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6過去と最期





「トビー様のところに可愛い子がいたの!?あぁ待って、最後にもうちょっとだけ触らせて…もふもふ…ふわふわ……はあぁかわいい………」


目の前の白いふわふわの猫型の魔獣を撫で回し、顔を埋める。

スーーーッと鼻から吸うと、猫形魔獣は嫌がって踵を返し、ふわりと消えてしまった。

あぁ残念、とため息を吐くと同時に、声を掛けられた。


「シェリー、もふもふでもふわふわでもないですけど、僕も可愛さでは負けてませんよ?」


目の前の美少年は、書類が積まれた私の机に肘を置いて顎を乗せると、にっこりと微笑んだ。

誰もが羨むプラチナブロンドの髪に、対照的な黒く輝く瞳。10人中が10人整っていると認める、整った顔立ち。15歳の美少年であるクライドは、あざとく小首を傾げている。


彼は成長するに連れその美貌も才能も開花させた。

そして、自身が整った容姿であることもよく理解し、それをあざとく活用する術を覚えた。


「はいはい、確かに可愛いけれど、魔獣になって出直してきなさい。」

「……チッ」


私がシッシッと手を振ると、クライドは先程までの可愛さはどこへやら、顔を歪めて盛大に舌打ちをかました。


「まったく、もう…」


再度ため息を吐くと、使い魔から受け取った手紙を確認し、目を通す。中には、仕事の依頼と、もう一枚便箋が綴られていた。

その内容を確認し、思わず眉間に皺が寄る。


「…仕事ですか?」

「えぇ、まあ。それはいいんだけどね……クライド、これ、燃やしてちょうだい。」

「あぁ、またですか?」


2枚目の便箋は、知り合いの息子とお見合いをしないかというお誘いの内容だった。

クライドに便箋を渡すと、彼は容赦なくそれを燃やして消し炭にした。相変わらず、素晴らしい魔力操作だ。

ここのところ、こういったお見合いのお誘いが多くなっている。まぁそれも、私の23歳という年齢と魔力を考えると、仕方がないことであった。



魔力は遺伝しないが、貴族や地位の高い者の殆どは、後継者が魔力を持つ可能性を少しでも上げようと、魔力を持つ者と婚姻させたがる。

幸運なことに、魔力の中でも希少な光魔法の適正があり、かつ魔力も高く、婚姻適齢期である私は、恰好の的だった。



「私は可愛くてもふもふでふわふわな魔獣にしか興味ないって言っているのに、皆、本当に懲りないわね…」

「そうですね。シェリーは僕と結婚する予定ですし。」

「………」


にっこりと笑うクライドから目を逸らして、仕事の依頼の紙を机の端に置く。

そもそも急ぎでもない仕事の依頼を何故わざわざ使い魔まで遣って速達で届けたのかと思いきや、見合いの依頼とは。使い魔がふわふわな可愛い天使でなければ、この依頼用紙も燃やして貰っていたかもしれない。


クライドは顎に手を当てて考える素振りをすると、真剣な表情で問うてきた。


「シェリーは、結婚するならどんな人が良いと思えますか?」

「え?そもそも結婚願望はないけれど…」

「後学に、と思いまして。」

「んー、そうねぇ………格好よくて可愛くて嘘を吐かなくて裏切らなくて家事ができて私を生涯愛してくれる……可愛い魔獣かしらね!」

「どんな“人”かと聞いたんですけど?」


クライドは呆れたように言うと、「でも、」と髪を耳に掛け、ぽっと頬を赤くした。


「“もふもふでふわふわな魔獣”を除くと、僕に当てはまりますね。」

「物凄い自信ね…」


私の弟子は、今日も自信満々である。…育て方を間違えたのだろうか。

クライドを弟子にして、早5年。彼からの好意は止むことはなく、ここ最近は隙があれば婚約の話に持ち込もうとされている。


見目麗しく育った彼がここ最近見せる、少し大人びた表情。それに、5年もの間変わらぬ私への求婚。先程は“魔獣”と誤魔化してしまったが、クライドが私の好みに当てはまっているのは紛れもない事実で。

…正直なところ、「このままクライドと結婚するのかもしれない」と思い始めている自分がいる。


ただ、残念なことに私も周囲もクライドのそういった発言に慣れすぎて、クライドが求婚して私が受け流すまでがお決まりの流れとなってしまっていた。


「僕は本気です」と言うクライドに曖昧に笑う。

私はふと時間を確認すると、立ち上がってローブを手に取った。


「そろそろ時間ね。行ってくるわ。」

「あぁ、では僕も準備を…」

「毎回説明しているけど、貴方はまだ15歳なんだから外の仕事には行けないの!」


同じくローブを手に取ろうとしたクライドを静止する。


私に依頼が来る仕事の殆どは、光魔法か魔獣関連だ。

高い魔力と光魔法で治療や使い魔の使役を行うのが主な仕事のため、本来はこの王都の魔法使いが集まる棟から出ることは殆どない。

今回は、特殊な魔獣が郊外に出たということで、怪我の治療が出来て魔獣にも詳しい私に白羽の矢が立ち、数日間、調査隊の一員として任務に同行することになった。


魔法使いが王都で仕事をするのには年齢制限はない。

但し、魔法使いの保護のため、危険を伴う郊外の任務に関しては16歳の誕生日を迎えてからという決まりがある。

そのため、あと一週間程で誕生日を迎えるクライドは、いくら優秀でその実力が認められていても、任務に同行することはできない。


「…あとたった数日なのに、上は頭が固いんですよ。僕程有力な魔術師は他にいないのに!」

「仕方がないわ、決まりだもの。」

「納得がいきません。…もし危険なことがあれば、全てを捨ててでも生きて帰ってくると約束してください。」

「またそんなことを……大袈裟ね。大丈夫よ!」


長いローブを羽織り荷物を持つと、もう殆ど背丈が変わらなくなったクライドの目をしっかりと見つめる。


“必ず”生きて帰れる保証がある任務など存在しない。

魔法使いはその希少さから王都での生活も保障されているが、一方で国からの任務を断ることは基本的にはできない。

そして…その任務の中で命を落とすことも、無いとは言えない。


「……シェリー…」

「…ありがとう。なるべく生きて帰れるよう、努力はするわ。留守の間はお願いね?」

「はい」

「あと、私が戻るまでにこの書類、半分くらいに減らしておいてもらえると助かるわ。」

「シェリーが戻るまでに僕が全て片付けられないとでも?」

「ふふ、頼もしいわ。じゃあ、いってきます!」

「えぇ、いってらっしゃい。」


よく出来た弟子で助かるわぁ、なんて言いながら、仕事部屋をあとにする。


……それが、クライドと交わした最期の言葉だった。







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