トラウマの再会
――翌日。
司は名古屋の郊外にあるパチンコ屋『ヒットゥ』の休憩スペースで、漫画を持ってソファーに座っていた。
司の目の前の台では、リィナが新台初日の『魔族カーニバル3』を打っている。朝一で並び、開店とともに魔族ダッシュで確保した角台。……しかしかれこれ二時間経っても当たりはなく、ミオンに貰った小遣いは半分ほど溶けていた。
「クソ、さっきの激アツ外しが痛すぎる! なんでシマウマ柄絡みの最強リーチを外すんだ! 遠隔か? まさか遠隔か⁉︎」
そして一人で騒ぎながら、さっきから拳を握りしめていた。
「リィナー、台を殴っちゃダメだからねー?」
「わ、分かってる! だがようやく来た激アツが……私の金が……」
流石に少し可哀想になった司がスマホを取り出す。ナインでリィナとのトークを開き、『何も当たらなかったらナデナデして慰めるよ』と送ると、ピコンとリィナのジャージが鳴った。
「ん? 誰だ、今忙しいのにまったく…………ん?」
スマホを確認したリィナがキョトンとする。しかしすぐにチラリと司を見て、急に大人しく、しおらしくなった。
自分の荒れた態度が司に見られてる。それを自覚し、「こ、コホンッ。……当たらなくても大丈夫。いや、むしろその方が……」とニヤついた。
――その瞬間。
『デービデビデビィィィィイイ‼︎』
リィナの台から爆音が響いた。入賞フラッシュ。ヘソに球が入った瞬間に鳴った激アツ前兆。演出バランスを超シンプルモードにしていたリィナの台にして、期待度九六パーのクソ激アツ演出。
「ききき、来ちゃああああ! あ、でも司のナデナデが……いや、それより目先の当たり優先じゃああああ!」
一気にテンションフルスロットル。ハンドルから手を離し、盛大に万歳をするリィナは、やはり根っからのパチンカスだった。
(あーあ、ちょっと残念。けどリィナが喜んでるし、これでいいかもな)
僅かに肩を落とした司だが、ピコンとスマホが鳴ったのに気付いた。相手はリィナ。顔を上げると彼女は司をチラリと見ている。そして司のスマホには『二兎を追うもの……二兎欲しい』と書いてある。要約すると当たったけど頭を撫でろ、ということらしい。
(……照れ隠し把握)
司の頬も二ヘラ……と緩む。そして鳴り響く。大当たりを告げる至福の効果音。
『キュイン……キュキュキュキュキュイン!』
「げひひひひひーっ! 十万発! ……いや、二十万発出してやるぁぁあああああああ‼︎」
始まるヘドバン。狂気と至福の乱舞。そんなリィナに、やはり司はドン引きしながらも、心の中で呟いた。
(…………これさえなければ……ううん、こんなリィナも含めて……ずっとそばにいたい)
それから五分後。店の外には、ショボくれた顔で五千円を握りしめるリィナがいた。当たりはした。確変にも突入した。だが結果は二連。収支でマイナス二万。司も残念そうに肩を落とし、リィナの肩をポンと叩いた。
「帰ろっかリィナ」
「うん……もうあのクソ台二度と打たない」
テンションの急勾配っぷりに、司は「ぷっ」と吹き出す。するとリィナは「むっ!」と司を見上げた。
「ごめんって。だけど僕に八つ当たりしないでよ。パチンコなんて負ける確率の方が高いんでしょ?」
「それは私以外の確率だもん! 上級魔族の私なら勝てるはずだもん!」
無茶苦茶理論なうえに結果は負け。涙目で悔しがるリィナを見て、司は「ほら、いつまでも妄想してないで帰ろ?」と手を差し出す。
「そんなことで私の機嫌が…………治るけどさ」
リィナがムスッとしながらも司の手を取る。少し前までは互いに恥ずかしくて手を繋いだりしなかったが、最近はその抵抗も薄れていた。
(これも特訓のお陰かな。まだ少し恥ずかしいけど……それよりリィナに触れたい。………………ん?)
そこで司はある人物に目を奪われた。駐車場の自販機で缶コーヒーを片手に歩いているヨレヨレなシャツの男。見覚えのある無精髭、だがその目はギラついておらず、どこか虚無感を浮かべている。十八年の月日であの時よりやつれて見えるが、間違いなく司の父親――九条光彦その人。
「父、さん……?」
立ち止まり、体が硬直する。古い記憶が――豹変した男に虐げられた恐怖が蘇り、繋いだ手に力がこもる。
「どうした司…………あ」
リィナも気が付いた。しかし司の反応とは真逆で、どこぞのヤンキーのように顔をしかめ、男を「あん?」と睨み付けた。
「え? …………は? 司?」
ようやく男も気が付き、目と顔を大きく開ける。手から缶コーヒーが落ち、カランッと中身が地面に飛び散る。
「………………行こう、リィナ……」
思い出したくなかった。顔も見たくなかった。震える声でそれだけ言うと、司は男に背を向けた。
(何であいつがここに……嫌だ、早く逃げたい……どこでもいい。あいつがいない場所に)
幼い頃のトラウマが司の心を締め付ける。リィナに助けられてもしばらくは拭うことができず、毎晩膝を抱えて震えていた。そしてその度に――。
「……司、大丈夫。私が一緒にいるから怖くないよ」
――今と同じように、リィナが抱きしめてくれた。
背中に感じる温もり。幼い司を癒し、母親のような優しさで包んでくれた声。いつものリィナと違う、母性に満ちた微笑みに、司の震えが収まっていく。
「……ありがとうリィナ。もう大丈夫」
いつまでも逃げたくない。リィナにカッコ悪いところを見せたくない。その想いから司は光彦に振り返った。
しかしそこで見た光景に、司は唖然とすることになった。
「すまない司……この通りだ……俺が、俺が悪かったッ‼︎」
光彦は土下座していた。コーヒーが溢れたアスファルトに膝を、額を擦り付けていた。顔は見えない。だが司と同じように声を――全身を震わせ、小さく縮こまっている。
「何してるの……? 何で、僕に謝ってるの?」
「おい貴様、何のつもりだ? 貴様が司に話しかけることは許さん。死にたくなければ今すぐ消えろ。さもなければ……いくら司の肉親だろうが殺す」
戸惑う司に対してリィナは銀糸を靡かせている。人間を殺すことは『ルーナ』最大の禁忌。それでも構わないと腹を据えていた。
「……全て言い訳に聞こえるだろうが、少しだけ喋らせてくれ。頼む」
光彦はリィナの殺気を十分に理解しながらもそう告げた。その覚悟を悟り、リィナが司の手を握る。
「司……」
「大丈夫だよリィナ。……話を聞こう」
その答えを皮切りに、光彦は静かに立ち上がった。