7保護と治療
ドアに近付く足音で、ふと意識が浮上する。
人間のシェリーであった“前世”を思い出した私は、少しずつ今の魔獣の体と、魔獣としての生活に慣れつつあった。
(帰ってきた!)
この部屋の主である見目麗しい彼が言うには、どうやら私はこの部屋で“保護”されているらしい。
ドアに駆け寄って床に座り、その扉が開かれるのを待つ。
「あ、起きていたんですね。ただいま戻りました。今日も可愛らしいですね。」
(おかえりなさい!)
ドアが開くと、出迎えた私を見つけて、彼はふにゃりと優しく微笑む。
今日も眼福だわ、なんて私が思っているのも知らず、彼はしゃがみ込むと嬉しそうに私を抱えあげた。
私が“シェリー”として生きていた国では、基本的には人と魔獣が共に暮らすことはなかった。
何らかの理由で生息地に帰ることができなくなった魔獣が人間と共に生活できるよう“管理”もしくは“保護”された場合、人間と暮らすことがあるが、その殆どは最終的に生息地へ返される。
また、人間と契約を結んだ使い魔が一時的に人間と行動を共にすることはあるが、彼らは契約した魔法使いの魔力で一時的に呼び出されているだけのため、魔法の効果が切れるとその姿も消えてしまう。
(まあ、ここが本当に“シェリーとして生きていた世界”であれば、だけれど)
魔力の感じ方からなんとなく、ここは以前と同じ世界のような気がするというだけで、確証はない。
生まれ変わったのだから、そんなことを気にする必要もないのかもしれない。けれど、前世の記憶を持って生まれてきた以上、気にするなという方が無理がある。
「少し待っていてくださいね。今日も治療をしましょう。」
彼はそう言うと私をベッドの上に置く。手早く着替えを持って部屋を出て、しばらくすると夜着に着替えて戻ってきた。まだ少し髪が湿っており、とてつもない色気を感じる。
なんとなく見てはいけないような気がして顔を逸らして気付かないふりをしていると、彼はベッドに座って私を膝の上に優しく置いた。
間もなくして、背中に添えられた彼の大きな手から、温かい光魔法が降り注いだ。
「何かあれば言ってくださいね」
(いや、話せないんだけど……あぁ、あったかい……きもちいい………)
本来、魔法使いが他人や魔獣に魔力を注ぐのはかなり危険な行為である。
見知った人間や契約している使い魔の治療のため光魔法を使用することはあるが、それは信頼関係が成り立っているからこそ出来ること。
万が一、魔力操作ができない人間や野生の魔獣に魔力を注いで、魔力の反発をくらえば魔力を注いだ側もただでは済まない。
これだけ魔法を使いこなしているのだから、彼にも当然魔法の知識があるはず。
けれど、彼は戸惑いもなく私に魔力を分け与えた。
(きっと余程の魔獣好きね。)
魔獣好きに悪い人はいない。……はず。
少なくとも、危険であることを承知のうえで私を治療しようとしてくれている彼は、きっと悪い人ではない。
…まだ、彼の名前も知らないけれど。
「良かった。大分体調も良さそうですね。」
(ありがとう)
「あぁ、かわいい…」
治療が終わると彼は私を抱き上げ、ベッドに横たわった。
「好きなだけ僕の魔力を食べて良いですし、好きなだけ寝て良いんですよ。」
(なにそれ、天国ね…)
優しく撫でられ、徐々に瞼が重くなっていく。
「必要な物は全て揃えます。だから、ここで、好きな時に好きなように過ごしてくださいね」
(………あれ?私、この人をどこかで…、)
急激な睡魔に襲われ、視界が狭まっていく。
嬉しそうに細められたその黒い瞳にどこか既視感を覚えながら、私は眠りについた。