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裏切りの刺突、殺意止める優しさ

 名古屋駅前の大通り。バスやタクシーが溢れるミッドランドスクエアの足元に、氷と焔――そして銀糸が、まるで映画のワンシーンのように煌めいていた。


 数え切れない通行人が足を止め、溢れる車の群れはクラクションを響かせながらも立ち往生し、彼らを取り巻くコロッセオを形成している。


 そんな急遽設営された特設闘技場のような空間には、パチン銃の銃声が鳴り響いていた。


「――次に吹き飛びたい奴は前に出るがいい!」


 ザラが召喚した岩石魔獣が次々と砕け、リューランが造り出した氷のライオンが銀糸に切り裂かれる。その攻防の隙間を縫うように放たれる空を焦がす焔龍、リューランの放つ空気を凍らせる氷のつぶては、リィナに届く前に必死な形相の司の拳により、全て叩き落とされていた。


「お前ら賭けろ賭けろ‼︎ ダークと『銀糸姫』ペアの祭りだぜー‼︎」「あの子も魔族だったの⁉︎ 頑張れー!」「リィナたちに一万……いや、三万‼︎」


 盛り上がる群衆。魔族も人間も揉みくちゃに、興奮した顔で拳を突き上げる。完全に祭りと化していた。


(まじでみんなヤバすぎ。こっちは必死だってのに! ――うわっと!)


 空に叩き上げた焔龍の後ろから迫ってきた氷ライオンが司に飛びかかる。思わず両手でガードを固めた司だったが、氷ライオンの歯が司に届く前に、緑の魔力弾で撃ち砕かれた。


「大丈夫か司! 無理しなくていいぞ!」


「ありがとリィナ! けど大丈夫!」


 交わされる短い言葉。その中にも互いへの気遣いが含まれ、言葉にしない想いが響き合う。


(リィナの援護もあるけど、僕けっこう戦えてるかも。……これか特訓の成果か)


 実戦の緊張感と経験。最も必要で不可欠な要素が、彼の成長を促す。持ち前の身体能力に加算された魔力が、彼を焔や氷から守っていた。


「あいつ、この短期間で成長してるわね」


 ザラが炎龍を放ちながら小さく笑う。彼を奪取しに来たはずが、その成長を素直に祝福していた。


「……ザラ、ニヤニヤしてる」


 地面にしゃがみ、凍らせた足元から新たな氷ライオンを造り出したリューランが呆れる。昔から世話焼きで、いつも自分の手を引いてくれたザラの優しさを思い出していた。


「い、良いじゃない! それよりリューラン、リィナが突っ込んでくるわよ!」


「……任せてザラ。迎え撃つ」


 シャラン――と氷結剣が空気に触れる。リューランの『氷結』により造られた全てを凍らす刀身に、寡黙な彼女の顔が映る。その瞬間――。


「ほら! 間合いに入ったぞ!」


 ガギィィン! と剣戟の音が鳴り響いた。自信満々に飛び込んで来たリィナ。左腕から伸びた白銀の刃と氷結剣がぶつかる。


「……甘い、軽い」


 しかしその力が拮抗することはなかった。左腕のみのリィナの刃に重さはなく、リューランが振るった剣により易々と体ごと吹き飛ばされる。


「はい隙あり! チャンス到来!」


 吹き飛ばされたリィナは笑っていた。笑いながらパチン銃をリューランに向け連射し、いつの間にか周囲に張った銀糸で自分の体を受け止める。


「ちぃ! リューランどいて!」


 咄嗟にザラが割って入り、巨大な焔龍を手から放つ。青保留混じりの魔力弾により、焔龍は粉々と砕け散った。


「そんな⁉︎ あの焔龍が簡単に⁉︎」


 驚愕するザラ。以前やり合った時より、明らかにパチン銃の威力が上がっている。それが金色魔力――司への想いの力と気が付く前に、ザラの周りの空間がキラリと光った。


「危ないザラ!」


 今度はリューランが氷結剣を振るう。ザラをソルベにしようと収縮された銀糸を、絶対零度の剣でズバッと断ち切る。


「ほう、今のを防ぐか。この前より少しマシになったようだな!」


「……リューラン、油断したらヤバいわよ」


「……ザラこそ」


 不敵に、不遜に笑うリィナ。一方、キッと彼女を睨み、漆黒の魔力を噴き上がらせる二人。


 ――そんな彼女たちを、司は魔獣と氷ライオンを殴り倒しながら見ていた。


(……リィナすご。けどあの二人の魔力が強くなってる。ここからが本気か。……早くこっちを片付けないと)


 背後から迫る魔獣の突進。魔力を察知した司が、地面に倒れていた氷ライオンを掴んで投げ飛ばす。グジャァア! と潰れる音が鳴り、背後の魔獣と氷ライオンが砕けた。


「うおおおお! リィナちゃんかっけええええ!」「あのダークの姉ちゃんたちも強えぞ!」「司も凄えじゃねーか!」


 気付けば駅の巨大モニターに戦いが映され、歓声と狂乱が駅前を支配していた。野次馬が地面を激しく踏み鳴らし、拳を突き上げ、リィナのようにヘドバンをかます魔族もいる。



 ――――そんな名古屋特有の大騒ぎ魔族イベントを、彼は群衆に紛れて観察していた。



「リィナちゃん流石だな。……司っちも予想以上だけど……やっぱ簡単には目覚めねえか」


 鋭利な刃物を握るカイ。長さにして二〇センチほどの細剣は、レイピアと言うより玩具のように見える。だがその持ち手には、カイ自身がアンティーク調の細かな装飾を施し、ワルプルが込めた『ある力』が宿っていた。


 ただしその力を奮うには、この魔法具の形状通り――切先を対象の体内に刺しこむ必要がある。体外の魔力の防御・抵抗を突破する、最も確実な方法がそれだった。


「……これやったら、ガチでリィナちゃんに殺されるな…………ま、仕方ないか……一緒に死のうぜ、司っち。……なんてな」


 覚悟を決めたカイが、音もなく足元の影にポチャンと溶け込む。愛する恋人との再会――その裏に隠した本当の決意。自分を犠牲にしても、彼女のいる世界を助けるため、その影は群衆を抜け、司に向かって行った。



 ――魔獣たちをなんとか倒し終わった司は、その戦いを呆然と眺めていた。


 リィナが連射するパチン銃。たまに緑が混ざる魔力弾がザラたちに襲いかかる。リューランの造った氷山のような分厚い氷がソレを防ぎ、熱風を放つ焔龍五体がリィナを襲うが、彼女は蜘蛛の巣のように張り巡らした銀糸を利用し、縦横無尽を書ける一陣の影となる。


「なるほど、氷の壁に篭って炎の龍で攻撃か。――クソ陰キャ戦法だな。プライドないのかお前たちは!」


 イラつきを隠すことないリィナの言葉。実際ザラとリューランの戦法は無慈悲かつ無敵。あの分厚い氷は傷付いた瞬間に再生し、パチン銃の連射を防ぎ切っていた。それに加え、焔龍が倒される度にザラが次の焔龍を造り出しリィナに襲いかかる。マックス五体なのは、それが同時に操れる限界だとリィナは分析していた。


(ヤバい、レベルが高すぎて付いてけない……。って何考えてるんだ僕は! 早くリィナを援護しないと!)


 焔龍がリィナを掠める。リィナが「くっ、弾けろ!」とその龍を撃ち抜くが、ギャオオオォォォ――と消滅した瞬間、新たな焔龍がザラから放たれる。


「あーもう! いい加減当たり来いって! 最近ヒキ悪いんだから確率収束しろよー!」


 パチン銃に文句を言い出すリィナ。当たりを引けたら氷の壁すら一撃で破壊できるだろうが、中々赤も虹保留も来ない。


「ま、待ってて! 今助ける!」


 リィナのピンチを悟り、司は走り出した。向かうのはリューラン。あの氷の壁に全力パンチをお見舞いして、絶対防御を崩そうと考えた。


 ――だが一歩踏み出した司の足は、途端に自身の足の影に沈み込んだ。


「うわっ⁉︎ な、なんだ⁉︎」


 例えるなら影の沼。沈んだ足は粘度の高い泥に絡め取られたように抜けず、ガクリとバランスを崩す。


(この能力は⁉︎ ……ザラとリューランは違う! まだ別のダークがいたのか⁉︎)


 一瞬の混乱。すぐに状況を分析した司だが、背後から聞こえた声に、その声の主が纏うタバコの匂いに、さらに狼狽した。


「…………司っち」


「その声、カイさん⁉︎」


 振り向いた司が見たのは、心配していたカイで間違いなかった。だがその表情は涙と後悔で歪み、右手には細剣を握っていた。


(え? カイさん何持って……どうして僕にそんなの向けて……)


 自分に向けられた切先。カイの無事に安心したのも束の間、彼の表情と鈍く光る切先に、司の思考が止まる。


「……ごめん司っち……」


 そのままスローモーションのように流れる光景。涙を浮かべたカイが腕を伸ばし、切先が司の腹部にチクリと――そしてズキンと突き刺さった。


(あれ? この剣、僕のお腹に刺さって……え、何でカイさんが僕……を……?)


 過去最大の混乱。思考が疑問の渦に呑まれ、その奥からジンジンとした痛みが襲ってくる。白いシャツにジワリと血が滲み、剣を伝いカイの手に伸びていく。


「……これも、ジュラのためなんだ」


「なに、を……なんで、カイさん…………ぐっ、ぐはあっ⁉︎」


 カイの手に力がこもり、剣が黒い魔力を纏う。ドクドクと司の中に流れ込み、司の脳が締め付けられたように痛みだす。


「強引だけど……これで司っちの能力が目覚めるはずだ」


「があっ! 頭が、割れる……リィナ…………たす、けて……」


 刺された腹の痛み。ワルプルが剣に施した『放出』の魔力による、強制的な能力解放。二つの痛みは司の痛みの許容量を軽く飛び越え、最も信頼する彼女の名前を口にさせた。


「つか、さ……?」


 リィナもその事態に気が付いた。遠目に見えた彼が、知った顔の魔族に刺され、今まさに崩れ落ちようとしている場面に、戦闘中ということも忘れ立ち尽くす。


 途端に襲いかかる焔龍。隙だらけになったリィナを背後から襲い、リィナの小さな体を吹き飛ばした。


 派手に飛ばされたリィナ。纏っていた魔力により焔は届いていないが、ズシャリ……ドッ……と地面を転がる。しかしすぐにヨロヨロと立ち上がり――――かつてないほどの、悲鳴を上げる観客が恐怖で震えるほどの魔力を迸らせた。


「…………カイ、私の司に……何をした……」


 名指しされたカイは、静かに震えた。俯き、ユラリと立ち尽くすリィナに、金色に混ざりドス黒い魔力が見え始める。それは怒りをゆうに超えた殺気と憎悪。もはや顔見知りである自分でも、どんな言い訳をしても、リィナは容赦なく徹底的に殺すだろうと悟った。


 ――だからこそ、カイは覚悟を決めた。


「好きな奴がいるんだ。……また会いたかったけど、多分会えない。だからせめて……あいつのいる世界を救いたい」


「それが最期の言葉か。…………殺してやるッッ‼︎‼︎」


 飛びかかる殺戮の獣。パチン銃でも銀糸でもない。彼女が選んだのはありったけの魔力を一点に込めた拳だった。それはリューランの氷の壁すら容易く破壊する威力が込められた必殺の拳。


 風切音すら置き去りにしたリィナの体。絶対の死を告げる拳がカイの顔に迫る。


「リィ、ナ……ダメだ……」


 なんとか絞り出す。しかしリィナの耳に届かない。怒りと殺気に呑まれたリィナは止まらない。


「ダメだ! リィナ! ……うぐっ!」


 もう一度、息全てを絞り出した声が、ようやく彼女に届いた。その拳は、額にジトリと汗をかき、顔を歪めた司の言葉に、ピタリと止まった。


「何を、何を言ってる司! こいつはお前を……っ!」


「……それ、でも……誰かを殺、す……リィナ、なんて……見たくな……い……」


「司!」


 言い残し、崩れ落ちる司。リィナは慌てて司の体を支え、抱き寄せる。震える手で司の血に濡れた手を握り、彼の穴が空いた腹部を銀糸で包み込んだ。


「……バカ、こんな時でも他人の……こんな奴の心配するなんて、どうかしてる」


 司を支えながらも、カイに左手を向ける。銀糸がカイを細切れにするように巻き付き、カイも自分の死を受け入れたように目を瞑る。


 だが――。


「……リィ、ナ……ダメ……」


 意識を失いながらもうわ言のように呟く司の気持ちを、リィナは無下にすることなどできなかった。



「カイ、今はその命、取らないでやる…………待ってて司、絶対に死なせないから……!」



 悲しみと愛しさの混ざった涙を流し、司をギュッと抱きしめるリィナ。


 カイはその場で膝から崩れ落ち、遠くでは苦い顔をしたザラとリューランが、「……良くやったわ、カイ」「……ザラ、泣かないで」と呟き、焔と氷を舞上げ姿を消していった――。

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