4過去と弟子
弟子になってからのクライドは、“優秀”の一言に尽きた。
魔法のコントロールを教えれば直ぐに使いこなし、あれだけ苦しめられていた魔獣の毒も、数日後には自分で完全に解毒していた。
その後に教え始めた光魔法も、魔獣や使い魔の知識も、みるみるうちに吸収していくクライドに、私は“天才”とはこういうことを言うのだろう、と毎日が驚きの連続だった。
また、クライドに驚いていたのは私だけではなく、魔法棟の“偉い人”たちもだった。
どうやら彼は、私と出会う前までは周りを見下し、教師の教えも素直に聞かない問題児だったらしい。
私の魔法の教えを素直に聞くクライドを見て、彼に魔法を教えた先輩達は皆顎が外れる程驚いたのだとか。
「アイツ、人の心、あったんだな…」
私の直属の上司であるバイロン副団長は、彼に初めて敬語を使われて、そっと眉間を押さえてそう言った。
…そんなバイロンに、「バイロン副団長は尊敬しているから、優しく接してあげて欲しい」と私がクライドにお願いした翌日から突然態度が変わった、なんて事実は言えなかった。
そうして1年も経たないうちに、私はクライドに教えることがなくなってしまった。
丁度その頃、魔法棟の“偉い人”に呼び出され、「クライドは別の魔法使いの元で学ぶことになった」と知らされる。
魔法使いは厚い待遇を受ける代わりに王都に雇われている立場だ。基本的に、上からの命令は絶対。それに、もう私が教えられることはないどころか、水魔法に関しては教えられる立場になっている。
クライドとの日々が終わることに寂しさを覚えながらも、彼の今後のことを思うとそれが良いのだろうと、私は素直にその命令に従った。
「クライド、これからも頑張ってね」
そう、笑顔で送り出した私に、クライドはにっこりと笑って、
「はい、これからもよろしくお願いします。」
そう答えたのだった。
クライドの返事に少しの違和感を感じながら過ごして数日。私は再び“偉い人”に呼び出された。
指定された部屋へ行くと、何故か荷物を抱えたクライドが“偉い人”と共に立っていた。
「クライドは…君の元で仕事をしながら学ぶことになった……」
「ということですので、これからもよろしくお願いします、師匠。」
疲労を滲ませた様子の“偉い人”と対照的に、クライドは送り出した日と同じにっこりと笑みを浮かべていた。
なんと、彼は新しい師匠の元に付くや否や、「僕の師匠はシェリーだけです」とその辞令を拒否し、一切言うことを聞かなくなってしまったのだ。
「師匠の元へ戻れないのなら、魔法棟では働かないし師匠を連れてこの国を出ていく」…そう言って頑として態度を変えないクライドに、魔法棟の人達の心はたった3日で折れた。
そうして彼と交渉し、妥協案として“シェリーのもとで仕事をしながら、魔法を学ぶ時のみシェリーの元を離れる”ということになった…らしい。
「魔法棟で働かずこの国を出るって、私、そんなこと聞いていないのだけど…」
「言ってませんからね。」
「あ、そう…」
悪びれもなくそう言うクライドに、呆れてしまう。
けれど、私自身、また彼と過ごせるということが嬉しく、「仕方ないわね」と笑ってしまう。私の本心が漏れてしまっていたのか、クライドも綺麗な黒い瞳を蕩けさせて、ふにゃりと笑ったのだった。