけだ。……それももうすぐ終盤だな」


 やはり淡々と答える彼に、ミオンの中で疑いが増していく。ミオンの目が妖しく光り、『魔眼』で彼の心を覗き込む。そこで見えたのは――。


「…………何が人生始まリングよ。そんな薄い希望に賭けたっての?」


「何言ってんの。『薄い確率を勝ち取った方が楽しい』って教えてくれたのは、ミオン姉さんだろ?」


 希望というより、もはや妄想に近いカイ自身の願望。アポカリプスの計画、司の優しさ、リィナの愛すら落とし込んだ、ご都合主義のハッピーエンド。


 カイの目的を悟ったミオンは、「……ふっ、それもそうだったわね」と、カイの肩に手を置いた。


「――ならしっかり働きなさい。アンタの妄想のせいで、この街の人々が傷付かないようにね」


「ミオン姉さん……」


 フッと優しい顔になったミオン。その温かい声に、カイの涙腺が緩んだ。


「ただし! 外れたら潔く諦めなさい! それとこんな勝手したんだからしばらくは無償労働! ――あ、それと念の為に玄海を監視に付けるからね。異論は認めないわよ?」


 どこまでも面倒見がいいミオンは、彼の妄想の片棒を担ぐことにした。理由は簡単。『薄い確率を勝ち取った方が楽しい』からだ。


 カイは肩に置かれた手の熱と、背負った重みを感じながらも、ミオンからの赦しに心を震わせた。



「……あざす。ミオン姉さん最高っす」



 ***



 外はすっかり暗くなり、咲希と勇が帰宅した。残された司は、まだ立ち上がることができず天井を見上げている。


「……こんな風にゆっくりするの久しぶりだな」


 高校を卒業してからはバイト漬けの日々。たまの休みは、リィナに付き合って名古屋の街やパチンコ屋に付き合う生活。忙しさはあるが、それでも毎日が楽しかった。


「ふ、ふふ、こいつら好き放題書きすぎだろ」


 リビングで寝転がり、スマホを観ているリィナがニヤついている。観ているのは先日の名古屋駅前での戦闘。ニヤつかせるのは『この二人、付き合ってんのけ?』『もう絶対好きじゃん……』と、動画に投稿されたコメント。


(なんかリィナ、めっちゃニヤニヤしてる。何観てるんだろ)


 そんなことを知らない司はリィナのニヤケ面を眺めると、ペンダントを握った。


「……あれは夢じゃないよね、母さん?」


 答えるようにペンダントが淡く光る。温もりが全身を包み、頭痛と傷の痛みが薄れる気がした。


 ノワの声と言葉を一つ一つ思い出す。実に十二年振りの再会は嬉しくもあり、切なくもある。


(母さんがいなくなったのは、綻んだ封印を補強するため。――――それに、リィナの両親も封印に溶け込んでるって言ってたな……あれって……)


「……ねえリィナ、ちょっと聞きたいんだけど」


「ぐふふふふ。――ん? 何がだ?」


 本人に聞くことにした。リィナはスマホを持ったまま寝室までゴロゴロ転がり、司の顔を覗き込む。近すぎる距離に、司の胸がドクンと高鳴る。


(リィナの顔が、唇が……待て、今はそこじゃない。それにまだ告白もしてないし、順番が違う)


 自覚はした。だが、まだ気持ちを伝える心の準備ができていない。


「えっと、リィナの両親のこと、なんだけど……」


「…………いきなりだな。というか前に話したろ? あいつらは幼くキュートな私を残していなくなったって」


 無邪気な顔が、苦虫を噛んだような顔に変わる。分かりやすく変わる態度に、司も釣られて苦笑いする。


「あ、はは、それはそうなんだけど……母さんが気になること言ってたんだ」


「ひょ? 司のママさん? いつ話したんだ?」


「昨日、夢に出てきたんだ。それで少しだけ話せた」


 司が嬉しそうに微笑む。その表情は、ただの夢じゃないと確信しているようで、リィナも優しい笑みを浮かべた。


「……そうか。それで? ママさんは何て言ってたんだ? どんな話をした? 私にも教えてくれ」


「うん、実は……」



 そして語り始めた司の言葉を、リィナは静かに聞いていた――。

すみません、次回激甘な展開なので注意おなしゃす。多分今日の朝通勤前にでも投稿します。7時くらいです覚えてたら

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ