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パチンカスが異世界を救う 〜名古屋の銀糸姫と世話焼き青年〜  作者: 虹ノ千々
三章前節 自覚する想いと名古屋カーニバル
23/27

逆白雪姫と夢の中の王子様

ロマンス回です

 ***



 この二日間、リィナは司のそばを片時も離れなかった。緊急手術により刺された傷は縫合された。『ルーナ』の術士による乱れた魔力調整の治療も施した。


 ……だが司は目を覚さない。病院の個室で寝ずに付き添い、司の手を握り続けた。


 日が昇り、ミオンが訪れ、司を『尾張荘』に移そうと提案し、担当医もミオンの方針を後押しした。一睡もせず、司を想い続けるリィナの気持ちを、本当は泣きじゃくりたい彼女を想っての提案だった。



 ――そして今、リィナは暗い寝室に並べた布団で、司に寄り添って泣いていた。


「……起きて、司……ぐすっ……ひっく……司ぁ……」


 二六三歳。その魔力色、戦闘力から上級魔族と冠されたリィナ。十三の誕生日、両親が黙って姿を消した日でさえ、幼いプライドで声を押し殺した彼女は、愛する彼の傷付いた姿に顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「また、優しく、笑ってよ……私、司がいないと……ダメ、なんだよ……」


 リィナの宝物。一番大切な人。生きる糧であり支え。それが司だった。


 ミオンに保護され、魔力や能力の修行に明け暮れた。家族なんていらない。いなくなるくらいなら、いなくなって悲しいなら、そんなもの必要ない。


 自分に穢らわしい欲望を向けてくる人間、利用しようとする魔族、全て叩き伏せてきた。修行の息抜き、ミオンに連れて行かれたパチンコにハマり、見たくない現実を……孤独な自分から目を逸らして生きてきた。



 そんな長すぎる孤独な生活は、十二年前、突如終わりを告げた。



 最初は同情だった。両親に捨てられたあの日の自分が、幼い司に重なった。


 したこともない子育て。突然始まった二人の生活。最初は分からないことばかりで、ミオンに相談してばかりだった。


 しかし一年もすると司との生活にも慣れ、すっかり弟のように接していた。


 月日を重ね、徐々に大きくなる司。いつの間にか抜かれた身長。いつも明るく優しい彼に、いつからか甘えるようになっていた。……初めて恋を知った。



『リィナリィナ! 美術の授業でこれ描いたんだ! タイトルは大切な人!』


 描かれていたのは、景品のパチン銃を持って小躍りするリィナ。ニヤけた笑顔は特徴を良く捉えていた。


『いつも僕が学校から帰る前にはパチンコや魔チンコから帰って来てるよね。……我慢しなくていいよ?』


 我慢なんてしてない。司がいない寂しさを埋めるため、それだけだった。


『リィナってグータラだけど明るくて楽しいよね。見てるだけで僕も元気になるよ』


 明るさをくれたのは、自分を変えてくれたのは司だと、抱きしめて伝えたかった。だけどそれは恥ずかしくて言えなかった。


『いつもありがとうリィナ。……僕、リィナに助けてもらって良かった』


 逆だ。救われたのは自分だ。この子の――彼のそばにいるのが自分の幸せだ。



 次第に抑えきれなくなり、気付いてほしくてアピールし続けた。なのに彼は気付いてくれない。最初は嬉しかった『家族』という言葉が、リィナの胸を締めつけるようになった。


「――ねえ司。私ね、ただの『家族』はもう嫌なの。この私をこんなにしたんだから、早く起きてよ……」


 彼の寝顔を覗き込み、顔を近付ける。銀の髪が司の顔をくすぐり、彼が「ん……」と寝息を漏らした。


(司の寝顔……初めてこんな近くで見た、かも……)


 まじまじと見つめてしまう。アパートに帰ってからリィナなりに精一杯看病した。体を拭いたり、濡れたガーゼを口に当てたり、下着やズボンを着替えさせたり。


 不安でいっぱいであまり顔を見る余裕もなかったが、不意に意識してしまった司の寝顔。その整った顔と規則正しい寝息に、トクンと胸の奥が脈打った。


(誰もいない、よね。二人きり、だよね?)


 念の為キョロキョロと部屋を確認し、彼の寝顔に顔を近付ける。


 リィナの視界には彼の寝顔がいっぱいに映り、愛しさが胸を支配する。


(チャンス、チャンスだ私。今のうちに既成事実を――じゃなくて、せめてチューくらいなら……)


 そのマグマのような情熱が、リィナの理性を溶かしていった。


「早く起きないと……逆白雪姫しちゃうよ? いいの? 起きてくれないとほんとにしちゃうよ?」


 眠りに落ちた王子様。それを助けるのは、『銀糸姫』のキスだと伝えるように――。


「――――時間切れ。…………私の初めて、受け取って?」


 濡れた瞳を、熱い唇を、ゆっくり彼に重ねた。


(…………本当に、しちゃった)


 唇を離し、もう一度彼の顔を覗き込む。頬から広がった熱が全身に広がり、体の奥がジンと疼く。司は微かに目蓋が動き、しかしこれでも目を覚さない。


「……好き。大好き。愛してるよ、司」


 いつもの冗談めかした態度が剥がれ落ち、想いがとめどなく溢れる。……彼の全部が欲しくなる。


(もっと欲しい。全然、足りない……もっと司を……)


 これがリィナが抱えていた裸の心。誰よりも純粋で、何よりも激しい恋心。


 だがひと握り残された理性が、これ以上はマズいとブレーキを掛けた。


「……起きて告白してくれるまで我慢。私、そんなスケベじゃ……ないもん……」



 悶々としたまま彼を抱きしめると、寝不足の脳がリィナを眠りに誘った――。



 ***



 ――――彼は夢の中にいた。


 微かに見覚えのある家。幼い頃、両親に挟まれて寝ていた寝室で、やはり覚えのある匂いに抱きしめられていた。


『……ごめんね司。母さんの力じゃ、貴方を守れなかった。痛かったよね……ごめんね』


 何度も頭を撫で、額に唇を当てる優しい声。だがその声は自分の無力さを嘆いて震えていた。


(ここは……この声は……母、さん……)


 ボヤけた意識のまま声の主を思い浮かべる。部屋中に散らばった意識をかき集め、自分を抱きしめる温もりを必死に確かめる。


「私ね、司には自由に生きてほしかったの。封印なんて気にせず、やりたいことをやって、好きな人と幸せに生きてほしかった」


 声が出ない。まるで喋り方を忘れたように、産まれたばかりの赤ん坊のように、ノワの声を聞くことしかできない。


「だからあの日、貴方にも、パパにも黙って出て行った。綻んだ封印を命と引き換えに補強する前に…………貴方の力を、このペンダントに封印してね」


 司の胸のペンダントを大事そうに触れるノワ。その優しい手つきは、間違いなく追い求めた母のそれで、司の胸に熱い想いが押し寄せる。


(母さん……母さん母さん母さん。会いたかった、やっと逢えた……もう離れないで。僕のそばにいてよ)


 言葉は出ない。その分心で何度も叫ぶ。ノワは司の声にならない叫びに、誰よりも美しく微笑み――首を振った。


「ごめんね司……お母さんはね、もういないの。今の私はペンダントに残した魂の残滓……本物の私は、ゲートの封印に溶け込んでるのよ。……あの子のご両親と一緒に、ね」


(……そんな…………それに、あの子って……)


「ふふ、貴方を誰よりもそばで守ってきてくれた子よ。……パパはグッジョブね。あのネグレクトには、流石に封印から飛び出して殴り掛かりそうになったけど」


 記憶にないノワの静かな怒り。額がピクピク脈打ち、光彦に対する怒りを浮かべている。


(……母さん、こんな風にキレるんだ。……ちょっとリィナみたい)


 リィナを思い出した司が、朗らかに微笑む。それを見たノワも、怒りから元の優しい顔に戻った。


「司は本当にあの子のことが好きなのね。……ちょっと妬けちゃうわ」


「か、母さんまで何言って! …………あれ? 喋れた」


 高まった感情が司の言葉を引き出す。しかしそれは目覚めの引き金になることを、ノワは分かっていた。


「もう隠さなくていい、何も心配しなくていいの。司は司の心のまま、後悔のない生き方をして。母さんが応援してるから、ねっ」


 フワフワした不思議な感覚が司を襲う。部屋が明るく、薄くなり、意識がどこかに引っ張られるような感覚を覚えた。


「……もう少しお話したかったけど……いつまでも引き留めちゃ悪いものね。――そろそろ起きなさい司! リィナちゃんが待ってるわよ!」


 光に包まれながらも、ノワの明るい声が響く。夢の終わりが近付いていた。だが司はもっとノワと話したい。やっと逢えた母との再会が、もう終わってしまうのが嫌だった。


「待って母さん! 僕もっと母さんと!」


「――ありがとう司。けど……きっとまた逢えるから大丈夫よ。それと……」


 優しい光が司を包む。額にチュ――と、柔らかい温もりが触れた。


「ビュバでもズビでもない。……ジャラッよ」



 こうして司の意識は現実に引き戻された。ノワのユニークなヒントと、どこまでも深い愛を受け取って――。


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